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相愛~シャイル目線~

エドガー王国への帰国が三日後に迫ったシャイルは焦っていた。エミリアと会いゆっくり話したかったのだが、ずっと忙しく自由な時間さえなかった。エミリアはリーリアを毎日接待しているようだったが、シャイル達がいる視察等には決して来ることがなかった。


食事会と言う名の会議からようやく解放され、ぐったりと部屋に戻ったシャイルを待っていたのはエミリアからの手紙だった。慌てて封を切ると、どうやら二人で話したいと書かれている。絶対に明日昼食の時間を何とかもぎ取ることを決め、シャイルはエミリアに返事を出した。それからエミリアがお酒で首まで赤く染めながら目を潤ませていた煽情的な姿を思い出し、一人ため息を吐いた。


―エミリアだってもうすぐ20歳だ。すでに一人前の立派な女性だ。だが、あいつは同年代の女性と比べて幼すぎる。12歳で両親を亡くしたせいだろうか?体の成長に精神年齢が追いついていない。20歳にもなる女性がどうしてあんなに一切穢れがないのだろう?―


エミリアが自分の存在意義見つけたくて、一生懸命働いているのはシャイルにだって分かっている。だが、エミリアはどこか精神的に不安定な気がして、どうしてもエドガー王国に連れて帰りたいと思っていた。せめて自分の目が届くところにいてほしいと思ったのだ。


―いや違う。あいつは両親が亡くなってからずっと不安定だった。それをずっと支えてきたのはアルフォンスだ。―



シャイルはそれからソファーに横たわり目を閉じると、二泊三日の視察でリベラルトに守られているエミリアの姿を思い浮かべた。リベラルトが青ざめたエミリアを抱きかかえ、エミリアは乗り物に弱いと言い謝罪と共に去っていった姿を見て、シャイルはこう思った。


―知っている。エミリアのことは大体何でも知っている。14年以上の付き合いだ。こいつに至っては、16年以上の付き合いだ。そしてエミリアを守るその役目は・・・―


そう思いアルフォンスを横目で盗み見た。アルフォンスは表情を変えずに、ただリベラルトが去って行った方をじっと見ていた。


―好きなのだろう?お前がエミリアを忘れられるわけないよな。俺でさえ忘れられないのだから。―


晩餐会でも舞踏会でも、そして今回の視察でも二人の視線が交わることなかったが、お互いを無意識にふとした瞬間に見ているのがシャイルには分かっていた。アルフォンスには今リーリアがいる。それでもアルフォンスがリーリアと結婚するとは到底思えなかった。一方的な押しつけだが、自分のためにも二人には元に戻ってほしかった。シャイルだってずっと好きだったのだ。だから一度エミリアと話し合うために、一人早めに懇親会を切り上げたエミリアの部屋を訪ねた。


いざエミリアを前にすると、シャイルはなんと言えばいいのか分からなかった。エミリアは淡々と正論を述べた。それでも、お互いが好きならなんだって超えられるじゃないかとシャイルは思った。自分には決して手に入らない二人の相思相愛の関係が、ずっと本当は死ぬほど羨ましかった。エミリアがアルフォンスへ向ける愛の1パーセントでさえ、シャイルは手に入れることは出来なかったのだ。『いい人いるのかなんて聞かないでほしい。お前が男として認識するのはアルフォンスだけしかいないように、俺だって女と認識するのはお前しかいない。』と言いたかった。


アルフォンスだから諦めたのだ。二人を見ていたら、決して割り込もうだなんて思えなかった。エミリアが本当に幸せそうだったから、それでいいと思ったのだ。だからシャイルにとって、ユルの存在は煩わしかった。エミリアを見る目が自分と同じだったからだ。『お前の手にエミリアは負えないよ。』そんな思いとともに、シャイルはエミリアの部屋を訪問してきたユルに幼馴染だと告げると部屋を出た。


