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別れ~シャイル目線~

ここ1年近く、シャイルはアルフォンスの心が全く読めなくなっていた。エミリアと自分の前でだけ使っていた、どこか甘えたような言葉を一切使わなくなったし、顔に張り付いたような笑顔の奥にある表情を読み取ることは出来なかった。


―あの日から、アルフォンスは変わった。―


エミリアが国王陛下に呼び出された翌日、アルフォンスはエミリアに会いに行った。だが、『破談になったのだから会いたくないと言っている。』と、門前払いされたらしい。心配するシャイルに、「僕は諦めないから大丈夫。エムもいつか分かってくれるはずだよ。」そう言い、2週間毎日通い詰めていた。その日もエミリアに会えず帰ってきて仕事をしているとき、間諜から『数日前に王妃がウェズリー公爵領に日帰りで出かけたらしい。』という報告を受けた。


すぐさま部屋から飛び出していくアルフォンスを、シャイルは慌てて追った。アルフォンスは侍女が止めるのも聞かずに、王妃のいる部屋のドアを開けた。書類を見ていた王妃は顔を上げアルフォンスを見ると、どこか呆れたように笑って言った。


「あなたがそんなんだから・・・。ふぅ。用件は?」


「母上。ウェズリー公爵領に何をしに行ったのですか?」


「思ったより情報を得るのが遅かったのね。ふふ。」


「母上!」とアルフォンスは叫ぶ。


「あなたの考えている通りよ。エミリアに会いに行ったの。」


「何をしに行ったのですか!」


「心配でお見舞いに行っただけよ。疑うのなら、エミリアに聞くといいわ。」


「・・・。」


アルフォンスはその言葉に何も言うことが出来ず、そのまま部屋を出て行った。入口に立っていたシャイルも頭を下げ後を追おうとしたとき、「シャイル。」と呼び止められた。


「王妃様。大変失礼しました。」と頭を下げるシャイルに、


「いいのよ。ねぇシャイル?」と王妃が言う。


「はい。」とシャイルが言うと、


「アルフォンスのことこれからもよろしく頼むわ。何があっても支えて欲しいの。」と悲しそうに言う。


「もちろんです。」と言うシャイルに、


「ありがとう。」と王妃は微笑んだ。シャイルは頭を下げるとアルフォンスの後を追った。


その夜、徹夜で仕事をするアルフォンスに付き合うと、次の日一緒にウェズリー公爵領に向かった。ウェズリ公爵領はうっすらと雪が積もっていて、かつてエミリアが語った子供のころに兄たちと雪で遊んだ話を思い出した。領主館に着くとエミリアの叔父が驚いて二人を出迎え、二人を応接間に通した。「今すぐにエミリアを呼んできます。」と言う叔父に対し、「いや結構。私が行く。部屋はどこだ?」と尋ねると、シャイルを置いてアルフォンスは出て行った。


シャイルは楽天的に考えていた。小さいころからずっと好きあってる二人なのだから、どんな障害も乗り越えられるだろうと思っていた。


しばらくして、アルフォンスは戻ってきた。目から光が消え、絶望の色を浮かべている顔を見てシャイルは驚き立ち上がった。「シャイル、王都に帰ろう。」と有無を言わさない声で言うと、アルフォンスはエミリアの叔父に挨拶もせず馬車に乗り込んだ。馬車の中で、アルフォンスは何も言わず目を閉じていて、何か考え込んでいるようだった。シャイルが「エミリアは?」と尋ねると、目を閉じたまま「もう会わない。」と答えた。「でも!なんで!」と食い下がるシャイルに、アルフォンスは目を開け「もう終わったんだ。」と呟いた。ひどく傷つき、どこか途方に暮れているアルフォンスの目を見て、シャイルはその後結局何も言うことが出来なかった。


それでも、まだシャイルは信じていた。アルフォンスがエミリアを諦めるはずがないと。そしてエミリアも気持ちが落ち着けば、アルフォンスに会いに来るだろうと思っていた。二人に必要なのは、お互いの存在を再確認する時間だと思った。


それから数週間経ったある日、ディアンに男児が誕生したと知らせる電報が早朝に兄のオースティンに届いた。早速オースティンは出かけていくと、翌日の早朝に帰ってきてまだ寝ているシャイルを起こした。


「シャイル起きろ。」と言うと、まだシャイルは寝ているのに布団をもぎ取る。あまりの寒さにさすがに寝起きの悪いシャイルも目を覚ますと、オースティンが真剣な顔でシャイルを見つめていた。


