母国
エミリアはその日の夜コリン王国を高速列車で発ち、次の日の朝エドガー王国に一年半以上ぶりに帰国した。駅に迎えに来ていた兄のディアンと義姉のナタリーは、エミリアを笑顔で出迎えた。
二人を見つけると足を止めたエミリアに、ナタリーは駆け寄ると強く抱きしめた。「ごめんなさい。」と謝るエミリアに、「ただいまでしょ?」とナタリーが言う。抱きしめられながらも黙り込むエミリアに、ディアンは静かに歩み寄ってくると、「エミリアお帰り。」と微笑んで言った。
「レオンは?」と二人の愛息子の所在を尋ねると、家にいるとナタリーが答える。アルフォンス達がエミリアの後ろにいることに気づいたナタリーは、慌ててエミリアから体を離すと頭を下げた。
「宮殿に着いてから詳細は説明する。」シャイルがそう言うと、ディアンは何も言わずに頷き、エミリアを抱き上げ歩き出すと馬車に乗せた。続けてナタリーとディアンは乗り込むと、馬車は動き出した。
「エミリア。」何も言わずに窓の外を眺めているエミリアをディアンが呼ぶ。
「はい。」とエミリアが迎えに座っているディアンを見る。
「こっちに戻ってきなさい。」ディアンが優しく言う。
「どうして?私・・・。あちらで仕事をしているのよ?」
「俺、文官辞めようと思うんだ。」
「え・・・。どうして?」
「元から官吏に思い入れはないんだ。将来兄さんの領地経営を側で支えることしか考えなかったから・・・。」
「・・・。」
「俺ら小さいころは領地で育っただろう?レオンもあっちで育てたいと思うんだ。」
「でも、お父様もお祖父様も宰相だったのよ?お兄様だって・・・。」
「エミリア。働かなくてもいいけど、どうしても働きたいのなら領地経営手伝ってくれ。公爵領にはエミリアが必要だよ。」
「そんな・・・。」
「一緒に公爵領を良くしていこう?コリン王国で学んだことを俺に教えてくれ。」
「お兄様・・・。」
「エミリア。俺たちは家族だ。結婚したくないのなら一生しなくていい。でも、どうか俺の目の届くところにいてくれ。心配なんだ。」
「心配・・・?私何か心配かけている?」
「他国で妹が一人働いているのが心配なんだ。頻繁に会うこともできないだろう?」
「・・・。」
「殿下の婚約者だったことも広まっているんだろう?」
「うん・・・。」
「エミリア。コリン王国で、今まで通りにはもう過ごせないよ。お願いだから戻ってきてくれ。俺とナタリーとレオンと一緒に領地で暮らそう?仕事が落ち着いたら、今まで出来なかった旅行にも行こう?」
「・・・。」何も言わずに俯くエミリアに、ナタリーが優しく話しかける。
「エミリア。エミリアがいないと寂しいわ。どうか不慣れな私に公爵家のこと教えてちょうだい?」
「お義姉様・・・。」ただ俯くエミリアをナタリーは優しく抱きしめる。
ディアンが言葉を続けようとした時に、どうやら馬車は宮殿に着いたようだった。
―生きるってどうしてこんなに難しいんだろう・・・。素直にお兄様達に甘えればいいのに、どうして私は出来ないんだろう・・・。―
ぎりぎりで保っていたエミリアの中の何かが、崩れていくのが自分でも分かった。考えないように生きてきたことを、もう心の奥に隠し続けることは出来なかった。
―お父様。お母さま。デュークお兄様。クロ。もうそっちにいっていい?―
心の中で呟いた言葉は、ずっと必死に考えないようにしてきたことだった。