シャイルは部屋を出た後、アルフォンスの部屋に向かった。取り次いだ侍従が風呂に入っていると言ったので、そのままソファーに座って待っていると、しばらくしてタオルで髪を拭きながらアルフォンスが出てきて言った。


「シャイルちょうどよかった。昼間のダムのことだけど、我が国には必要ないね。」


「俺もそう思う。エミリアもそう言っていた。」


「そう・・・。」


「さっきエミリアの部屋に行ってきたんです。」


「そう。」


「殿下。俺は、殿下がどうしてもリーリアとこのまま結婚するとは思えません。どうお考えなのか、話してもらえませんか?」


「・・・。」


「俺のこと信用できませんか?」


「いいや。君のことは一番信用している。ただ・・・。」


「ただ?」


「君に軽蔑されるかと思うと、なかなか言えなかったんだ。」


「軽蔑?」


「僕がリーリアと婚約したのは、エミリアの犯人を見つけるためだよ。」


「でも証拠が・・・。」


「そう。だから婚約したんだ。リーリアとの繋がりがないと、事件は迷宮入りになるだろう?」


「だからって、婚約するなんて・・・。」


「そう。君はこういうやり方好きじゃないだろう?でも、僕はリーリアが絡んでいると確信している。それにフォスタ国王が絡んでいるのかを探っているところなんだ。もう少しで犯人の足取りが掴めそうなんだ。今回リーリアを同行させたのも、犯人をおびき寄せるためだよ。そしてそれがうまくいけば、帰国後すぐに婚約破棄するつもりだ。」


「・・・。」


「君はなんだかんだ優しいからね。リーリアの意思じゃなかったかもしれないとか考えるだろう?でも僕にはそんなこと関係ない。そしてリーリアがどうなろうと知ったことじゃない。」


「婚約破棄した後はどうするんですか?エミリアと・・・?」


「いいや・・・。」


「殿下。それならば俺がエミリアをもらってもいいですか?」


二つの視線がぶつかり合う。お互いに真意を探ろうとしたが、先にそらしたのはアルフォンスだった。


「エミリアが君を選ぶのならいいと思うよ。」


その言葉を聞くとシャイルは立ち上がった。


「分かりました。ですが、犯人のことで協力できることがあれば俺もなんでもします。」


そう言い部屋を出て行った。それから、アルフォンスとシャイルはエミリアの話しをしていない。




―どうしたもんかな・・・。―


二人のことを考えると、シャイルはその夜中々寝付けなかった。


次の日会議が伸び慌ててエミリアが待つ部屋に行くと、淡いクリーム色のドレスを着たエミリアが笑いながらシャイルを迎えた。


―何の話だろうか?アルフォンスのことか?―


シャイルは時間もなかったため早く本題を切り出すと、エミリアからは予想外の答えが返ってきた。


―何故いきなり事故のことを?―


そう考え込むシャイルに、エミリアはエドガー王国に帰らないと遠回しに伝えた。そのうえ、結婚もせず一人で生きていくという。


―なぁ。エミリア。お前は根っからの貴族令嬢だ。お前が当たり前だと思っているもの何か一つとっても、庶民が買える品物じゃない。使用人に囲まれ生きてきた公爵令嬢のお前が、本当に一人で生きていけるのか?どんなにお前が意地を張っても、お前は一人では生きていけない。それに男が絶対にお前をほっておかないだろう。―


と心で呟くシャイルに、エミリアはシャイルとも二度と会わないと言う。


「俺と結婚するか?」


思わず口から出た言葉は、シャイルの一世一代の告白だった。さらっと聞こえたかもしれないが、声だって震えていた。だがエミリアは、シャイルの兄のオースティンが良く言う冗談と捉えうれしそうに笑った。やっぱりなと思った。エミリアは、シャイルが自分のことを好きだとは一ミリも考えたことはないのだ。


