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渡せなかった物

「・・・殿下?殿下・・・?おい!アルフォンス!」


シャイルの大声に、アルフォンスは驚いてシャイルを見た。


「何回も呼んでるんですけど。」そう言うと、シャイルが大きなため息を吐いた。


「あぁごめん。何?」


「書類!それ大事な書類!」


書類を見ると、万年筆のインクによって大きな染みが出来ていた。


「あぁ・・・ごめん。シャイルまた発行し直してもらっていい?いや、僕が直接行くよ。」


「いいえ。俺がします。でもこれで、ここ三日間で書類駄目にするの23枚目ですよ?三日前何かあったんですか?ずっとぼーっとしてますけど。」


「・・・。ううん。何もないよ。」


「そうですか。」


そう言うと、シャイルは立ち上がり部屋を出て行こうとした。だが、扉に一度手をかけたが、すぐに手を放すと、戻ってきてアルフォンスの執務机に両手をバンと突いて言った。


「しばらく療養しましょう。別荘でも外国でどこでもいいです。お願いですからしばらく休んでください。」


「僕は別に療養するほど、どこも悪くないから。」


「よく言うよ。真っ青な顔して。ずっと寝れてないんだろう?急ぎ仕事もないし、一度宮殿から離れたらどうだ?」


「父上に何か言われた?僕はいかないよ。」


おおかた、父と母にシャイルは呼び出されて、自分を療養に行かせるよう説得されたのだろうなと考えた。


「・・・。」


しばらく、アルフォンスを黙ってシャイルは見つめていたが、意を決したように口を開くと、すごい勢いで言葉をまくし立てた。


「そうだ。陛下も王妃様もお前を心配してる!だがな、一番迷惑被っているのは、俺と軍の兵士たちだ!軍の兵士たちは、暇さえあればとお前の訓練に付き合わされるが、お前があまりにも集中力ないためいつ怪我するかとハラハラしてる!俺は、お前がここ数か月倒れる度に生きた心地がしない!真っ青な顔で執務をこなすお前が心配で、俺が倒れたいくらいだ!いい加減にしろ。馬鹿野郎。」


「ふっ。」


「なに笑ってるんだよ。とりあえず今日はもう休め。部屋の中でお前が寝るかどうか俺が見張ってるからな。」


「さすがにそれは勘弁してよ。」


「俺が勘弁してよだ。行くぞ。」


そう言うと、シャイルはアルフォンスの腕を掴んで立ち上がった。


「ちょっと分かったから。自分で歩くから。さすがにこの状況は色々誤解される。」


「今更何だ。ふん。」


そう言いつつも、シャイルは耳を赤くして手を離した。



『酒でも飲もう。そうしたらお前も寝れるはずだ。』そう言ったシャイルは、三杯目でよほど疲れていたのかソファーに横になって寝始めた。寝る前に、『いいか?少し寝るだけだ。絶対動くなよ?』というのを忘れずに。


ブランケットをかけてあげながら、たった一人の友人で親友の顔をしばらく眺めた。エミリアにもこんな友人が出来ればいいと思ってた。シャイルとエミリアのように、自分もリーリアと仲良く出来ると思っていた。だが、自分の誤算は、シャイルだからエミリアとの友情を成り立たせることが出来ていたことに気づかなかったことだった。シャイルだって、エミリアへの思いは自分より決して浅いわけではなかったのだ。自分との友情を守りながら、エミリアへの思いを押し殺し側で見守り続けることが出来る親友の器の広さに、アルフォンスは深く脱帽した。そして、そもそも男女間に友情なんて成立しなかったのだ。


この三日間、鍵をかけて閉まったエミリアの手紙が気になって仕方なかった。気を紛らわすために、なるべく体を動かしたり仕事に没頭しようとしたが、それでも気づけばいつも手紙のことを考えていた。


あの日。自分の顔を見たくないと、憎しみのこもった顔で言い放ったエミリアを思い浮かべた。エミリアが母に新たな縁談を頼んでないことも聞くまでもなく知っていた。そして自分をまだ好きだということもあの日ちゃんと分っていた。だけど、あの憎しみのこもった顔で顔を見たくないと言われると、それもそうだよなと納得する自分がいた。自分でさえ自分を許せないのに、こんなに自分に振り回される自分にエミリアが会いたくないのは当たり前だと納得する自分がいた。領地に帰ったのだ。アルフォンスにもう会いたくないから帰ったのだ。大怪我から生還したのに、自分の両親の冷淡さをエミリアが憎むのは当たり前だし、何もできない自分に嫌気がさすのは当たり前だと思ったのだ。


―果たして目に憎しみがこもっていただろうか?―


あの日のエミリアを思い出そうとしたが、ただ彼女の発する言葉に傷つき顔をまともに顔を見る余裕が全くなかったため、よく思い出せなかった。だが、『もう忘れていいよ。犯人見つけてくれてありがとう。』そう言い、抱きしめてくれたエミリアを見ると、もしかしたらあれは本心じゃなかったんじゃないかと希望を抱く自分もいた。


アルフォンスは立ち上がると、引き出しの鍵を本箱の裏から取り出した。そして、そっと鍵を回し手紙を取り出した。そしてさらに、その下に入っているケースを取り出した。


エミリアの16歳の誕生日プレゼントはイヤリング、17歳の誕生日プレゼントはネックレスを渡した。そして・・・。18歳の誕生日プレゼントは指輪を渡すつもりだった。自らデザイン等を考えて、約一年前から試行錯誤して出来た世界にたった一つの指輪だった。改めて誕生日にプロポーズをして、エミリアの卒業と同時に式を挙げるつもりだった。


目覚めて数週間経ったある日、「アル。私18歳の誕生日プレゼントは杖がいいな。」とエミリアが言った。本当はエミリアの18歳の誕生日に指輪を渡すつもりだった。絶対周囲を説得して結婚するから待ってほしいと。でも、エミリアも何を渡されるのかきっと気づいていたのだろう、初めて自分に誕生日プレゼントを指定してきたのだった。渡せるわけがなかった。二人の問題は山積みで・・・。何も解決していないのに、呑気に指輪を渡せるはずがなかった・・・。


そっとケースを開けてみると、あの時と同じように輝きを失っていない指輪が出てきて、エミリアとの結末に自然と涙が流れた。


―私たちは一緒にはなれない運命だったと思いましょう?幸せな記憶だけ胸に閉まって別々に生きていきましょう?いつか絶対にアルの苦しみ全部が癒える時が来るわ。アルのすべてを包み込んでくれる人と出会うときが来る。だから・・・。どうか私のことは忘れて・・・―


そう言ったエミリアを思うと、今更手紙を読んでも何か変わるわけがないのだ。自分がエミリアにしてあげられることは、もう二度と会いに行かないことだと思った。




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