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痕跡

「よしもう泣かない!仕事に戻らなきゃ!」


そう呟くと、誰もいない広い会議室でエミリアは拳を握り立ち上がった。色んな気持ちが入り交じり吐き気は止まらなかったが、このまま泣き続けていても多くの人に迷惑がかかると思った。エドガー王国に全て捨ててきたエミリアにとって、コリン王国で苦労の末に手にした仕事だけが生きがいだった。途中でお手洗いに寄り化粧を直すと、何事もなかったように必死に仕事に励んだ。


珍しく定時に仕事を切り上げたエミリアは、他の部署に働く親友のターニャの部屋を覗いた。だがターニャの姿はなく、ターニャの同僚たちが「今晩、王子様のために行われる晩餐会に出席するらしく、準備のために急いで帰って行ったよ。」と教えてくれた。ターニャが侯爵令嬢と言うことを思い出し、エミリアは深い溜息を吐きながら職場を後にした。


屋敷に帰ると、アンとうれしそうな侍女たちがエミリアを迎えた。今日はめったに社交界に出席しないエミリアを着飾れるからだ。久しぶりにばっちりと化粧と髪をセットした後に、ドレスを着せられるエミリアの表情はただ暗かった。いつもより美しくなった姿を見て侍女たちにエミリアはお礼を言うと、エミリアの後に帰宅したリベラルトに連れられ王城に向かった。


会場に入ったエミリアは、王族の席に案内された。席順は、国王とアルフォンスを真ん中で向かい合わせにしていて、王側の席の右から第二王子のフランツ・リーリア・王・シャイル・リベラルトとなっていて、フランツの向かいにエミリア・王妃・アルフォンス・ユルとなっていた。震える手をテーブルの下に隠しエミリアが始まるのを待っていると、しばらくして王が王妃をアルフォンスがリーリアをエスコートしながら入場してきた。リーリアはアルフォンスの瞳の色の襟ぐりが開いたドレスを着ていて、エミリアは思わず目をそらした。


エミリアのドレスは基本的に控えめなものが多い。ヒールのある靴を履くことが出来なかったので似合わないのもあったが、華奢なのに胸だけは大きいエミリアは襟ぐりの開いたドレスを着るの嫌悪した。当初、エミリアはリベラルトが用意してくれる流行最先端のドレスを着ることが多かった。だが、ある日男の目線がいやらしくエミリアの胸元を見ているこに気づいたのだ。学園で襲われたときのことを思い出したエミリアは、それ以来着なくなったのだった。


食前酒で乾杯すると、和やかに晩餐会が始まった。食事はアルフォンスのためにエドガー王国風の味付けになっていた。「美味しいです。」と微笑むアルフォンスに、王妃が微笑んで言った。


「良かったわ。エミリアのおかげね。」


「エミリア嬢のおかげとは?」と不思議そうな顔するアルフォンスに、ユルが笑って答える。


「最初、エミリアは食事に苦労したんです。今は普通に食べていますが、エドガー王国に比べて味付けが濃いみたいで。」


「まぁ!エムそうなの?確かにエドガー王国はあっさりしたものが多いわね。」と言う。


「フォスタ王国はどうですか?」と聞くエミリアに、リーリアはフォスタ王国との違いを語り始める。


それから、政策や視察の話に移った。明後日から二泊三日で遠方の発電所に視察に行くらしい。リーリアも一緒に着いて行くと知った王妃が、


「リーリア王女一人で大丈夫かしら?いくら侍女がいると言っても、結婚前の女性一人では不安だわ。私が着いていけたらいいのだけど・・・。」と心配そうに言う。


それを聞いた国王が顎を撫でながら、


「そうだな・・・。誰か令嬢を付かせるべきだな。誰がいいかな・・・。」と考え込むように言う。


すると、「エミリアでいいではありませんか。」とユルが突然言い出した。


皆の視線が一斉に集まりエミリアはぎょっとしながらも、「私には仕事がありますから。ご一緒するのは難しいです。」と苦笑しながら答える。


だが期待とは裏腹に、「うむ。確かにエミリアとリーリア王女は知り合いだし、気心の知れた相手の方がリーリア王女も気楽に過ごせるな。」と国王が言う。


「兄上。エミリアにだって都合がありますよ。準備など女性は時間がかかるものです。明後日には出発するのですからさすがに難しいと思います。」とリベラルトが助け舟を出す。


