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埋めたかった穴

三か月前。犯人の処刑を見届けた日の夜、ディアンが執務室を訪ねてきた。『二人きりで殿下と離しをさせてていただけませんか?』そう言い、シャイルを追い出したディアンは、扉の前で膝をつき首を垂れ言った。


「本当に本当にありがとうございました。殿下のおかげで、やっと犯人を捕まえこの目で見届けることが出来ました。感謝しても感謝しきれません。」


「ディアン!ディアン辞めてくれ。どうか頭をあげて欲しい。そんなこと僕は望んでない。」


「いいえ。どうかこのまま話を聞いてください。殿下には本当に何から何までお世話になりました。その上文官を辞めるというご迷惑をおかけして、恩を仇で返す真似をして本当に申し訳ありません。」


「ディアン・・・。迷惑なんてかけてない。むしろ僕のせいで・・・。本当に本当に・・・。すまない・・・。」


「いいえ。殿下のせいではありません。本当に殿下のせいじゃないんです。元はと言えば、私のせいです。狙われてると分かっていたのに、どうして警備体制をもっとちゃんと強固なものにしなかったのか・・・。」


「ディアン。それは僕が本来もっと注意するべきであった点であって・・・。」


二人の間をしばらく静寂が支配したが、ディアンは頭をあげアルフォンスの目を見て言った。


「殿下と婚約させたことは後悔してません。」


「え・・・?」アルフォンスが目を見開きながら掠れた小さな声で尋ねると、ディアンは悲しそうに少しだけ笑って言った。


「殿下は知らないと思いますが、エミリアは殿下のことずっと好きだったんですよ。兄心としては少し複雑で悔しくもありましたが。初等部に上がる前、あいつは殿下が訪ねてくる何時間も前から門の前で待ってたんです。母やデューク兄さんに話す内容もほとんど殿下の話でした。殿下と何々をして遊んだっていつも大声で話してました。あいつと遊ぶの殿下も苦労しましたよね?本当にわがままで意地っ張りで・・・。」


「・・・。」


「両親や兄さんが死んでから、あいつが少しずつおかしくなっていったの分かってました。子供の頃から異常に周りの目を気にするところや、苦しいことは誰にも打ち明けずに全部胸にため込んでしまう、そういう精神的に弱い部分はあったんです。それはきっと誰にでもあることなのかもしれません。でも、あいつのそういう弱い部分を母や兄さんがずっと守ってあげてたんです。俺はその代わりにはなれませんでした。あいつにとって、俺は俺なんです。俺がエミリアのことを誰にも代えられない、世界で一番大切な可愛い妹であるように、エミリアにとっても俺という存在は誰にも代えられないし、兄さんや両親も誰にも代えられないんです。俺たち兄妹はそのぽっかりと空いた穴をずっと抱えて生きていくことしか出来ません。」


「・・・。」


「だから逃げてる部分もあったんです。大切だからこそ、お互いに極端に気を遣う兄妹になってしまって・・・。あいつがそこに触れられるのを嫌がることも分かっていたから、ずっと精神がぐらぐら揺れているあいつを放っておいてる部分もあったんです。領地経営が忙しいことを理由にして。」


「・・・。」


「殿下。あいつは今、確かに事故によって歩けなくなりました。でも、殿下がずっと傍で支えてくれなかったら、あいつは高等部入学前に自ら命を絶ってたような気がするんです。」


「え・・・?」


「あいつが今こうして生きているのも殿下のおかげなんです。ずっとあいつの悲しみに寄り添い、癒してくださったその深い愛には感謝しても感謝しきれません。二度と歩けないと言われたあいつが、今こうして杖を突いて歩けるようになったのも殿下のおかげです。」


「それは違う!」アルフォンスが首を振ると、ディアンは目に涙を浮かべながら言った。


「殿下、もうエミリアは大丈夫です。領地でゆっくりと、家族の時間を約7年ぶりに過ごそうと思います。あいつが本当に生きてこられたのはすべて殿下のおかげです。エミリアに・・・。恋を教えてくださってありがとうございました。婚約者として過ごすあいつは、たくさん悩んでましたが本当に幸せそうで・・・。でも、もう終わった縁です。一度ほどけてしまった縁は、結ぶことは出来ないのです。だから・・・。だから、もう殿下もエミリアという荷物をおろしてください。これからは俺が一生懸命引き受けます。そして殿下・・・。殿下はどんなに辛くても、やはりお国のために生きねばならぬ人なのです。」


「ディアン・・・。それでも・・・。それでも、僕はエムを本当に・・・。」


ディアンの目を見ると、アルフォンスは言いかけた言葉を飲み込むしか出来なかった。


「殿下がエミリアと出会って今の今まで16年間本当に本当に本当に、ありがとうございました。どうか殿下がすばらしいご縁にお恵みになられることを祈っています。」


「ディアン・・・。」


そういうと、もう一度深く頭を下げディアンは部屋を出て行った。




―あの時なんて言えばよかったのだろう?―


三か月経った今も、アルフォンスは分からなかった。でも、あの言いかけた言葉は今も変わらない気持ちだった。


―僕はエムを本当に愛してる。―


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