『もういいかな?』
エミリアが領地に戻ってきて三か月がたった。最初は何もなかったように明るく元気に振舞おうと努力をしたが、倒れてから二か月以上経った今は起き上がる気力も無くなっていた。
もう季節はすっかり秋になっていて、夏の終わりにエミリアは20歳の誕生日を病床で迎えた。兄と義姉たちが自分のために豪華な料理を用意してくれてることは知っていたが、エミリアは朝から具合が悪く起き上がることが出来なかったのだ。二人からのプレゼントも開ける気力がわかず、結局部屋のテーブルに置かれたままになっている。
兄をひどく心配させてることは分かっていたが、それでもエミリアはどうしたら元に戻れるかなど考える余裕はなかったし、ただ体の異変をベッドでじっと耐えることしか出来なくなっていた。もちろん食欲など沸くわけもなく、毎日夕方に唯一スープを飲むことで栄養を取っていた。
兄が手配したたくさんの医師がエミリアの診察に来たが、それでさえエミリアにしたら鬱陶しいだけだった。飲み込むのが大変な薬を多く処方されるだけだと分かっていたからだ。エミリアの腕はさらにやせ細り、血管が出なく点滴するにも一苦労だった。
かろうじて、エミリアを現世に繋ぎとめているのはアルフォンスの存在だった。大好きだったリンゴを剝く果物ナイフを見る度に、衝動的な行動を何度も起こしそうになったが、最後に別れた時に苦しそうな顔で自分を見つめていたアルフォンスを思えば、これ以上の苦しみを背負わせるわけにはいかなかった。
眠っているときは幸せだった。記憶が蘇った今、襲われるときの夢を見てうなされ苦しむことも少なくなかったが、それでも幸せな時の夢を見る方が多かった。夢の中での自分は走れていて、アルフォンスと手を繋ぎながら笑い合っていたり、両親とデュークもクロも生きていて思う存分に甘えることが出来た。『アル。』と笑いながら寝言を言うエミリアを見る度に、みんなが胸を痛めていることをエミリアは知る由もなかった。
そんなある日、エミリアにとって目に入れても痛くない存在の甥っ子のレオンが、高熱が出る流行り風邪にかかってしまい隔離されていたのだが、両親が領地に訪ねてきた貿易相手に応対しているすきに、心細さから侍女の目を盗みエミリアの部屋を訪ねてきてしまったのだ。
もちろんエミリアはすぐに招き入れ、子守唄を歌いながら寝かしつけて看病もしてあげた。そのおかげがあって、慌てて探しに来た侍女と両親が見つけた時にはレオンはけろりと治っていたのだが、エミリアが移されてしまったのだった。
通常の健康な大人がかかれば二日も寝れば治るのだが、免疫力が極端に下がっているエミリアにとったら死活問題だった。結局生死を彷徨うことになってしまったのだった。
二日間意識の戻らなかったエミリアは、三日目の夜中に目を覚ました。ひどくうなされ苦しみながら目を覚ましたエミリアは、泣きながら側にいた兄に尋ねた。
「お兄様。」
「エミリア。大丈夫かい?」
そういうとディアンは体を起こしてあげた。
「もういいかな?」
エミリアのその言葉でディアンは何が言いたいのか一瞬にして悟った。
「・・・。」
「もういいでしょ?もういいよね?私頑張ったでしょ?一生懸命生きたでしょ?」
「エミリア・・・。」
「もう頑張れない・・・。もう無理なの。お兄様お願い。許して・・・・。」
「・・・。」
そう号泣しながら哀願する妹を、ディアンはただ泣きながら抱きしめることしかできなかった。ディアンがあれほど待っていた、何でも叶えてあげたいと思っていた、何年振りかの最愛の妹の我儘は、両親たちの元へ行くことだった。