だが王妃が、「エミリアは王都から出たことがないのだから、ぜひご一緒してきなさい。明日一日仕事を休んで準備したらいいじゃないの。この後舞踏会もあるんだから、今日はついでに夜遅くまで楽しんだら?」と笑いながら言う。


「王妃様。有り難いお言葉ですが、そんな急に仕事を休めません。それに舞踏会は私には縁がありませんから、この後は失礼します。」とエミリアは困った顔で答える。


だが王妃は、「あら、リーリア様はどう?エミリアと一緒の方がいいわよね?」と聞く。


「そうですね・・・。でも仕事があるのなら、無理には誘えません。」とリーリアは悲しそうに答える。


それを聞いた王妃は、「リーリア王女もあなたと一緒に行きたいそうよ。あなたの上司には私から言ってあげるわ。『ちょっと大臣呼んでちょうだい!』」と給士に言う。さらに呼び出している間、「エミリアはもうすぐ20歳になるのだから、いい人探しなさい。舞踏会は踊らなくても、いい出会いの場だわ。」と続ける。


「王妃様・・・。」とエミリアはただ困り果て何も言うこと出来なかった。


呼び出された大臣がやってきて用件を聞くと、笑って許可を出した。


「エミリア。官吏として、王都以外のことも知るべきだよ。今回の視察で学んだことを報告書にして提出しなさい。それが二週間分の君の仕事だよ。」


そう言うと、「あ・・・。二泊三日なのです!二週間ではありません!」と言うエミリアの言葉も聞かずに、国王たちに頭を下げ席に戻っていった。


「大臣もああ言ってることだし、エミリアも今回はリーリア王女に全て同行しなさい。」と国王陛下が言い、晩餐会はお開きとなった。


舞踏会に参加することになったエミリアは、ファーストダンスを踊る国王と王妃を今は一人で壁側の席に座り眺めていた。踊り終わると、一斉に皆踊りだす。アルフォンスはもちろんリーリアと踊っていた。しばらくじっと二人を見つめたエミリアは、いつか自分が夜会デビューしたときに、アルフォンスと踊ることを楽しみにしていたことを思い出し一人俯いた。


―夜会で目の前にいるアルと踊ることさえ出来ない。いえ、杖なしで歩くことさえ一生出来ないわ。分かっていたのにどうしてこんなに辛いんだろう。早く帰りたい。―


と考えている時だった。「こんばんは。エミリア嬢が出席とは珍しいですね?」と男の人が話しかけてくる。以前にも話したことがある人だったので、エミリアも笑いながら答える。だが、しばらく会話するといつのまにか大勢の男性に囲まれていた。「みなさん、ダンスはよろしいんですか?私のことを気遣わなくても大丈夫ですよ。お気持ちだけ戴いておきますね。」とにっこり笑うエミリアは、顔を赤くして自分を見つめる男性たちに気づくことはなかった。


「あ~疲れた。」という声が聞こえたと思ったら、人込みの中からユルが現れた。エミリアの隣に腰を下ろすと、「ほら、せっかくの機会がもったいないぞ。綺麗な女性がいっぱいいるのだから踊ってこい。」と言うユルに男の人たちは皆散っていった。


「ユル殿下は踊らないのですか?」と尋ねるエミリアに、「休憩だよ。」とユルは答える。そう言いつつも、「ねぇあの女性綺麗じゃない?こっち見てる!」などエミリアに言う。エミリアはため息を吐きながら、「そろそろお一人にお絞りください。」と言う。「うーん。みんな綺麗だから選べないな。」とにやりと笑いながら言うユルに、エミリアは返事もせずダンスしてる人たちを眺めるのだった。


