何を犠牲にしても
エミリアと過ごしてきた時間は、まるで終わりのない鬼ごっこのようだった。掴まえたと思ったら何度も何度も自分からすり抜け逃げていくエミリアを、ずっと必死に追いかけて生きてきた。一度見失うと、二度と捕まえられないのを知っていたから。エミリアは立ち止まって休憩するのも許してくれない女の子だった。
エミリアを一番最初に失いかけたのは、剣の稽古のため会いに行かなかった時だ。自分の方が年上なのにいつも弟扱いされるのが悔しくて、また少しでもエミリアを守れる男の子ということを認識させたくて、ただ必死に剣の稽古に夢中になってたことがある。重い剣をまともに持てるようになるまで一か月、振り回せるようになるまでさらに一か月・・・。そのように過ごしていればあっという間に時が流れてしまっていた。エミリアが自分に会うために屋敷を抜け出し、行方が分からないと言われたときはアルフォンスは宮殿を飛び出した。すぐに護衛に見つかり連れ戻されたが、会いに行かなかったことを死ぬほど後悔した。シャイルに出会うまでは自分の外の世界はエミリアだけだったように、いつも明るいエミリアにだって自分しかいなかったのだ。
二回目に失いかけたのは、エミリアの両親が亡くなった時だ。護衛を振り切り、愛馬でウェズリー公爵領まで駆け付けたアルフォンスが見たのは、公爵夫妻を火葬した煙が立ち上っているのを茫然と眺めているエミリアだった。アルフォンスに出来ることは何もなかった。ただ、エミリアが消えてしまわないようにそっと左手を握りしめたが、エミリアが握り返してくれることはなかった。
それから、デュークが亡くなりクロが亡くなり・・・。ずっと情緒不安定なエミリアを、アルフォンスは側でただ見守り続けてきた。いついなくなるか分からないエミリアを、絶対に手を離さないように見守り続けてきていた。小さいころから知っているアルフォンスでさえ心に侵入してくるのを拒むエミリアを、アルフォンスはただ周囲の悪意を排除することしか出来なかったけど、絶対に側にいることを辞めることだけはしなかった。
コリン王国でエミリアが文官として働いていることも、間諜から聞き知っていた。あえて知らない振りして会いに行ったのも、会わないことが耐えられなかったからだ。アルフォンスにとって、一年半何より苦痛だったのは、エミリアに会えないことだった。どんな形でもいいから、会いたくてたまらなかった。
でも今は、会いに行ったことを死ぬほど後悔している。他国で幸せに暮らしていたエミリアの生活を壊してしまったのだ。
―もしかしたら、あっちで結婚し幸せな生活を築けたかもしれない。―
自分以外とエミリアが結婚することを想像すると、アルフォンスは心の底から湧き上がってくる黒い感情を抑えることが出来なかった。
アルフォンスとエミリアは、両想いと互いに気づいてからもまだ触れるようなキスしかしたことがなかった。どんどん美しく色っぽく成長していくエミリアに、自分の欲をぶつけたいと何度も思ったが、それでも大切過ぎでとても手を出すことが出来なかった。どこまでも純粋なエミリアを、汚してしまいそうで怖くてたまらなかった。アルフォンスにとってエミリアは、この世で唯一綺麗なものだった。好きで、とにかく好きで。初等部の頃はエミリアの背を越したら告白しようと決めていて・・・。あんなことがあった後は、生きて自分の側にいてくれればよくて・・・。婚約した日は泣けるほどうれしくて・・・。エミリアに好きと言われた日は死んでもいいと思った・・・。アルフォンスにとって、エミリアはすべてだった。
―どこで、エミリアの手を放し背中を見失ってしまったのだろう・・・?父上に呼び出され互いに諦めるよう言われた日に、追いかけずに見送った瞬間だろうか?―
アルフォンスは片手で顔を覆うと、ただ静かに泣いた。




