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別離

王妃が来てから一週間。エミリアは、今日こそアルフォンスが来るかもしれないと、毎日びくびくして過ごしていた。ひどい言葉で別れを告げるぐらいなら一生会いたくないとさえ思った。


雪がうっすらと積もった日。自室で窓の外をぼんやりと眺めていたエミリアは、ノックなしで誰かが部屋に入ってきたことに気づかなかった。「エム。」と静かに呼ばれ一瞬固まる。意を決して振り向くと、アルフォンスが立っていた。


「どうして来たんですか?」と悲しそうにエミリアが尋ねた。


「会いたかったから。」とアルフォンスは答える。


「破談になったのです。私はもう気軽にお会いできる立場ではないのです。」


「エム。頼むよ。話をしよう。」とアルフォンスは近寄ってきて、エミリアの肩を両手で掴みながら哀願する。


「そうですね。こちらにお座りください。」そう言いアルフォンスを自室のソファーに座らせると、自分は向かい側に腰を下ろした。


「本当はあの日エムを引きとめるべきだった。僕がもっとしっかりするべきだったんだ。父上の言葉に感傷的になってしまって・・・。辛い思いをさせてごめん。本当はもっと早く話をしたかったんだ。でも、エムが領地にいるってずっと知らなくて会いに来るのが遅くなってしまった・・・。母上が先日来ただろう?どんな話をしたんだ?何かひどいこと言われてないかい?」


「いいえ・・・。いつ王立学園に復帰するのか等心配なさってくれたのです。」


「そうか・・・。」


「殿下・・・。どうして来たのですか?」


「エム。僕を信じて待っていてほしい。今はちょっと君を婚約者として押し通すのが難しい・・・。でも、僕は君と結婚したい。1年いや半年だけでいい。どうか待っててほしい。必ず周囲を説得してみせるから。」


「どうして待たなきゃいけないの?」エミリアが俯きながら答える。


「ごめん・・・。僕の力不足で『違う!』」アルフォンスが言いかけた言葉をエミリアは大声で遮る。そして顔をあげアルフォンスの顔を見て言う。


「そんなことを聞いたんじゃない。私がどうして殿下を待たなければならないのですか?好きでも何でもないのに!」


「え・・・。」


「私たちはただ婚約者であっただけです。破談になればもう関係ありません。」


「エム・・・。どうしたの?僕たち・・・。」アルフォンスは驚いて言葉が続かない。


「私は、殿下のこと異性として好きだと思ったことなど一度もありません。」


「嘘だ・・・。」


「本当です。信頼できる幼馴染以上の感情を持ったことなどございません。ですから・・・。今回は、お別れするいい機会だと思いました。」


「いや。君は嘘をついている。」


「嘘ではありません。それならば、王妃様にお聞きください。私が王妃様に何をお頼みになったのかを。」


「いったい何を・・・?」


「王妃様が破談のお詫びに何でもしてくれるとおっしゃいましたので、ひそかに思いを寄せていた方との縁談を頼みました。その方はこのような体では受け入れてくれるとは思えませんが・・・。それでも、王妃様は尽力していただけるとのことでした。」


「嘘だ!」とアルフォンスは叫ぶ。


「嘘ではありません!ならば王妃様にお尋ねください!」とエミリアも負けじと目を見て言い返す。


「それでもいい・・・。」アルフォンスはじっとエミリアの目を何も言わずにしばらく見つめた後、静かに呟いた。


「え?」よく聞こえなかったエミリアは聞き返す。


「それでもいい。君が僕のことを好きでなくても構わない。側にいてほしい。エム・・・。愛してるんだ。」


「・・・。」―アル・・・。お願い。それ以上言わないで・・・。―


「エム、僕は君がいないと生きてけないんだ。」


「いいえ。殿下は私がいなくても生きていけます。」エミリアは心とは正反対のことをアルフォンスに向かって言う。


「え?」


「私は両親が亡くなっても、兄が亡くなっても、クロが亡くなっても生きてこれました。ですから、そのような言い方なさらないでください。」


「僕はそんなつもりじゃ・・・。」


「殿下の顔を見たくないのです!」そう言ったとき、エミリアはアルフォンスの目が絶望に染まるのを見た。


「・・・。」アルフォンスは何も言わない。


「殿下は何も悪くありません。私の怪我も殿下のせいではありません。でも万が一、殿下の婚約者だからという理由で狙われたとしたら?そう考えると殿下が憎くてたまりません。私のことを大切だと思うならば、どうか二度と会いになど来ないでください。」


何も映さない目をしているアルフォンスにエミリアが言うと、アルフォンスは静かに立ち上がった。


「今まで悪かった。さようならエミリア。」そう言うとアルフォンスは部屋を静かに出て行った。


―あんなに私を大切にしてくれたアルに、こんなひどいことを言わなきゃならないなんて・・・。―


と一人ソファーに取り残されたエミリアは泣きながら考えていた。


そして、今までのアルフォンスとの思い出が走馬灯のようによみがえる。小さいころ泣くアルフォンスを慰めるエミリア。逆に泣くエミリアを慰めるアルフォンス。辛いとき何も言わずいつも隣にただ座っていてくれたアルフォンス。エミリアの体調不良にすぐ気が付くアルフォンス。どんなにエミリアが突き放しても、必ず見捨てないでいてくれるアルフォンス。辛いとき抱きしめてくれたアルフォンス。・・・・。


―駄目だ!やっぱりこんなの嫌だ!―


エミリアは立ち上がるとアルフォンスを追いかけようとした。だが、そのとき自分の足のことを忘れていて、もつれて転んでしまう。立ち上がろうとするが、杖が遠くまで転がってしまっていて踏ん張ることが出来ない。何度も試みるがどうしても立ち上がれない。


そしてまた転んで両膝を打つと、床に突っ伏しながら自分の状況に絶望して大声で「アル!アル!行かないで!違うの!」と泣き叫んだ。


どのくらいの時間がたったのだろうか。しばらくして疲れきったエミリアは、床に突っ伏しながら色んな憎しみが沸き上がってくるのを感じた。


母が生きていたとき、日ごろからエミリアに、『人を憎んではいけませんよ。何があっても許してあげる寛大な心を必ず持ちなさい。そして公爵家の令嬢という立場を忘れずに、誰にでも必ず優しく接しなさい。』と言っていた教えを、エミリアは守ってきたのだ。だから、今まで憎しみなど抱かないように努力してきた。


―アルにこんなことを言うために必死に生きてきたわけじゃない。―


そう考えると、アルフォンスを突き放すよう言った王妃への憎しみ、自分をこんな体にした犯人への憎しみ、そして一度は婚約者に選出したのに、手のひらを返されたエドガー王国への憎しみが募っていくのを止めることなど出来なかった。


―もうこの国になどいたくない。―


その夜、エミリアはリベラルトへ手紙を出した。



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