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魔王さんの物語その1

過去の話です。

 その日、現魔王と不死族の娘の間に女の子が産まれた。

 魔王の40人目の子である。名前はジェニー。魔王の子では唯一不死族の血を引いていた。


 40人の子らは魔王と17人の母に囲まれすくすく成長した。

 ジェニーは末っ子ということもあって、兄や姉からも特に可愛がられた。


 だがその幸せも長くは続かなかった。魔族の中で内戦が起きた。反魔王の過激派によるクーデターが種火だった。

 ジェニー15歳が時である。


 数十年に及ぶ戦いは終わり現魔王側が勝利を納めた。

 しかしその内戦で負った傷が原因で魔王が死亡したのだ。


 急遽長男であったラオが次代魔王となる。


 一旦全てが上手く終わりを見せたかに見えたが、ジェニーにとってはこれからが始まりだった。


「お兄様、これはどういう事でしょうか?」

「すまない」


 これがジェニーと新魔王ラオとの最後の会話だった。


 過激派の筆頭が不死族だったため、不死族狩りが始まったのだ。不死族は死なない。しかしそれはあくまでも元来持ち合わせた特殊な魔力の恩恵に過ぎない。例え不死族でも、段階をへて魔力枯渇にさえしてしまえば死ぬのだ。


 魔王に成り立てのラオにそれを止める術はなく、ジェニーを守るため、彼女に未来永劫魔王城地下での生活を言い渡した。

 だがジェニーの母を助ける事は叶わなかった。



 ――500年後――



 ガチャリと地下室へ繋がる唯一の扉が開いた。

「お嬢様、お食事をお時間です」

「ありがとう、アデル」

 答えた女性はジェニーだった。


 軟禁生活が始まって500年、596歳になった彼女の見た目はどう見ても20歳前後である。


「お嬢様、そろそろ髪を整えていかがでしょうか」

 テーブルをセットしながらアデルと呼ばれた男が口を開いた。

「そのうちね」

 そう答える彼女の金髪は床まで伸び、歩くたびに毛先にホコリが絡まっていた。


「邪神様と魔王に感謝を」

 席に着きお祈りを済ませたジェニーは、アデルが見守る中で食事を始めた。


「何時も言っていますが、貴方がその気なら軍に戻ってもいいんですよ。不死族狩りも300年前までの事。大半の魔族はその事実を知らない世代です。今なら偏見も少ないでしょう」

「俺は先代魔王様よりお嬢様を頼むと言われました。この命尽きるまでお嬢様と共に」

「ふふ、まるでプロポーズですね」

「あ、いや、その様な意味はありません。」

 焦るアデルを見ながらジェニーはもう一度ふふと笑った。


 アデルも不死族の生き残りである。彼は先代魔王の元側近で、過去の内戦においても多くの活躍を残した。傲慢な考えが色濃い不死族でありながら彼は温厚で部下からの信頼も厚かった。

