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かけがえのない人~エミリア17歳~

王都にうっすらと雪が降り積もった頃、王立学園は冬休みを迎えていた。王立学園の夏休みはとても短く2週間しかないが、冬休みは長く一ヶ月半あった。


冬休み前に行われる官吏試験で、シャイルは文官に主席合格していた。自分のことのように喜ぶエミリアに、『俺は優秀なんだから当たり前だ。』なんて憎まれ口を叩いていたが、内心は喜んでいることがエミリアには分かった。


冬休みに入って年が変わる前、エミリアはリーリアにお茶会に招待された。リーリアの仲の良い友人たちが、エミリアのことをよく思ってないのは、自分の誕生日会で分かっていたので、あまり気は乗らなかったが、冬休みはフォスタ王国に帰国するからその前にどうしてもと熱心に頼まれると断れなかった。


お茶会はリーリアが留学期間住んでいる王宮で行われた。エミリアが会場に着くと、既に全員そろっていた。リーリアの他に四人の令嬢が居た。そのうちの3人は誕生日会で暴言を吐かれた令嬢だった。


―確かメアリー公爵令嬢に、エリザ子爵令嬢、ローラ子爵令嬢ね。もう一人はケイト伯爵令嬢だわ。シンディーもお義姉様も女は怖くてドロドロしてるから気をつけてって言ってたわ。私は殿下の婚約者なのだから、堂々として威厳を保たないと。―


「遅くなって申し訳ありません。」とエミリアが言うと、


「あら。ようやくいらしたのね。リーリア様を待たせるなんて・・・。」とメアリーが言った。


「メアリーいいのよ。私が無理を言って来てくれたのだから。エムさぁ座って!このお菓子おいしいのよ?」とリーリアが優しく言うと、和やかにお茶会が始まった。


「リーリア様は幼き頃から、殿下と長い付き合いなのですよね?小さい頃からお二人はお似合いなのでしょうね!」


「真実の愛って案外気付かないものなのかもしれませんね?」


「殿下はエミリア様を実の妹のように大事にしていますよね。お二人はまるで兄妹のようだわ!」


とか嫌味を言ってきたが、エミリアは『そうですね。』『ありがとうございます。』と顔色も変えずにニコリと美しく微笑むだけだった。そんなエミリアを令嬢たちは悔しそうに見つめ、リーリアはじっと何も言わず見ていた。


それからしばらくし、お茶会がお開きになる頃、エミリアはトイレへ行くのに席を立った。給仕する侍女たちのうちの1人が着いてこようとするのを断り、用を済ませたエミリアが廊下を1人で歩いている時だった。濃い茶色の髪をした男が1人歩いてくるのが見えた。誰かの護衛だろうか?と考えていると、案の定そうらしく廊下の端に避け頭を下げ、エミリアが通りすぎるのを待っているようだった。


エミリアが、特に気にも止めずそのまま通り過ぎようとした瞬間、その男がエミリアの手をいきなり掴んだ。エミリアは、びっくりしながらも『何するの!』と振りほどこうとした。


『俺のこと覚えていませんか?』と男はニコリと微笑んだ。その声にエミリアは体を強張らせた。体は覚えていて震え始めたのに、誰かは思い出せなかった。


『俺ですよ。エミリア様。あの時のように殴ったら思い出しますか?』と男は言った。それを聞きエミリアは崩れ落ちた。自分を襲おうとした男達の1人だったのだ。


何も言わずに震えながら呆然と自分を見つめるエミリアを見て、満足したらしい男は、『エミリア様。また会いましょうね?』と言い去って行った。


その後、呆然と自分を抱きしめるように座りながら震えているエミリアを、アルフォンスは見つけた。エミリアがお茶会を終える頃を見計らって、迎えに来たのだった。だが、会場に行くとエミリアはおらず、『トイレに出かけたわ。すぐに戻ってくるわ。それまで座ってお待ちになったら?』と言うリーリアの言葉に従い椅子に腰を下ろした。


だが、しばらくしてもエミリアは戻ってこなかった。宮殿は安全なのだが、何故かどうしても心配になり、引き止めるリーリア達を笑顔で振り切り、アルフォンスはエミリアを探し始めた。トイレに続く廊下を歩いている時、途中で座り込むエミリアを見つけた。気分でも悪くなったのかと心配し、アルフォンスは駆け寄った。


『エム!具合悪い?』と心配そうにアルフォンスが駆け寄ってきて自分に尋ねるのを聞き、エミリアははっとした。『ううん。なんでもないわ!』と立ち上がろうとしたが、腰が抜けていて崩れ落ちそうになった。


