エミリアとクロの冒険~エミリア6歳~
アルフォンスが初等部に入学してから、半年がたった。入学して一ヶ月目は、週末必ずエミリアに会いに来てくれたが、二ヶ月経てば二週間に一回となり、三ヶ月経てば月に1回となり、四ヶ月目からは会いに来てくれなくなった。
手紙には来週会いに行くと書いてあっても、その日になればやっぱり行けなくなったというのがここ数ヶ月のお決まりだった。エミリアの誕生日には毎年花束を持って会いに来てくれるのに、今年は王宮から届いただけだった。覚えてくれていただけ嬉しかったが、やはりエミリアは寂しかった。
そんなエミリアには、遊び相手といえばクロしかいなかった。クロはすっかり大きくなって、今は門の近くに犬小屋があり門番みたいになっている。賢いみたいで知らない人が来たら吠えるのだ。
学校から帰れば兄たちは構ってくれるが、16歳になる長男のデュークは高等部に入学していて勉学に忙しく、9歳になる次男のディアンは遊び盛りで仲良くなった学友の家に出かけることが多くなった。
いつもは遊んでくれる母も、今日はどうしても断れないお茶会に呼ばれたらしく、出かけていった。
エミリアはふとアルフォンスに会いに行こうと思い立った。
―アルはこの国の第一王子だから王宮ではデューク兄様のように勉強漬けなのだわ。王立学園の初等部に帰宅時間に行って、帰りはディアン兄様と帰って来ればいいわ。―
思い立ったら即行動のエミリアは、1人では不安だったのでクロを連れていくことにした。そして、裏口からこっそり出ることに成功したのだった。
普段はエミリアには侍女のアンがいるのだが、たまたま料理人に呼ばれていたことと、偶然使用人がだれもエミリアに気づかなかったことがエミリアの外出を成功させた。
馬車では学園まで20分位で着いたから、歩いたらだいたい30分位でつくはず。道は確かこっちだったかな?
エミリアはまだ六歳。その上1人で王都を歩いたことがなく、迷子になるのは当然だった。気づけば馬車からも見たことのない見覚えのない場所にたどり着いていた。
「すいません。王立学園ってどちらですか?」
通りすがりの親切そうなおばさんに尋ねる。
「王立学園かい?お嬢ちゃん通ってるのかな?ここからだと歩くと二時間かかるよ。」
同年代に比べて発育の良いエミリアは、すでに入学した生徒だと思われたのだろう。
「二時間もですか?すいません、道教えてもらっていいですか?」
「歩くと時間かかるけど、この川沿いにあっちにまっすぐ歩いて行くと着くよ。」
「ありがとうございます!」
とりあえず道が分かったので歩き続ける。
―二時間なんてあっという間だわ。いつも遊んでいたら3時間は経っているもの。―
エミリアは知らなかった。王立学園まであのおばさんの脚で二時間であって、まだ六歳のエミリアからしたら倍以上かかることに。
―もう二時間経ったかな?どうしよう。もう夕暮れだ。もう、王立学園も終わっちゃったかな・・・。アルに会いたかったなぁ。アルに会いに行くって書き置きしてきたけど、お母様帰ってきて心配してるかな?―
風も出てきてしまった。クロはたくさん歩けて嬉しそうにしっぽを振っている。
「クロ。どうしよう。まだ着かないかな?もう少しで着くよね?」
「ワン!」
「よし走ろうか!」
「ワン!」
すっかり足は疲れきってしまったが、まだ間に合うかもしれないと走りだしたのである。
そんな時、エミリアの帽子が飛んでいってしまった。慌てて堤防を駆け下り追いかける。その帽子は、両親からの誕生日プレゼントなのだ。無くすわけにはいかない。
気づけば川辺に来ていた。そのことに気づかず帽子に夢中になっていたエミリアは足を滑らせてしまった。気づけば川に落ちてしまったのだ。幸い浅瀬で足がつくので、岸によじ登る。落ちるときにリードを放してしまったが、心配そうにクロが近寄ってきていた。
「クロ。えへへへへ。落ちちゃった。クロは大丈夫?」
クロは心配そうに顔をくっつけてくる。
「よし!クロ行こう!」
立ち上がろうとすると、足が痛くて動けないことに気がつく。
「クロ・・・。どうしよう、動けない。」
途方に暮れていると、クロがどこかに駆け出していく。
「クロ行かないで!クロ!」
必死に呼び止めるもクロの姿が見えなくなる。心細く思いながらも、どうにか人に助けを求めようと這って堤防をのぼろうとするが、上手く行かず転がり落ちてしまう。
「また傷増えちゃったな。一応女の子なのになぁ。」
全身傷だらけになっている。転げ落ちたときに頭をぶつけたのだろうか、頭から血が出ていることに気がついた。
―どうしよう。こんなに血が出て死なないかな?死にたくないよ。お母様。お父様。お兄さま。クロ。アル助けて。―
「ワンワン!」
その時クロの声が聞こえた。
「クロー!」
最後の力を振り絞ってエミリアが叫ぶ。
「お嬢さん大丈夫?歩ける?」
クロは若い男の人を連れて来てくれたみたいだった。
「すいません。足を痛めてしまって歩けないみたいで・・・。」
「頭から出血もしているね。君はどこの家の子だい?」
エミリアは名前を名乗らないようにと厳しく家から言いつけられていた。何故なら公爵家というだけで簡単に誘拐につながるからだ。
―どうしよう。名乗っちゃダメって言われてるし。でも、悪い人じゃないみたいだし・・・。―
「名乗っちゃダメって家から言われてるのかな?とりあえず病院に行こうか。」
「すいません。ありがとうございます。」
そう言ってエミリアは気を失ったのである。