隣でユルが何か言っていたが、エミリアの全神経はアルフォンスに注がれていた。今は他の女性と踊っているようだった。アルフォンスには一緒に踊りたい令嬢たちが群がり列が出来ていた。エミリアの視線に気づいたユルが、「いやぁ。俺は自分がもてるって自覚があったけど、アルフォンス殿下は俺の上を行くわ。」とエミリアに話しかける。だが何も言わないエミリアに、「エミリアも憧れてたのか?」とエミリアの顔を覗き込む。急にユル顔が目の前に表れびっくりしたエミリアは、「わわ!」と変な悲鳴をあげ体をのけぞらせた。それを見たユルは楽しそうに笑った。


「何ですか?」と言うエミリアに、「いや、なんでもない。」とユルは笑いながら答える。「ユル殿下も踊ってきてください。ほら、あちらは前回に口づけされてた方ですよ。こちらを見てます。」と言うエミリアに、「お前たくましくなったよな・・・。」とユルは苦笑しながら答えた。「あれだけユル殿下の口づけする姿を見れば、さすがに慣れますよ。」と不満げに言うエミリアに、「お前は?」とユルが聞く。「誰かとキスしたことあるのか?」と真面目な顔をしながら聞くユルに、エミリアは「え・・・。」と何も答えられない。


「何の話をしているんですか?」不意に声が聞こえ、二人は見つめあってた顔をそらすと声の方向に向けた。ワイングラスを持ったアルフォンスが微笑みながら立っていた。「いや、大した話じゃないですよ。ダンスはもういいんですか?行列が出来てましたけど。」と聞くユルに、「さすがに疲れました。休憩です。それにユル殿下と話したくて。」とアルフォンスは言う。それを聞いたエミリアが、「すいません。お邪魔ですよね。」と立ち上がろうとすると、ユルがエミリアの手を掴んでまた座らせた。「エミリアも一緒でいいですか?」と聞くユルに、アルフォンスは「もちろんです。」と微笑むとユルの隣の座る。


二人が話す会話をエミリアは隣で聞きながら、遠くで令嬢たちに囲まれながら飲むリーリアを見つけた。


―いつもリーリア様は、女性に囲まれているわ。私には誰も寄ってこない・・・。ううん。ターニャや同僚たちがいるわ。友達は量じゃないわ質だわ。―


そう言い聞かせリーリアから目をそらす。


―あ!ターニャだ!またリバー様と踊ろうとしてる。三回以上踊るのはマナー違反なのに。あ!シャイルだ。ふふ。シャイルが女性と踊ってる。女嫌いって言われるけど、本当は苦手なだけなのよね。なんだかんだ優しいから絶対もてるのにな。そっか・・・。シャイルとも踊ってみたかったな・・・。―


エミリアがシャイルから視線を反らした時、「アルフォンス。」と言いながらリーリアが近寄ってきていることに気づいた。どこか足元が覚束なく酔っているようだった。アルフォンスは立ち上がると、「飲みすぎたの?」と尋ねた。そんなアルフォンスの腕にしがみつきながら、「うん。」とリーリアはふにゃりと笑って答える。「じゃあ、部屋に戻ろう。送っていくよ。」そう言うとアルフォンスは、リーリアの腰に手を当て会場から出て行った。


アルフォンスに抱きしめられるのも腕にしがみつくのも、かつては自分だけの特権だったことを思い、エミリアは泣きそうになった。そんなエミリアの気持ちには気づかず、「婚約者っていいな。」とユルはぼそりと呟いた。「どうしてですか?」と聞くエミリアに、「自分のものって周囲に示せるから。」と言う。「ならば、早く誰かと婚約してください。いい人いないのですか?」と怒りながら言うエミリアに、「別に・・・。」とユルはどこか歯切れ悪く答え太。「どんな方がタイプですか?」となお聞くエミリアにユルは、「心が綺麗な人。」と答えた。


