手がかり~シャイル目線~
皆、アルフォンスのことを成績優秀で品行方正と思ってる。実際に学園生活ではテストでトップを譲ったことはなかったし、常に笑顔で人当たりもよい。だが、誰もが思い描くような絵本に出てくるような理想的な王子では決してない。シャイルは、アルフォンスの恐ろしさを誰よりも知っていた。
アルフォンスには、多くの間諜がいる。このことを知っているのはシャイルしかいない。いや、国王陛下はもしかしたら気づいているかもしれないが、これほど多いとは思わないだろう。初等部の頃から、将来自分の害となるかもしれないところに忍ばせていたが、より一層手数を増やしたのはエミリアが学園で襲われてからである。
エドガー王国では王族が絶対的権力を持っていて、貴族がどうこうしようと王権が揺らぐことはまずない。だから間諜はある意味、エミリアが王妃になることを反対する勢力の勢いをそぐために存在していると言っても、あながち間違いではなかった。
どれが間諜かシャイルも実は把握しきれてない。初等部の頃から毎日剣術を磨いたアルフォンスは、今やオースティンさえしのぐ力がある。そんなアルフォンスがひっそりと自ら1人で街に出向き、力でねじ伏せたゴロツキを間諜にしているのだ。
シャイルが何故間諜の存在を知ったかというと、エミリアが婚約者になって間もないころ、突然ディアンが執務室にやってきて言ったのだ。「殿下。新しく入った庭師のことですが。エミリアに全て話しますよ?」と。
それを聞いたアルフォンスが、「やはり、ディアンにはばれたか。仕方ない。すぐ辞めさせる。」と笑いながら言った。ディアンが部屋を出て行くと、「どういうことだ?」とシャイルが訪ねた。
「誰にも言ってないけど、シャイルにはまぁいいか。実は僕には間諜がいるんだ。ウェズリー公爵家に忍ばせたんだけど、ばれちゃった。」っとあっけらかんに言うアルフォンスにシャイルは恐怖を抱いた。もしかしたら我が家にもいるかもしれないと、一週間誰も信じられなくなったくらいだ。
そんなアルフォンスが間諜にエミリアが陛下に呼ばれたと聞き、執務室を飛び出していってからだいぶ時間がたった。もう夕暮れだというのに、アルフォンスはまだ帰って来てなかった。
―何やってるんだあいつ。エミリアが呼び出された理由は・・・。こんなに長時間かかるなんて・・・。やはり心配だ。―
シャイルは心配であまり仕事が捗ってなかった。様子を見に行こうと立ち上がった時、アルフォンスがようやく帰ってきた。ひどく疲れきっているようだった。深い溜息を吐きながらこめかみを押さえてるアルフォンスに、シャイルは聞いた。
「話どうだった?」
「父上が、エミリアに婚約者降りろって。」
「やっぱりか。エミリアは認めたのか?」
「うん。父上が足の不自由なエミリアを、僕の妻に認めれないって。そんなこと言われたら、エミリアだって頷くしかないよ。」
「そうか。」
「疲れたって・・・。」
「何が?」
「エミリア疲れたって。今までどんなことがあっても、疲れたなんて言ったことなかったのに・・・。」
「そうか。」
「はぁ。」
「お前疲れたって言ったエミリアになんて言ったんだ?」
「何も言えなかった。」
「そうか。ならもう諦めろ。」
「え?」
「エミリアのことは諦めろ。エミリアからお前が拒絶されたのは、今回が初めてじゃない。お前はエミリアがどんなに拒絶しても、いつも諦めなかった。それは俺には出来なかったことだ。今回の問題は確かに大きい。だが誰よりも傷ついてるエミリアを慰めるどころか、自分の思うままに発言し、『疲れた』と言われたから何も言えなかったって言うなら諦めろ。」
「シャイル・・・。」
「お前が今どれだけ大変な立場にいるのかは、俺がよく分かっている。だが、それ以上に大変なのはエミリアだ!一生歩けないという状況から、お前のために杖をついて歩けるようになるくらいまで努力したんだぞ?この数ヶ月どれほど大変だったのか考えてみろ!あいつが何故ディアンでさえリハビリ施設に来るのを拒否したのか!」
「シャイル・・・。」
「どうするんだ?諦めるか?お前がそんなんなら、俺がエミリアをもらう!」
「シャイル。どうか力を貸してくれ。どうしても、僕はエミリアじゃなきゃ駄目なんだ。」アルフォンスが頭を下げる。
「ふん。始めからそう言えばいいんだよ。」
「シャイル。ありがとう。君と初等部で出会って本当に良かったと思ってる。」
「俺は後悔しかしてません。」
そうシャイルが言うと、アルフォンスが笑う。
「君の口は昔から本当に変わらないよね。シャイル。父上達をどう説得したらいいと思う?」
「いったん、納得したふりをしてみたらどうですかね?」
「というと?」
「今殿下がエミリアのことを説得しようとしても不可能です。より一層引き裂こうとするでしょう。」
「確かに。」
「殿下はまだ19歳です。最近は晩婚化が進み25歳で結婚する女性も少なくありません。男性に至っては30歳で結婚する貴族もざらにいます。ですから、今はエミリアのことを納得したふりをし、後釜を決まらないようにすべきかと。」
