美人薄命~ナタリー目線~
エドガー王国の中で最も北に位置する公爵領は、王都よりも夏も短く、今の季節になると夕暮れ時はだいぶ涼しく過ごしやすい。だが半袖で丁度いいナタリーと対照的に、エミリアは淡い水色のワンピースの上にゆったりとしたベージュの厚めのカーディガンを羽織っていた。顔色は血色が悪く真っ白だが、それでもどんな時でもエミリアは驚くほど美しかった。
兄に体調を聞かれたエミリアは、『大丈夫よ。』と笑って答える。レオンは、エミリアの腕に抱かれながら彼女の長い髪の毛を引っ張って遊んでいた。
「レオンと遊んでいたの。レオンは本当に元気が良いわ。大きくなったら、やんちゃになる気がするわ。お兄様に似たのかしら?」
「いや。ナタリー似かな?ナタリーも初等部の頃はそれはすごかったんだぞ。」
そう笑いながら言うディアンに、エミリアも小さく声をあげて笑う。
「あなただってすごかったじゃない。いつもいたずら仕掛けて、先生困らせてたわ。」
「お兄様の伝説は、未だに初等部でも語り継がれているはずね。」
「はは。オースティンと色々やったからな。レオンはどっちに似てもやんちゃに育つな。いや。もしかしたらレオンはエミリア似かもしれない。昔はエミリアもひどかった。覚えているか?ここから見えるあの木に1人で登って降りられなくて泣いていたこともあったし、あそこの階段登るときつまずいて、スカート破いたり『やめてよ。お義姉様の前で恥ずかしいわ。』」
ディアンの話を遮り困った顔をするエミリアに、ナタリーも笑う。
「それにしても顔色良くないな。」そう言うと、ディアンはエミリアの額に手を当てた。
「少し熱っぽいな。今日はレオンに付き合って疲れただろう?もう休んだほうがいい。レオンおいで。」
そう言い抱きかかえようとしたディアンに抵抗するように、『やっ!』と言いレオンはエミリアにしがみついた。エミリアは甥っ子に甘えられて嬉しそうに笑う。
「エミリアは体調が良くないんだ。おいで。」
そう言い無理矢理引き離すと、レオンは大声で泣き始めた。おろおろするディアンからレオンを受け取ると、ナタリーは優しくあやし始めた。
「レオン、また叔母さんと遊ぼうね?ごめんね?」
ナタリーの腕から逃れようともがく甥っ子に、エミリアは申し訳無さそうに言う。
「さぁ部屋に戻ろう。」ディアンはそう言うと、エミリアに薄ピンク色の杖を差し出した。
「ありがとう。」
エミリアは杖を突きゆっくり立ち上がると、兄に支えられながら屋敷に向かって歩き出した。いつ消えてもおかしくないその後姿を、ナタリーもレオンを抱えながら追った。
約二か月前、宮殿から王都の屋敷に帰ってきたエミリアは、『文官を辞めこっちに戻ってくることにするわ。』と言い、『一つだけお願いがある。』とディアンに言った。
ディアンが喜びながら、『何でも言いなさい。』と言うと、
『出来るだけ早くコリン王国に行きたいの。新たな人材補填のためになるべく早く辞表を提出する必要があるわ。そして、リベラルト様を始め多くの人に迷惑と混乱を招いたお詫びをしたいの。』と言った。
『仕事の引継ぎをなるべく早く終えるから、それまで領地で休養してなさい。挨拶は俺も一緒に行く。』とディアンが言うと、
「お兄様ありがとう。」と、エミリアはその時にようやく帰国して初めて笑った。
その後、エミリアは報告書というものと辞表を書き上げると、わずか一週間半で引き継ぎを終えてきたディアンとコリン王国にまた旅立っていった。多くの人にお詫びと今までのお礼をした二人は、四日後領地に戻ってきた。ディアンが言うには、エミリアはかなり引き止められたらしい。それでもエミリアは全て捨てまた戻ってきた。
戻ってきたエミリアは何も言わなかった。エミリアの性格上ありえないが、恨み言一つでも言ってくれればまだ安心できるのだが、泣きもせずただ淡々と全て一人で受け止めようとしていた。だが、抱えきれなくなったエミリアはある日大量の血を吐いた。それから目に見えて、エミリアは急激に弱りだしたのだ。
エミリアが血を吐いたのは、コリン王国からディアンと帰国して一週間も経たない昼食での出来事だった。領地に戻ってきてからのエミリアは、街の教会に通ったり、兄の仕事を手伝ったり、レオンの面倒を見たりとディアンやナタリーの目からもまた一歩進み出したように見えていた。
料理人に、その日はあまり食欲がないからとあっさりとしたものを頼んだエミリアは、野菜たっぷりのスープを飲んでいた時、急にせき込んだのだ。とっさに胃からせりあがってくるものを抑えようと口に手を当てたエミリアのナプキンは、真っ赤に染まった。最初その場にいた誰もが毒でも入っているのかと疑った。しかし、急遽近くの部屋に運ばれたエミリアを見た医師は、『ストレスで胃に穴が開いたのでしょう。』と言った。
その後、医師は別室でディアンとナタリーに、このままエミリアが無理し続ければ長くは生きれないということを遠回しに告げた。あれほど大事故に遭い今こうして生活してることがどれほどエミリアの負担になっているのか、血を吐くまでの過程でどれほどの痛みに耐えてきたのか、そしてエミリアの中で自身の限界が分からなくなっていること、だからこそ周りがエミリア自身よりエミリアを理解しこれ以上ストレスを与えないこと、そしてそれを守りながら長期休養すれば良くなるだろうと言った。
だが、エミリアは目に見えてどんどん弱っていった。一日の大半を寝て過ごすことが多くなり、一日中ベッドから起き上がれない日もできるようになった。
ある日エミリアがひどくうなされていたので起こすと、寝ぼけたエミリアは『お母さまたちに会ったの。』と嬉しそう言った。その言葉を聞いたディアンは、ひどくうろたえた。それからディアンは、両親たちがエミリアを連れて行くのではないかとずっと心配している。エミリアの病状が少しでも良くなるように、他国の有名な医師にも来てもらったが、結局は誰もが疲れが溜まっただけだろうと言うだけだった。
城の広いエミリアの部屋には、大きな天蓋ベッドがある。一国の王女でも使わないような大きなベッドを初めて見た時に驚いたナタリーに、娘が生まれて大喜びした父親がまだ生まれて間もない娘のために用意したものだとディアンが苦笑しながら告げた。その他にも、座り心地の良いソファー、少し子供っぽいが可愛らしい化粧台、子供用の椅子のままの勉強机、どれを取っても超高級品だ。それだけで、エミリアがどれほど家族から愛されていたのか垣間見ることが出来る。
その広いベッドに寝ているエミリアを見ながら、ナタリーはエミリアが誰よりも愛した人のことをふと思い浮かべた。エミリアはアルフォンスのことを今どう思っているのだろうか?まだ、愛しているのだろうか?いや、愛しているに決まっている。アルフォンスもエミリアのことを今も愛しているに決まっている。
かつて仲良く二人で手を繋ぎながら、王都の屋敷を散策していた後姿が目に浮かび、ナタリーは突然だがエミリアの代わりに声をあげて泣きたくなった。




