ブルドン兄弟の昔話3~シャイル目線~
「まぁあいつ色々やらかしてたけど、笑うとき心から幸せそうに笑ってただろう?」シャイルが懐かしそうに目を細めながら言う。
「口を大きく開けて、あはははって大声で笑ってたな。」オースティンも頷きながら言う。
「多分、あの笑顔が好きだったんだろうな。喧嘩もしてよく泣かせたけど、あの笑顔が俺にとってはこの世で一番綺麗なものだったんだと思う。」
「そうか。」優しい目をして自分を見つめる兄に、シャイルは我に返り赤面する。
―くっそ。酒のせいだ。変なこと兄貴に口走ってしまった・・・。―
一人後悔するシャイルのグラスにワインを注ぎながらオースティンが話し出す。
「そうだな。あいつあの頃は、喜怒哀楽を体いっぱいに表現してたもんな。懐かしいな。両親亡くしてからは、急に大人びたもんな。」
「仲の良い家族だったよな。」
「そうだな。特に兄弟が仲良かったな。デュークさん亡くした時に、気丈に振舞うディアンとエミリアは見てられなかった・・・。」ディアンが目を瞑りながら言う。
「エミリアはディアンよりデュークさんに懐いてたよな。しょっちゅうおんぶや膝枕ねだってたな。」
「そうそう。それをディアンが悔しそうに見ててな。そんな時、デュークさんが優しくディアンって呼ぶんだ。それで、三人で楽しそうにしてたな・・・。」
「デュークさんは公爵夫人に似て本当に優しい人だった。体が弱くて寝込んでることが多かったけど、いつも挨拶に行くと優しく笑ってくれてお菓子とかくれるんだ。エミリアと遊ぶの大変だろう?って労わってくれて。」シャイルは泣きそうになるのをこらえながら言う。
公爵家の三人掛けのソファーではエミリアが甘えてデュークに膝枕をしてもらい、そんなエミリアの膝でディアンが寝るという光景をよく見かけた。本当に仲の良い兄弟だったとシャイルは思う。
「ディアンはデュークさんを誰よりも尊敬してたからな。あんだけ頭もいいのに、将来兄の補佐をすることしか考えていないようだったしな。」オースティンが静かに呟く。
「デュークさんがいなくなって、エミリアとディアンの関係も変化したんだろうな。ディアンはデュークさんの分までエミリアを甘やかそうとして、エミリアはただデュークさんの分までディアンを支えようとして・・・。あの兄弟は不器用だよな・・・。」シャイルがそういうと、オースティンは深く頷いた。
「シャイル。ディアンがエミリアを叩いた日覚えているか?」
「あぁ。忘れたくても忘れられないよ。」
「俺あの日のディアンの顔忘れられないよ。叩かれたエミリアより、叩いたディアンの方が深く傷ついてた。あいつが酔ったときに言う、『エミリアが生きているだけでいい』って、あいつの切実な願いんだんだろうな・・・。」
「・・・。」
「今もエミリアは細いけど、あの時は細いっていうよりがりがりだったな。」
「あぁ。」シャイルは頷く。
「一時期公爵家が呪われてるって噂が立ったことあっただろう?そう言えば、お前それを言ったやつぼこぼこにして、停学くらったことあったな。」オースティンがふと笑いながら言う。
「俺が高等部一年の時な。どうせなら、もっと殴っても良かったわ。」
「ディアンはエミリアの耳に入れないようにしてたが、エミリアはその噂に心を痛めてたんだろうな・・・。」
「え?」
「エミリアよく王立図書館に入り浸ってただろう?」
「あぁ。」
「俺もよく入り浸ってたんだ。それで、あいつが嫌味言われてるのを見かけたことがあってな。」
「それで?」
「注意しようとした俺を止めたのは殿下でな。今行けばより悪化するからって言って、エミリアが去ったあと殿下がそいつに色々警告してた。」
「そうか・・・。」
「シャイルと殿下は別のやり方で、エミリアをずっと守ってきたんだろうな。本当に色々切ないわ。」
「切ないって・・・。」
「俺はエミリアがかわいそうでたまらない・・・。あいつはなんて残酷な運命を背負っているんだろうな・・・。」既に酔っぱらった兄は目をとろんと潤ませながら言う。
「・・・。」
「なぁシャイル。エミリア死んだりしないよな?なんか俺怖くて。あいつに最後に会った時、目に生気がなかったんだ・・・。」
「・・・。」
「なぁシャイルどう思う?」
「・・・。」
シャイルが何も言わずに黙っていると、兄はいつの間にかいびきをかき始めた。
「兄貴起きれよ!」揺すっても起きない兄にシャイルはため息を吐くと、ブランケットをかける。
「頼むから自室に戻れよ・・・。俺が聞きてぇよ。言いたいことだけ言って寝やがって。」
眠る兄にシャイルは静かに話しかける。
―誰も悪くない。でもそれが運命だという一言で片づけるには、あまりにもエミリアが失うものが多すぎた。―
「なぁ兄貴。俺がエミリアのこと幸せにするのはどうかな?」
「応援するよ。」突然いびきが病み、オースティンが目をつぶったまま答える。
「起きてんのかよ。」
「今弱ってるエミリアに漬け込めば、もしかしたらシャイルでもいけるかもな?」
「無理だって知ってて言うんだろ?昔からエミリアは隙がないんだよ。俺の前では涙すら見せたことがない。はっ。」
シャイルがそういうと、オースティンはまたいびきをかき始めた。
「何なんだよもう。」
シャイルは狸寝入りをする兄を見ながら、ひたすらワインを飲み続けた。だが、いつになってもその日は酔えなかった。