「なるほど。」
「ですが、殿下の結婚を周りは急ごうとするでしょう。それを間諜を使いどうにか防ぎましょう。そしてほとぼりが冷めた頃、エミリアが妊娠出来ることを医師に説明させたらどうかと。最悪、民の力を借りましょう。」
「民?」
「はい。民に、2人の馴れ初めから今までのことを噂で流すのです。民は時に王族より力を持つことがあります。民からの批判が高まれば、陛下も大臣たちも無視できないでしょう。」
「シャイル・・・。君はすごいな。」
「2人には結婚してほしいですから・・・。俺だって必死に考えましたよ!それより、襲った犯人のことです。何故何も手がかりが掴めないのでしょうか?」
「ねぇシャイル。今思ったんだけど、僕たちは勘違いしてるんじゃないか?」
「勘違い?」
「僕たちは、メアリー公爵令嬢をずっと疑ってきた。彼女の父ノーブル公爵は外務大臣をしていて、自分の娘を僕の婚約者にずっとしたがっていた。」
「はい。メアリーも学園では数少ない反エミリア派でした。そして何よりも、殿下のことが好きな様子でした。」
「うん。ノーブル公爵はそんなメアリーを溺愛している。そして、エムが学園で襲われた日、届け出を出し侍従が出入りしていた。」
「はい。それにエミリアが二回目に襲われたお茶会の日、メアリー嬢もいました。留学している王女の住む宮は、誰も簡単に出入りできません。付き添いでない限り。」
「そう。そして、メアリーとリーリアは仲が良い。何故リーリアは傷ひとつなく、リーリアの護衛も軽症で済んだのか。エミリアの護衛は殺され、エミリアも大怪我したのに。」
「俺らはメアリー嬢がリーリアに、『エミリアをどこか連れだし出かけてみては?』と助言し、素直なリーリアがそれを聞き巻き込まれたものだと。だからこそ、犯人に見当がついてるリーリアは仲の良いメアリー嬢をかばっているのではないかと。」
「そう。そして欺くために髪を青く染め学園に潜入しエムを襲った。次には警戒されてない地毛の色でエムを襲った・・・。と。だが、逆なんじゃないか?」
「逆とは?本来地毛が青いということですか?」
「そう。本来は髪が青く、二回目に茶色の髪に染めたのではないかと思う。」
「髪が青いって・・・。フォスタ王国の特徴的な髪色だぞ?我が国で青ければ、すぐに見当が・・・。・・・!まさか!」
「そう。間諜を忍ばせているのに、これだけノーブル公爵家に何も動きがないのはおかしい。それに、新たな婚約者をたてるよう言っているが、メアリー嬢を押しているわけでもない。」
「そうだ・・・。学校で襲われた時、リーリアの侍従も届け出をだしている。そして、二回目もリーリアの宮で襲われている・・・。そして、青い髪はリーリアの侍従侍女にいてもおかしくない。そして、エミリアを崖に連れだした・・・。まさか、突き落としたのか?」
「その可能性のほうが高い。あの崖から普通落ちるか?」
「落ちないよな・・・。でも、何故リーリアが・・・?フォスタ王国とは友好関係を築いているし、リーリアも婚約者が・・・。いやいない!」
「エドガー王国に留学していたのも、この国の王妃を狙っていたのかもしれない。」
「でも、お前のこと好きな気配もなかったし・・・。エミリアにも良くしていたし・・・。」
「エムと婚約する少し前、フォスタ王国からリーリアとの縁談の申し込みが来たんだ。もちろん、エムしか考えられないから父上に頼み断ったけど・・・。」
「なるほど・・・。実はお前のこと好きだったのか?いや、でもいくら好きだからってここまでするか?」
「そういえば・・・。エミリアが学園で襲われた日、兄のセシルが来国していた。前日、セシルは会食でエミリアのことを確か変に気にしていた・・・。もしかしたら、セシルが協力しているのかも。」
「動機はまだ明白じゃないが・・・。調べてみる価値はありそうだな。」
「うん。セシルのことだ。一筋縄ではいかない。さっそく間諜を派遣するよ。我が国であれだけ犯人が見つからなかったのも、フォスタ王国にいるからかもしれない。」
「フォスタ王国の宮殿に潜入させるのか?」
「まさか!ばれたら国際問題になるよ。セシルは頭がきれるんだ。僕には及ばないけどね。だからこそ、城に仕え顔が見られる心配のある従者に襲わせるようなことはさせない。きっと口が固く身元が確認出来るゴロツキだろう。あちらの王都に潜入させ、数ヶ月前に何度かエドガー王国に行き金回りがよくなった奴を探せば何かしら見つかるだろう。」
「なるほど・・・。お前を敵に回したくないよ・・・。」
「ありがとう。奴らには必ず生き地獄を味あわせてやる。」
「あと、エミリアの気持ちが殿下から離れないよう努力してくださいね。待つよう説得してくださいよ。」
「あぁ・・・。明日会いに行くよ・・・。どうしようシャイル!」
「自分で考えろ!」
こうして、2人の夜は更けていった。