「なんだよ、こんな朝早くに・・・。」と体を起こすと、オースティンがぽつりと言った。


「エミリアが出て行った。」


「は?どこを?ディアンに子供生まれたんだろ?なんでエミリア?」とまだ寝ぼけているシャイルが聞くと、


「エミリアが、エドガー王国を出て行ったんだ。」とオースティンが告げた。瞬時に目が覚めたシャイルが、


「は?どこにだよ!何言ってんだよ兄貴!」と大声で聞くと、オースティンは詳細を語ってくれた。


「ディアンの子供が生まれたのを見届けた後、手紙一つだけ残して昨日の早朝出て行ったそうだ。手紙には、コリン王国に行くと書かれていた。もう二度とこっちには帰らないそうだ。」


「は?なんでコリン王国?訳分かんねぇ・・・。」


「公爵家とあっちの王弟は深い繋がりがあるらしい。それを頼ってエミリアは出て行ったらしい。」


「は・・・。なんで・・・。こっちに帰らないって・・・。」


「ディアンも知らなかったが、王立学園の退学手続きも勝手にしていたらしい。」


「は・・・。理解できない・・・。」


「まぁそうだよな。俺も訳が分かんない。公爵家は大騒ぎだ。あいつも自分勝手だよな。赤ちゃんが生まれたばかりだというのに・・・。」涙声で言うオースティンにつられ、シャイルも泣きそうになる。


「ディアンは?連れ戻さないのか?」


「エミリアの好きにしてあげたいってさ。ディアンはむしろ冷静で、ナタリーの方が大騒ぎしている。昨日も連れ戻すって言って、産後明けの体で大暴れして大変だったんだ。あいつ女なのに、俺一人で押さえつけられなかったんだぞ!」


「なんで・・・。ディアンはなんで・・・・。」


「あのエミリアがこの決断を下さなければならなかったんだ。どれほどの苦しみを胸に抱えていたかを

考えると、好きにさせてやりたいってさ。」


「・・・。」


「お前も理解してやれ。はぁ。お前は勝手に出ていくなよ?」そう優しく言い、シャイルを抱きしめるとオースティンは部屋から出て行った。


オースティンが出て行ったあと、シャイルはぼんやりとエミリアのことを思い浮かべた。澄んだエメラルドグリーンの瞳。風が吹くとさらさらとなびく、細くて柔らかい白金の長い髪。笑ったり照れるとすぐに赤くなる頬。好きだった。誰よりも好きだった。エミリアの熱い目線はいつもアルフォンスに向いていたけど、シャイルを見る顔はいつも笑っていた。笑顔が見られればいいと思った。そして、何よりも幸せになってほしかった。だからこそ、自分はそれ以上望まなかったのに・・・。そう考え、シャイルはすぐに着替えると朝食も食べずに執務室へ向かった。アルフォンスがまだこの時間にいる訳がない。だが、朝一番に会って話そうと思ったのだ。


執務室のドアを乱暴に開けると、アルフォンスがすでに座って仕事をしていて、シャイルを見ると「おはよう。ずいぶんと早いね。」と微笑んだ。


―そういえばこいつ・・・。いつも俺より早く出勤していて、帰りも俺より遅い・・・。こんな朝早くから働いてるのか・・・?―


「殿下こそ・・・。いつもこんなにお早いんですか?」とシャイルが尋ねる。


「どうだろう。時間は気にしてないかな。」と書類を見ながら答える。


「殿下・・・。」


「なんだい?」書類を読む手を止めずに答える。


「エミリアが・・・。エミリアが、エドガー王国を出て行ったそうです。」とシャイルが言ったとき、ぴたりとアルフォンスの手が止まった。



「殿下良いのですか?このまま終わっていいんですか?」シャイルが必死に問いかけると、


「そう。出て行ったんだね。でも、もう終わった関係だから関係ないよ。」と、ニコリと微笑むと書類をめくる手を再開させる。


「どうして!どうしてですか!」と叫ぶシャイルに、アルフォンスは何も言わない。


「エミリアのこと、愛してたんじゃないんですか!愛してなかったんですか!」とシャイルが叫んだとき、


「君に何が分かる!」とアルフォンスは叫んだ。


「殿下・・・。」と驚くシャイルに、アルフォンスは我に返ると、


「頼むよ・・・。シャイル・・・。もうこの話はよしてくれ。」と静かに呟いた。


エミリアとアルフォンスの間に何があったかは知らない。でも、二人が苦悩の末別れを選んだのだということだけ、シャイルはようやく理解した。






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