アルフォンスは『大丈夫?』とエミリアを支えようとした。だが、体を触られたエミリアは、『やめて!』と叫びアルフォンスを突き放した。一瞬の静寂の後、エミリアは『あぁ・・・。ごめんなさい。』と言い駆け出していった。


アルフォンスは呆然とした。だがすぐに我に返ると、遠ざかっていくエミリアの背を追いかけだしたのである。


エミリアは、幼い頃アルフォンスとよく遊んだ温室の薔薇園に逃げ込んだ。得体の知れない恐怖がエミリアを襲っていて、どうしたら良いのか分からなかった。誰かに抱きしめて欲しかった。それと同時に誰かを傷つけたくて仕方なかった。


ギーッと音がし温室のドアが開き、誰かが近づいて来るのが分かった。またあの男かもしれないとじっと息を殺していると、現れたのはアルフォンスだった。


「お願い。来ないで!」とエミリアは叫んだ。だが、アルフォンスは何も言わずに近づいてきた。


「お願い!あっちに行って!」とエミリアは叫んだ。地面に座り込みながら叫ぶエミリアに、「エム。汚れてしまうから、ベンチに座ろう?」と言いアルフォンスは腕を掴み起こそうとした。


「あぁ。お願い・・・。来ないで!」とアルフォンスの腕を振り払い、エミリアは泣き叫んだ。その直後エミリアはアルフォンスに抱きしめられていた。


「いやだ!離して!誰か助けて!」とエミリアは叫んだ。フラッシュバックを起こし、襲われた時のことと混同したのだ。「エム僕だよ!落ち着いて!」と何度も言うアルフォンスの声も、エミリアの耳には届かなかった。


「いや!離して!」とアルフォンスの胸を目一杯叩いた。それでもアルフォンスがエミリアを離すことはなかった。


「誰か!お願い、離して!怖い!アル!!!アル助けて!」と自分の名前を叫ぶエミリアに、アルフォンスははっとした。抱きしめるのを辞め、エミリアの顔を両手で包み込む。


「エム。僕だよ。こっち見て。」と優しく言う。エミリアの目の焦点がだんだんアルフォンスに合っていく。「あぁ。アル・・・。助けて。怖いの・・・。」とエミリアは泣き出した。


そんなエミリアをアルフォンスは優しく抱きしめ、エミリアもアルフォンスの腰にぎゅーっとしがみついた。


「アル。助けて。怖いの。」とエミリアは泣き続ける。


「エム。何があったの?何が怖いの?」とアルフォンスは優しく聞く。


「アル・・・。私、死んじゃいたい。死にたい・・・。」とエミリアが泣きながら言う。


「エムは死にたいの?」


「うん・・・。」


「それは困るな・・・。エムが死んだら、僕は生きていけないよ。」


「どうして・・・?」


「そりゃ、エムのことを愛しているからさ。」


「愛してる・・・?」


「うん。僕にとってエムより大切なものはないんだよ。」


「大切?」


「そう。だから、僕はエムがいないと生きていけないんだ。」


「ほんと?」


「本当。エム好きだよ。そして、心から愛してるよ。だから、僕を置いて死ぬなんて言わないでくれ・・・。」


「アル・・・。私も愛してる・・・。」


そう言うエミリアに、アルフォンスは思わず両肩を掴み、「え!本当に?」と顔を覗き込む。


驚くアルフォンスを見たエミリアは、笑いながら頷いた。そんなエミリアを見てアルフォンスは幸せそうに微笑むとまた抱きしめた。


2人は何も言わずにずっと抱き合っていた。


しばらくして夕日が傾いてきた頃、エミリアがポツリと呟いた。


「アル・・・。」


「うん?」


「私ね・・・。やっと分かったの・・・。」


「何を?」


「ずっとね。お父様たちが亡くなってから・・・。クロが亡くなってから・・・。」


「うん。」


「誰かに強く抱きしめて欲しかったの。でも誰に抱きしめて欲しいのか全然分からなかった・・・。私アルに抱きしめて欲しかったのね・・・。」


とエミリアが言うと、体を離しアルフォンスがじっとエミリアの顔を覗き込む。


「アル。好きよ。ずっと好きだったの。」とエミリアが涙の残る顔で、はにかみながらアルフォンスに言う。


「エム・・・。」と囁くようにアルフォンスは熱い目をして言った。エミリアの顔を両手で包み涙を拭いた後、目線を伏せたアルフォンスの顔がエミリアに近づいてくる。そして2つの唇が重なった時、エミリアは静かに目を閉じた。


しばらくして唇を離した後、2人はおでこをくっつけ照れながらも幸せそうに笑った。そしてまた強く抱きしめ合ったのだった。


温室を冬の綺麗な夕暮れの日差しが照らしていた。







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