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歯車~シャイル目線~

エミリアと帰国してからシャイルは一週間ぶりに帰宅した。色々と処理をしなければならない問題が山積みで、王宮に缶詰め状態になっていて寝泊まりも宮殿でしていたのだ。早朝に帰宅したシャイルはすぐにベッドに入ると、今までの疲労もあって深く眠り続けた。


ふと目を覚ますと、いつの間にか外は真っ暗になっていた。時計を確認すると、夕飯の時間もとっくに過ぎている。疲れている息子を起こさず寝かしてくれる母の優しさに感謝するとともに、シャイルはアルフォンスのことを考え大きくため息を吐いた。


―もう二人が元に戻るのは無理なのかもしれないな・・・。―


とシャイルが思っていると、部屋がノックされた。母親だろうかと立ち上がり扉を開けると、兄のオースティンが軽食を乗せたトレイを持ち立っていた。


「お!起きてたか!」と言うと、部屋に入って来る。兄がこのまま部屋に居座るつもりつもりだと悟ったシャイルは、電気をつけるとやや乱暴に扉を閉めた。


「腹減っただろう?」オースティンが優しくシャイルに聞く。


「うん。」シャイルはそう言うと、兄の前に座った。


「まぁ。久しぶりに酒でも飲もうぜ。」


「酒?げ。これ親父の大切にしているワインじゃねぇか。」


「ばれないばれない。どうせ親父は酒弱いし。まぁ、とりあえずお前は腹に何入れろ。」


そう言うとオースティンは軽食を差し出し、ワインを開けるとグラスに注ぎ始めた。


「殿下倒れたんだって?」ワインを一口飲むと、オースティンはシャイルに尋ねた。


「今日の朝な。ほぼ不眠不休で働いてるから倒れるに決まってるわ。医者には一日はベッドに縛り付けとけって言ってきた。はぁ。おかげで俺もようやく帰ってこれたわ。」


「殿下げっそりやつれてたもんな・・・。」心配そうにオースティンが言う。


「エミリアと別れて以来、犯人捕まえることだけ考えてたんだな・・・。外交に力入れたのも他国に逃げたやつらを捕まえるためだって、ようやく分かったよ。」


「そうだな・・・。」


「はぁ。ところで兄貴はどうやって犯人捕まえたんだ?殿下もあまり詳細語らないし・・・。いつの間に、二人はやりとりしていたんだ?」


「うーん。シャイル怒るなよ?」


「は?なんだよ!」シャイルは眉間に皺を寄せながら言う。


「うーん。面白いからやっぱり言わない。」


「なんだよそれ!」


「そんな怒るなよ。」オースティンはわざとらしく肩をすくめる。


「早く言えよ!」


「俺も殿下の間諜の一人なんだ。」


「・・・。は?」


「まぁ、直の間諜だな。俺も下の奴らにこっそり殿下から受けた命を出したりしているんだ。」


「は・・・?え・・・。いつから?」シャイルは戸惑いながら聞く。


「高等部?いや中等部のころだったけな?ほら、俺と殿下はよく剣の稽古をしていただろう?お前は中等部に上がったら滅多に来なくなったけど、殿下は毎日軍の訓練所に顔を出しててな。俺も親父についてほぼ毎日行ってたから、よく二人で色んな話してたんだ。それで色々頼まれてな。まぁ。そんなところだ。」


「まじかよ・・・。」シャイルはがっくりとうなだれる。


「いやぁ。言わなくて悪かったな。でも、お前が殿下から間諜の存在聞いたとき、一時期びくびくしてただろう?あれが面白くてよ。あえて黙ってたんだ。」


「最悪・・・。」


「まぁ怒るなって。それで、俺は内密に色々動いてたてわけさ。」


「ディアンは知ってたのか?」


「いや。言ってない。」


「そうか・・・。それで、どうやって捕まえたんだ?」


「まぁ色々あってな。他国に逃げたやつらの足取りを追ったんだが、なかなか掴めなくてな。でも、一度金の味をしめたやつらは、もう一度王女側に接触すると思ったんだ。その時をずっと待っていた。フォスタ王国には戻ってこれないだろう?それで、もしかしたらこの機にコリン王国で接触してくるんじゃないかと思ったんだ。それで、罠を張ったら、案の定引っかかったってわけだ。」