 そんな彼だったからこそ、ジェニーの監視兼世話役という立場になることで生き残れたのだ。


「ところで、今は何の研究を?」

 軟禁生活で暇を持て余したジェニーは魔法学を勉強した。

 今や彼女が作る新たな魔法や魔道具、人工魔石は魔族にとって無くてはならないものとなっていた。

「アデルは魂をどの様なものだと思いますか?」

「一般的な事を言いますと、肉体に魔力によって縛られているもの。精霊に近しいものではないかと」


「そう、それなのです」

 ジェニーは食事の手を止め口早に言った。


「私はそもそもその仮定が間違っていると思うのです」

 普段無表情なアデルもこれには驚いた。先人の学者達にケンカを売っている様なものなのだ。

「精霊と魂は似て非なるものなのです。大前提に肉体があり、そこに宿る魔力によって生じたものが魂だと――」

「発生する過程違ったとしても結局は同じ事ではないでしょうか?」

「全く違います」

 最早食事中なのを忘れてしまったのか、彼女は立ち上がるとコロ付きの黒板を引っ張って来た。

 そして専門用語を並び立てて説明をしだした。


 振る話を間違えたかなとアデルは苦笑いを浮かべる。

 一般知識しかない彼には彼女の言っている意味など理解出来なかった。

「お嬢様、毎度の事で恐縮なのですが…それは凄い事なのですか?」

「そうですっ!」

 興奮を押さえられずジェニーは叫んだ。


「魂が魔力に由来するなら、魔石に意思を持たせることが可能になります」


 この世界には全てのものに魔力が宿っている。しかし無機物に意思があるという話は古今東西何処にもない。


「成功すれば、無限の兵士を手に入れた様なものです」


「それをどうするつもりで……」

「別に」

 心配そうなアデルに対して、彼女の返答は至って素っ気なかった。

「お兄様に報告して、必要ならきちんと冊子にまとめる。必要ないならそれまでの話です」


 世紀の大発見だとしても、彼女にとっては暇潰しなのだ。

 彼女は必要なものは手に入る今の生活に特に不満が有るわけではない。こらが何万年続くとしても暇潰しさえあれば悪くはないと思っている。

 例え研究器具を取り上げられても、なら次の暇潰しが見つかるまでお昼寝でもしようかぐらいの感覚なのだ。


 ジェニーは不死族。ほぼ悠久の時を生きる存在。



 ――更に500年後――



「お嬢様、魔王様が…ラオ様がお亡くなりになりました」

 1000年前と何一つ変わらない仕草で地下に降りてきたアデルは告げた。

「これでお兄様も平穏な時を過ごせるのですね」


 牛魔族であったラオの本来の寿命は200年生きれば長生きといった程度だ。しかし彼はジェニーの開発した魔道具や薬で無理矢理肉体の寿命を伸ばしてきたのだ。激痛と戦いながら。


 全ては母もその後生活も守れなかったジェニーのためである。


 不死族に対する偏見は過去のものとなってもジェニーに対する考えは厳しいものだった。

 大半の魔族が彼女の知識に恐怖し処分する事に肯定的だった。(実際、彼女がその気なら腑抜け揃いの魔王城など一夜にして落ちるだろう)

 ラオはそれの抑止力となっていた。その彼がいなくなった今、ジェニーの扱いはこれからどうなるのか定かではない。


 勿論ジェニーはそれらの事を自覚している。


「どうなさるおつもりで…」

「ふふ、アデルは心配性ですね」

 彼女には動揺素振りさえない。逆に心底楽しそうにしている。

「あ、閃きました!」

 突然研究モードに入ったジェニーはアデルに目もくれず机に大量の資料を並べ、必死に紙にペンを走らせた。

「魔力が無くても魔法が使えたら……」

 ぶつぶつ言いながらニヤニヤする彼女の頭の中には、すでにラオが死んだ事は過去となっていた。


 不死族である彼女にとって、生死は最も遠く、最も近くにあるもの。生死に鈍感なのだ。



 ――更に500年後――



「た、助けてくれっ!」

「いやー!」

 全裸のモルモット(人族)を前にしてジェニーはご満悦であった。

 発注通りに元気のいい男女が手に入ったからだ。


 ジェニーは数百年前と何一つ変わらない生活を送っていた。姿も相変わらず20歳前後で美女ある。


 ラオが死んで間も無く、ジェニーは新魔王の元に連れ出された。1000年ぶりの地下からの外出である。

 そして、生活と研究費用を負担する代わりに、魔王に不利になることを禁じ研究成果は全て差し出せという一方的な契約魔法を結ばされ、再び地下へと放り込まれたのだ。


 因みに絶対無敵な契約魔法を確立させたのはジェニーであり、当然彼女なら解約可能である。しかし、今現在ジェニーが開発者であることなど知るものアデルを除けば誰もいない。


