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消された記憶

「ちょっと、大丈夫?」


そう言いながら速足で近寄ってくると、倒れこむエミリアをユルが抱き起した。


「リーリア王女はエミリアと知り合いですか?エミリアは足が悪いから、急に抱きついたりしたら倒れてしまいますよ。ほら、エミリア、杖。足は平気か?」と、珍しくユルはエミリアに優しく言う。


「あ・・・。すいません。ありがとうございます。」心ここにあらずの状態で、エミリアはお礼を言うと杖を支えにして何とか立ち上がる。


ユルは、何も言わずただ泣き続けるリーリアをアルフォンスの隣に座らせると、「エミリアも座りなよ。」と言う。立ち上がったエミリアは俯いたまま動かない。それにしびれを切らしたユルが近寄ってくると、「頭でも打ったのか?顔色悪いな・・・。ほら髪の毛もほつれてるし。」そう言って、一つ結びにしている髪をくくり直してくれる。いつもなら振り払う手を、エミリアは俯いたまま受け入れていた。


―どうしてアルがいるの・・・。どうしてリーリア様がいるの・・・。シャイルはどうして何も言わないの・・・?どうして・・・。―


「おっほん。」ユルが髪の毛を結び終わると、文部大臣がせきばらいをした。


「ユル殿下、戯れはほどほどにしてください。エミリア君は、具合でも悪いのかい?」上官の言葉に我に返ったエミリアは慌てて答える。


「いいえ。とんでもございません。失礼いたしました。本日はどのような用件で呼ばれたのでしょうか?」


「うむ。まず座りたまえ。」と言う大臣の言葉に、エミリアはアルフォンスたちの迎え側に腰を下ろす。その隣にユルが座った。


「君も知っての通り、エドガー王国からアルフォンス殿下が来国した。アルフォンス殿下は、この国の飛び級制度などに深く関心を示してくれていてね。来国してすぐに、文部省に立ち寄ってくださったんだ。それで私がエドガー王国出身者の官吏女性の話をした時、リーリア王女様が是非会いたいと言ってくださってね。それで君を呼び出したんだ。どうやら王女様とは知り合いだったようだね。アルフォンス殿下はエミリア嬢のことをご存知でしたか?17歳の冬まで、貴国の王立学園の生徒だったようですが。」


と尋ねる大臣に、アルフォンスはニコリと笑って答えた。


「いいえ、学年も違うので直接話したことはありません。ただエミリア嬢は一つ下の学年では、成績が一番だったので顔と名前は知っていました。こちらで働いていたんですね。」


―あぁ。アル・・・。分かってるのに。私が悪いのに・・・。どうしてこんなに苦しんだろう。―


「エミリア嬢はもちろんアルフォンス殿下のことはご存知だっただろう?挨拶をしなさい。」エミリアの気持ちを何も知らない大臣がエミリアを促す。


「こ・こ・・・。コリン王国にお越しいただきありがとうございます。エミリア・ウェズリーと申します。こちらでは、文部省の官吏として働かせてもらっています。」とエミリアが言うと、エミリアには見せたことのなかった社交用の笑顔でアルフォンスが言う。


「こんにちは。是非君に、この国とエドガー王国での違いを教えていただきたいな。こちらは僕の側近のシャイル。それから、こちらは僕の婚約者のフォスタ王国第二王女のリーリアだ。リーリアとは知り合いだったみたいだね。募る話もあるだろう、今夜君も晩餐会に参加したらどうだい?」


―あぁ。そうか・・・。リーリア様が婚約者になったのね。あんなに、アルが幸せになることを願っていたのに・・・。どうして泣きそうなんだろう私・・・。―


「そうですね・・・。私より、この国の王弟でおられるリベラルト様の方が適任だと思います。晩餐会ですが、私はこのように足が悪く踊れませんので・・・。ですが、お誘いはありがとうございます。」