「なるほど・・・。兄貴が動いていただなんて知らなかった。」


「内密に動いていたからな。」


「そうか・・・。」とシャイルはため息を吐きながら言った。


「これからどうしたもんかな・・・。」オースティンもため息を吐いた。


「ディアンは?本当に休暇に入るのか?兄貴何か聞いてないの?」


「何も。ディアンは引き継ぎで忙しくて、会ってもくれないんだよな・・・。俺のもとに連日多くの文官が訪ねてきてるの知っているか?」


「あぁ。家にまで来てるって朝聞いた。」


「辞任を引き止めてくれ!って半泣きで頼んでくるんだよ。俺も本当に困ってるんだ。」


「辞任って・・・。まだ休暇だろう?」


「そう言っても、半年ディアンがいないだけで回らない仕事がたくさんあるんだと。」


「おいおい。しっかりしろよ・・・。」シャイルは呆れながら言う。


「ほんとだよ。」ディアンもぐったりとして同調した。


「エミリアのことは何か知っているか?」シャイルは恐る恐る尋ねた。


「一度会いに行ったんだが、エミリアは既に領地に戻っているとよ。セバスが、帰国した次の日にナタリーとレオンと共に王都を発ったと言ってた。ディアンも仕事が一段落したらすぐに発つらしい。」


「そうか・・・。実は、ディアンは二度と殿下にエミリアと関わらないでくれと言ったんだ。」


「まぁ。ディアンの気持ちを考えるとな・・・。」オースティンはため息を吐きながら言う。


「やっぱり恨んでいるのか?」シャイルは悲しそうに尋ねる。


「ディアンは殿下のことを恨んだりなど一切していないと思うぞ。エミリアを事故後も毎日見舞い、破談になった後でさえも犯人を見つけてくれた殿下の行動を見れば恨むことなど決して出来ないだろうしな。でも、王族や国のトップ達に激しい怒りを抱えているのは間違いないと思う。辞任を要請したのも王族たちと二度と関わりたくないからだろうな・・・。」


「そうだよな・・・。」


「ディアンは死ぬほど後悔しているんだ。エミリアを殿下の婚約者にした決断を。シャイルはエミリアと殿下の婚約の詳細を知っているか?」


「大まかにしか知らない。支援との引き換えどうのこうのって前にディアンが言ってた。」


「実はな・・・。」そう言うと、オースティンは詳細を語りだした。


「え・・・。じゃあ、その王弟って、コリン王国の?」


「そうだ。」


「そうだったのか・・・。」


「あの時リベラルト殿ときちんと話し合えば良かったと、ずっと後悔しているんだ。ディアンが悪いわけでもないのにな・・・。はぁ。」


オースティンがそう言うと、二人の間にしばらく沈黙がおとずれた。


「亡き公爵夫妻が生きていたら、今頃どうなってたかな?」シャイルがぽつりと呟くと、


「そうだな・・・。少なくとも今の状況にはなっていないだろうな。エミリアと殿下が結婚しているかは分からないが、もし別れるのならば幼馴染という関係でいられなくなった中等部の時点で、きちんとお互い納得した上で関係に終わりを告げているだろうな。こんな形で無理やり引き裂かれたりしていないだろうな。」


「うん。」


「お前だってちゃんと告白して玉砕できてるだろうしな。」


「玉砕決定かよ。」と小さな声で突っ込むシャイルに、オースティンは笑う。


「エミリアも殿下もお前も、今頃もしかしたら別々の人と結婚して初恋を大切な思い出に出来ていたのかもな。俺な、公爵夫妻の事故で色々と歯車が狂ってしまったようにしか思えないんだ。」


―歯車か・・・。―


二人の吐くため息だけが、部屋に響いた。






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