―この頑固で鈍感女。まぁ仕方ないか。そんな女を好きになったのは俺だ。―


そう考えると、シャイルは少し自分でも笑えた。冷静じゃなかったのかもしれない。エミリアが記憶を取り戻しているなんて夢にも思わず、事故のことをかいつまんで話してしまったのだ。


顔色が悪いエミリアのことが気になりながらも、シャイルは会議室に出向いた。国王を始めとし皆すでに揃っていた。アルフォンスの隣に腰掛けると、「遅かったね?」と言われた。「エミリアに会っていたんだ。」と答えるシャイルに、アルフォンスは何も言わなかった。


会議が始まってどれくらい経った頃だろうか。従者が部屋に駆け込んできた。国王陛下に何か告げると、国王は顔色を変えリベラルトとアルフォンスを近くに来るよう呼んだ。何か聞くと、アルフォンスは突然の退室を詫び部屋を出て行った。訳が分からないが、シャイルもとりあえずアルフォンスを追いかける。


「殿下!どうしたんですか?」


前を早歩きするアルフォンスをシャイルは小走りで追いかける。


「エミリアがリーリアに危害を加えようとしたらしい。」


「は?エミリアが?さっきまで普通だったけど・・・。」


というシャイルの言葉を聞いたアルフォンスは、はっとシャイルを見て眉間に皺を寄せながら、「何を話した?」と尋ねる。


「事故のことを聞かれた。」


「事故?」


「あぁ。あの日何があったのか知りたいって。」


「なんで急に・・・。それでシャイルは話したのか?」


「おう。やっぱりまずかったか?」


「・・・。」


アルフォンスはしばらく無言で歩き続けたが、何かに気づくと急に走り出した。


「おい!アルフォンス!」


そう叫ぶシャイルに、「もしかしたら、あの日の記憶を思い出したのかもしれない。」と背中を向けて走ったまま言う。


「記憶・・・?」


シャイルは走りながら必死に考えた。


―まさか・・・?記憶を?なぜ急に・・・。―


ようやくリーリアの部屋にたどり着いたシャイルが見たのは、従者に羽交い絞めされたエミリアだった。リーリアは必死にエミリアに何か訴えているようだった。エミリアの右手から血が滴りクリーム色のドレスを真っ赤に染めていた。思わず立ちすくむシャイルと対照的に、アルフォンスはエミリアに駆け寄った。


「どけろ。」とアルフォンスは護衛に言う。


「はい?」コリン王国の護衛は、何故婚約者のリーリアではなくエミリアのもとへ来るのか分からず首をかしげる。


「いいから離せ。」


「ですが・・・。」


「その汚い手を離せ!」と声を荒げると、護衛はおそるおそるエミリアから体を離した。


シャイルは、初等部のころから見慣れてきた光景をじっと見ていた。後から駆け込んできたであろうユルが、「は?なんで?」と呟くのを振り返らずにただ聞いていた。いつもそうだった。アルフォンスとエミリアは時々、シャイルさえも入り込めない世界を創り出すのだ。まるで世界には二人だけしか存在していないかのように。


エミリアはアルフォンスに抱きついた後すぐ、気を失ったようだった。アルフォンスは一度意識のないエミリアをぎゅっと抱きしめた後、ゆっくりと自分の膝の上に横たえた。自分の首からタイを外すと、ざっくりと切れ血が止まらないエミリアの右手に巻き付けた。その後アルフォンスはエミリアを抱き上げると立ち上がり、未だ入口に突っ立っているシャイルに向かって歩いてきた。


シャイルは、アルフォンスが口を開く前に強く頷いた。アルフォンスも頷き返すと、気づかなかったが後ろにいたらしいリベラルトと何か言葉を交わしながら出て行った。


その次に、シャイルは初めてリーリアを見た。リーリアは静かに泣きながら、アルフォンスとエミリアが出て行った方を見つめていた。


―そうか。お前も本当にアルフォンスのこと好きだったのか・・・。―


シャイルは、何故リーリアがアルフォンスと婚約したのかをその時になってようやく理解した。








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