「心が綺麗な人ですか・・・。」エミリアはユルの言葉を復唱すると、心優しいと評判な令嬢の名前を何人かあげる。だが、ユルは首を振るだけだった。それでも思いつく限りの令嬢の名前を挙げていくエミリアを、「あ!アルフォンス殿下お戻りになられましたか。」とユルは遮った。アルフォンスは、「話の途中に失礼しました。」と言うと、今度はエミリアの隣に座った。「リーリア王女は大丈夫ですか?」と聞くユルに、アルフォンスは、「お酒弱いのに、ペース配分できないんです。いつものことです。」とアルフォンスは笑って言った。


―アルはリーリア様のもの。でも、どうして声を聴くだけでこんなに胸が痛いんだろう・・・。―


と一人俯くエミリアに、「エミリア嬢はお酒飲まないんですか?」とアルフォンスは話しかける。


声をかけられたのでエミリアは顔をあげると、エミリアを微笑みながら見つめるアルフォンスと目が合った。


―あぁ・・・。もう、アルは私のこと好きじゃない。―


エミリアを見る目は、小さいころから見慣れた優しい目ではなかった。


「あぁ。エミリアもお酒が弱いんですよ。」と何も言わないエミリアの代わりに、ユルが答える。


「一口も飲まないのですか?」とアルフォンスはエミリアから目線を外すと、ワイングラスを見つめる。


「私は足が悪いので・・・。すぐに歩けなくなってしまうんです。」苦笑しながら答えるエミリアを見たユルが、


「俺が送って行ってやるよ。今日は飲めば?」とエミリアに言う。


「お気持ちだけで結構です。私そろそろ失礼しますね?」そう言いエミリアは立ち上がろうとした。


だが、エミリアは極度の心労のためか足に力が入らず、ふらついて倒れそうになった。ユルが手を差し出そうとするよりも早く、手慣れた手つきでアルフォンスがエミリアを片腕で抱きとめた。驚くエミリアをアルフォンスは椅子に座らせると、『大丈夫?』と囁いた。


「すいません。ありがとうございます。」と言うエミリアに、「歩かない方がいい。馬車まで送ろうか?」とアルフォンスは心配そうに尋ねる。「いえ!大丈夫です。あの、リベラルト様は・・・。」と探すエミリアに、二人のどこか慣れたやり取りを訝し気に見つめていたユルが、「叔父上なら大臣たちと話してるよ。」と答える。「あ・・・。どうしよう・・・。あ!ターニャ。」と言いエミリアはターニャを探す。ターニャは仲の良い女性たちと話してるようだった。でも目線はちらちらとエミリアの方を気にしていた。


エミリアが軽く手で招くと、ターニャは令嬢たちに挨拶し寄ってきた。「ターニャお話の邪魔してごめんね。帰りたいのだけど、足の調子が悪くて・・・。出口に行けば従者がいるから、そこまで連れて行ってくれない?」と言うエミリアに、ターニャは優しく笑いながら頷くと、足の不自由なお年寄りや緊急のために会場の隅に置いてある車椅子を給仕に持ってこさせる。それから手慣れた手つきでエミリアを車椅子に乗せると、アルフォンスとユルに挨拶をし車椅子を押して出口に向かってくれた。


「大丈夫?」と心配するターニャを見て、エミリアは泣きそうになる。エミリアの表情に気づいたターニャは、「よし。私も帰るわ。今日はあなたの家に泊めてもらうわ。」と明るく言う。「ターニャ明日仕事でしょ?」と言うエミリアに、「明日は休みよ。だから晩餐会に参加したのよ。」と言うと、自分の従者にエミリアと帰ることを告げ、一緒に屋敷に帰ってくれたのだった。


エミリアは、『アルフォンスと婚約者であったが、大怪我をしてしまって破談になった。』としか伝えてなかった。ターニャに全て語りたかったが、全部言える訳もなかった。ターニャに今日あったことを話すと、「大変な一日だったね。視察か・・・。元婚約者と今の婚約者が友達なんて・・・。」とエミリアを優しく抱きしめてくれた。そのあとは、ターニャのリベラルトへの愛をひたすら聞かされ、深夜に二人は同じベッドで眠りについたのだった。

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