と必死に笑顔を作りながら言うエミリアに、大臣が優しく言う。


「君はアルフォンス殿下の誘いも断るのかい?君は晩餐会や舞踏会に参加しなさすぎだ。仕事に夢中になるのはいいが、今日は早めに切り上げ参加しなさい。いいかい?上官命令だ。」


「大臣・・・。」エミリアが困った顔をするのを見て、大臣はさらに笑って言う。


「いやぁ。エミリア嬢は仕事しかしなくてですね。もうすぐ20歳になるのに、足が悪いからという理由ですべての縁談も断るんですよ。とてもいい子でね。祖国でも人気があったでしょう?どうですかね?」とアルフォンスの顔を見て尋ねる。


「そうですね。先ほど申し上げた通り、私は学年が違いましたから。リーリアは友達だったんだろう?どうだった?リーリアもエミリアと募る話があるだろう?」とアルフォンスは優しくリーリアに尋ねる。


「エム・・・。会いたかった・・・。是非晩餐会に出てちょうだい?お願いよ?」と泣きながら頼むリーリアをみたユルが、「エミリア参加しろよ。リーリア王女の頼みだぞ?」と眉間にしわを寄せながら言う。どうしても断れない状況になり、エミリアは参加することになったのだった。


「晩餐会に出るのならば、急ぎで片づけなければならない仕事がありますから失礼します。」とエミリアが言うと、


「私たちもそろそろ失礼します。また是非お話を伺わせてください。」とアルフォンスが言い、皆立ち上がる。


そして、大臣室を出たエミリアは、アルフォンス、シャイル、リーリア、ユルと歩いていた。アルフォンスとユルが楽しそうに話してる中、エミリアは俯きながら歩いていた。このまま歩き続けると階段に差し掛かる。自分の部署に戻るには、階段を下らなければならないのだ。階段の上り下りが自力で出来ないことを、エミリアはどうしてもリーリアたちに知られたくなかった。だが、逃げ場所はどこにもなかった。階段に差し掛かった時、ユルが後ろを振り向いてエミリアに言った。


「エミリア。今日は俺が運んでやるよ。」


それを聞いたアルフォンスが尋ねる。


「運ぶとは?」


「あぁ・・・。エミリアは自力で階段上り下りできないんですよ。ほらエミリア。」


と、ユルが言ったときリーリアとシャイルの息をのむ声が聞こえた。とっさにエミリアは、


「いいえ。一人でできます。時間がかかりますからお先にお降りください。」という。


「何言ってるんだよ。何回も一人で上り下りしようとして階段から転げ落ちたくせに。また大怪我するぞ?」とユルが言ったとき、エミリアは誰かに抱き上げられた。


「私が運びます。王子殿下が自らなさる必要はありません。」


とシャイルが言うと、すたすた階段を降り始める。


「シャイル・・・。」と言うエミリアに、エミリアにしか聞こえない声でシャイルが言う。


「お前・・・。言いたいことはたくさんあるけど、元気だったか?少し太ったか?」


「シャイル・・・。ごめんね・・・。」


「本当に・・・。俺にさえ言わずに急にいなくなるなんて・・・。」


「うん・・・。シャイルごめん。」


「心配かけさせんなよ。」


「うん・・・。」


「元気だったか?」


「うん。」


「はぁ。お前の顔見て安心したよ。この野郎。」


「ありがとう・・・。」


そう言ったとき、エミリアは地面に降ろされる。後ろから、ユルたちが下ってくる足音がする。


「助かりました。ありがとうございました。」そう言いエミリアはシャイルたちに頭を下げると、杖を突きながら部署に戻ったのだった。


部署に戻る途中にある、使用してない大きな会議室に入りエミリアは座り込む。こみあげる吐き気を必死で抑えようとしていた。


―どうして・・・。どうして・・・。偶然・・・?アルは私のことなかったことにしたいのね・・・。会いたくなかった。2度とアルに会いたくなかった。今でもこんなにときめくなんて、馬鹿みたい。あんなに傷つけたのに。自分勝手に振り回したのに。駄目だ。忘れろ・・・。忘れろ私!―


一人で、静かに泣き続けた。




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