「し、死にたくないー」

「お願いします!家に返して!」

「あ、あ、ギャー」


 彼女は騒ぐ人族に細長い針をグサグサ指していく。

 今の研究テーマはあらゆる場面で魔力に依存しない方法である。そのためには、魔力がほぼ無いと言っても過言ではない人族で実験するのが最適であった。


 その時、アデルが地下へと降りてきた。

「た、大変です!」

 まだ食事の時間ではない。お願いしていたドラゴンの血が届いたにしては早すぎる。そしてこれだけ慌てているアデルを見るのは何百年ぶりの事である。

 流石のジェニーもこれはよっぽどの緊急事態かと手を止めた。


「勇者団を筆頭に人族が城に攻めて来ました」


 勇者団。最近どこぞの国で異界より召喚された30人の人間の事である。彼らはひとりひとりが万の大軍に匹敵する強さだという噂だ。


「なぜここに攻めて来たのでしょうか」

「魔王様が人間を滅ぼそうとしているからです」


 現魔王は絶対魔族主義者で、他の種族は下等であり滅んで当然と考えていた。そのため各地で魔族は残虐な行為を繰り返していた。


「逃げましょう。いくらお嬢様でも勇者相手ではどうなるか分かりません」

 勇者の中には特殊な能力を持つものが多くいると言う。そこには不死族さえ殺してしまえる能力もあるかもしれない。アデルはそれを恐れていた。


「まだここでやりたい事があるから逃げません」

「お嬢様っ!」

 ジェニーは勇者を軽んでもなく、恐怖しているでもない。

 あるのは暇潰しの探究心のみ。


 上の方から爆発の様な音が聴こえる。

 戦いが始まったのだ。


「貴方達はどうしたい?」

 ジェニーは針があちこちに刺さった男女に聞いた。

「ひっ、殺さないでください!」

「逃げたい?」

「は、はひっ」

 すると彼女はモルモットに刺さった針を回復魔法をかけながら丁寧に抜き、拘束を解いた。


 そして徐に扉を指差した。


「あれは指定しいる人じゃないと開かない仕組みになっているの。私でさえ普通には開かない」

 しかし勿論作ったのは彼女本人てある。

「力任せに開けれたら、後は好きにしていいわ。運が善ければ勇者に保護して貰えるでしょう」

「お嬢様、何のつもりですか」


 何か裏があるのでは困惑する人族は、暫くすると頷き会い扉へと向かった。


「あの扉は人族ごときがこじ開けれるものではありません。それはお嬢様ご自身がよくご存じのは――」

 アデルは最後まで続けなかった。


 2人の人族によって扉が凹んだかと思うと、ついには魔力によって強固に固めてあるはずの金具が千切れる様に外れたのだ。

 モルモット達は一瞬振り返った後、足早に階段を上がっていった。


「素晴らしいでしょ」

 満足そうにジェニーは頷いた。

「先程の針が原因なのですか?」

「そうです。数ヵ所の壺を刺激する事によって、無意識に存在する力のセーフティを外したのです」

 それが最近の彼女の研究成果だった。

「まあ、デメリットも多い様ですけどね」

 そう言うや否や机に着き紙に結果をまとめていく。

「あの、お嬢様、勇者達はどうするのですか…」

「アデルは心配性ですね」

 ジェニーは「ふふ」と笑った。




 ――更に500年後――



 あの時逃がしたモルモットが恩を感じたからなのかどうかは定かでないものの、地下に勇者が攻め込む事はなかった。

 相変わらずジェニーは地下に籠って研究を続けていた。


 あの日、魔王城にいた魔族は、現魔王とその血族を含め皆殺しにされた様だ。

 その後各地で戦っていた魔族は衰退し生き残ったもの達は魔王城を目指した。

 アデルは傷付いた彼らを出迎え、治療する。ほっとけれない体質なのだ。


 数年後にはアデルが魔族の実質トップとなっていた。しかし不満を述べる者もいる。そのため形式的には魔王の血縁者であるジェニーが魔王と名乗りをあげた。

 彼女の存在は噂ながら魔族の間では有名な話である。そのほとんどが信憑性に欠けるものだが。


 そして今に至る。


「魔王様、夕食の御時間です」

 地下室にアデルが食事を運び込む。魔王代理となった後も、彼はこの仕事だけは人任せにしなかった。


 人前では一応正装をする彼女だが、地下では相変わらず着心地がいいとボロキレを着ている。ただ髪の長さはまともになったと言えるだろう。寝癖は酷いけれど……


「魔力に生じたものが魂って話覚えている?」

 唐突にジェニーは言った。対人能力が低い(もしくは必要と考えてない)彼女の話は常に唐突である。

「勿論です。その産物がグリードではありませんか」

 慣れたもので動揺もなくアデルは答える。

 直ぐ様専門用語を並び立てて語りだすジェニー。


 簡潔に言うと、魔力を身体から開放することで人為的な転生が可能だと彼女は言う。


「機会があったら実験してみようと思うの」

「御自身でですか!?」

「やっぱり実験は肌で感じないといけないわ」

 それがリスキーな事はアデルでも分かる。ジェニーもそれは分かっている。しかし彼女にとって死など、これはこれ、それはそれなのだ。


 彼女は生死を魔力的視点からしか見ていない。


「……例え貴女がどの様なお姿であれ、私は貴女のために生きます」

「お願いしますね」

 ジェニーはニコリと笑い、今度は「機会」があった時の計画を話し出した。

「転生先の目星はついているの。当日アデルはその新しい肉体の近くにいてね。それから――」

 その微塵の隙間もない計画にアデルは感嘆とした。

 それでも心配そうな顔をしつつも全てを聞き終え、彼は一言口にした。

「魔王様のお心のままに」



 ―― ―― ――



 数年後、人族絶対主義を唱えるとある王国に召喚されたひとりの勇者が数人の仲間を連れて魔王城を攻めた。


 数日前から魔王代理であるアデルは行方を眩ませ、城の中はパニック状態だった。


 そしてその日、勇者コウスケと仲間たちによって魔王ジェニーは肉体的な死を遂げた。








読んで頂きありがとうございました。

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