思い出にする方法
自室から出たアルフォンスは、宮殿の屋上へと向かった。結局全部自分が蒔いた種なのだ。リーリアを友人にしたのも自分の決断であるし、エミリアとリーリアを仲良くさせようとしたのも、自分の誤った判断が招いた結果なのだ。リーリアがエミリアにとって、自分にとってのシャイルのような存在になってくれることを勝手に願っていたのだ。
自分のせいなのに、父親に当たり母親に当たる自分の幼稚さに吐き気を覚えた。それでも自分のすべてを占めている行き場のなくなったエミリアへの愛を、どうすればいいのか分からなかった。出会った時からずっと何をしていても、エミリアのことばかり考えずにはいられなかった。それを今更どうしたらいいのか全く分からなかった。とりあえず犯人をあげることがエミリアへできる唯一の償いだと考え突っ走てきたが、捕まえた今はこれからどう償えばいいかも分からなかった。エミリアが償いを望んでいないことは知っている。結局全部自己満足なのだ。
屋上への階段を上がりきると、星空が空を照らしていた。遠くには街の電灯の明かりがぽつりと見え、エミリアとよく遊んだ宮殿の庭と温室が見渡せるこの場所が、小さいころからアルフォンスのお気に入りだった。自分が守っていかなければならないものが、来るたびに再確認できたからだ。
小さいころから、父との関係性にアルフォンスは悩んでいた。姉への態度とは違い、跡取りとしてしか接してこない厳しい父に、アルフォンスはいつも寂しさを抱えていた。エミリアは小さいときから、いつもそんな両親とアルフォンスを繋ぐ架け橋のような存在だった。一歩間違えれば不興を買うほど聡明で、そして誰よりも優しいエミリアを、アルフォンスは誰よりも守りたかったし心から愛していた。
「アルフォンス。」
後ろを振り返ると、母が近づいてきていた。姉とそっくりな顔。エミリアと自分の婚約のため、ディアンを諦め遠い国に嫁いでいった姉。今はもうすでに子供が二人いる。
顔を戻し、街並みを眺めているアルフォンスの隣に立つと、母がポツリポツリと語り始めた。
「あなたがまだ小さい頃、一度だけ勉強を投げ出していなくなったことがあったわね。ちょうど朝から雨が降っていて、宮殿にエミリアが遊びに来てくれる日だったのに、陛下があなたの勉強の進度を見て遊ぶ許可を出さなかったのよね。」
「・・・。」
「あなたがいなくなって宮殿は大騒ぎ。誰よりも早くエミリアがあなたを見つけたのよね・・・。雨の中あなたは声をあげて泣いていて、エミリアが両手であなたの頭に傘を作ってあげていて。まだ小さい二人なのに、誰も入り込めない空気間があったわ。あぁ、この二人は結婚するんだろうなって漠然と思ったわ。」
「・・・。」
「どんな話をしたのか知れないけど、それからあなたは一度も私の前では泣かなくなったし我儘も聞いたことがないわ。」
『私がアルを守ってあげる。だから、今もこうして雨から守ってあげる。』全身に降り注ぐ痛いくらいの雨粒を浴びながら、あの日、弱音・愚痴・自分の卑屈さ等全てぶちまけたアルフォンスに5歳のエミリアがそう言った。そうだ。あの日からエミリアは完全に自分の全てになったのだ。
「あなたは知らないかもしれないけど、私はエミリアを実の娘のように思っているのよ。あなたとアリアンヌでさえ忘れる誕生日プレゼントだって、あの子は一度も欠かしたことがないのよ。心のこもったプレゼントをもらうのが、どんなに嬉しかったことか。」
「・・・。」
「ごめんなさい。エミリアにアルフォンスを突き放すように言ったのは私なの。」
「え・・・?」
「一度領地に帰ったエミリアを訪ねたことがあったでしょ?その時に。」
「どうして・・・?」虚ろ気な表情で聞くアルフォンスに、母はまっすぐ前を向いたまま答える。
「無理だと思ったの。エミリアに王妃は。あの状態とあの精神力では勤まらないと思った。それが国のためだと思ったの。」
「ふっ・・・。」かすかに皮肉気に笑うアルフォンスに、母は体ごと向けるとまっすぐ目を見つめ話し出した。
「愛より大事なものが、王族貴族にはあるわ。それは何を犠牲にしても特権階級がやらなければならないことなの。私も、学生時代好きな人がいたわ。こっそり手紙のやり取りするだけの関係だったけど、両思いだった。私は国内有数の侯爵令嬢、向こうは子爵子息だった。それでもそんな身分なんて気にならないくらい好きだった。でも、私が王太子妃候補に選ばれ別れたわ。彼が好きで駆け落ちしようかと考えたこともある。でもしなかったわ。だってそれが侯爵令嬢に生まれた私の使命だから。」
「・・・。」
「いつか幼くて純粋で激しい恋もいい思い出になるの。私はちゃんと今陛下とあなたたちを心から愛しているし、彼のことはちゃんといい思い出になっているの。だから、あなたたちもそうなると思った。あなたたちのためにも、それがいいと思った。あなたは精神力が強いリーリアみたいな女の子と、エミリアはあまり社交界に縁のない優しい子息と。そうするのがいいと勝手に思ったの。」
「・・・。」
「ごめんなさい。私が間違えてた。最後まで、エミリアの味方になってあげるべきだった。知らなかったの・・・。あの子が三回も男に襲われてたのに、あんな気丈に振舞ってたなんて。幼いときに母を亡くしたあの子の苦しみに、私がもっと寄り添い味方になるべきだった。今更、何言ってるのかと思うかもしれないけど・・・。これ・・・。」
そういうと、母は色あせた白い封筒を差し出した。自分の名前が書かれた文字を見て、アルフォンスは、はっとした。
「これは・・・。」
「そう。あの日、エミリアを訪ねて公爵領に行った日、あの子が出そうとしてた手紙よ。」
「どうして・・・。」
「私が取り上げたの。そして、あなたが訪ねてきたら拒絶するよう言ったわ。」
「いまさら・・・。どうして今更?何故今更何ですか?」声をあげるアルフォンスの手を取ると、母はそっと握らせた。
「本当にごめんなさい。」
「いりません。今更どうしたいんですか?僕にどうさせたいんですか?」押し返そうとするアルフォンスの手をそっと握ると、母は泣きながら言った。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたが今後どう決断しても、私は全力で味方になるから。だから、この手紙の処遇はあなたが決めて。」
そういうと母は、屋上から出て行った。
数時間後部屋に戻ってきたアルフォンスは、手紙を破こうとした。だが、破けず机の引き出しの奥にしまい鍵をかけた。




