孤独な人~シンディー目線~
シンディーがエミリアを見たのは高等部の入学式だった。エミリアは美しい人だった。『え。天使?』と思わず呟くらい。生で見る王子様も、中性的で端正な顔立ちをしていた。在校生代表で挨拶するアルフォンスを見て『え?生きてる人間?』と呟くらい。そんなシンディーを『くすっ。』と笑った隣りに座ってた子が、今では大親友のハンナだ。
『もしかしたら貴族のお嬢様と友達になっちゃったりして!』と期待を胸に入学したシンディーを待ちかまえていたのは、厳しい現実だった。
シンディーは昔から周りの子よりずっと頭が良かった。街の学校で習う内容は簡単だったから、厳しいと言われる王立学園の授業にもついていけるだろうと楽に考えていた。だけど実際は、国内最上位のエリート学校であるだけあって、何をやっているのかさっぱり当初は分からなかった。
またすぐに超えられない身分の壁を知った。貴族クラスと特待生クラスは校舎も違ったし制服も違った。2つの校舎は長い廊下が結んでいて、先輩には『ここより先に行くな』と言われていた。
職員室や保健室のある塔は、特待生クラスの校舎からも貴族クラスの校舎からも行けるようになっていて、3つの塔は正三角形のように長い廊下で結ばれていた。
先生に呼び出され職員室に行った帰りだった。突然貴族令嬢達に囲まれたのである。貴族クラスの校舎に腕を引っ張られながら連れて行かれ、『離してください。』と必死に抵抗しても、誰も助けてはくれなかった。
空き教室に入ると、あらゆる暴言を吐かれた。
「庶民が何故王立学園に通うのかわからない。授業もまともについていけないくせに。私たちは幼き頃から、厳しい教育を受けてきたわ。庶民のあなた達がどんなに頑張っても、私達の足元にも及ばないわ。」
―貴族だからってそんなに偉いの?でも悔しい。言い返せない。―
ぐっと睨みつけるシンディーに、『なんて生意気な!』と1人の女の子が腕を振り上げた時だった。突然がらっと教室のドアが開いた。入ってきたのは、あの天使だった。天使が令嬢たちを諭すと令嬢たちは顔を真赤にして教室を出て行った。呆然として何も言えないシンディーを、天使は手でそっと背中を押しながら職員室の近くまで送ってくれたのである。
その後シンディーは、寝る間も惜しみ必死に勉強に励むようになった。本来自分がどうして王立学園に来たかったのか目的を思い出した。
天使は学年で一番勉強ができた。定期テストの度に、上位30名は貼りだされるのだが常に一番上に名前があった。シンディーはどんなに頑張っても50番が限界だった。貴族令息令嬢たちは一学年に200人前後在籍していて、幼き頃から英才教育受けているだけあって皆頭も良かった。
数ヶ月経った頃、天使と王子が婚約したことを聞いた。こっそりシンディーがハンナと校門に見に行くと、馬車から王子にエスコートされながら降りる天使がいた。王子は天使を優しい目で見ていて、2人はお似合いだった。天使が将来王妃になるなんて、エドガー王国は安泰だと思った。
たまに見かける天使は、常に王子と将来の王子の側近のシャイルに守られていた。シャイルは、色素の薄い茶色のさらさらの髪に紫色の目をしていて、王子より少し身長が高く男らしい顔立ちの美男子だった。シンディーは密かに憧れていた。
ニ年生になっても、天使は学年一位だった。天使と王子とシャイルの周りに、隣国の王女がひっつくようになっていた。実はその王女と王子が恋仲ではないかと噂されていたが、王子の天使への態度を見れば到底信じられなかった。
ある日授業の忘れ物をして1人で教室に戻っている時だった。悲鳴が聞こえ、空き教室のドアを開けると、女の子に男たちが馬乗りになっていた。シンディーが悲鳴をあげると、男たちは窓から飛び出していった。
コルセット姿の女の子に駆け寄り抱き起こしながら顔を見ると、天使だった。口から血を流し顔は大きな痣ができていた。あまりに酷い天使の姿にシンディーは泣き出した。泣きもせず呆然としている天使は、ただ痛々しかった。
保健室に送り教室に戻っている時、猛スピードで廊下を走ってく王子とシャイルとすれ違った。天使は本当に愛されているんだなとシンディーは思った。
次の日学校に行くと、周りは風邪を引いて天使は休みみたいだと噂していた。その日、朝早く保険医と学園長室に呼びだされ口外しないよう誓約書を書かされた。犯人の特徴を聞かれたが、シンディーには青い髪しか記憶になかった。
天使が学校に復帰した週、天使はシンディーの家に来た。何が良かったのか分からないが、それから天使は毎週来るようになった。公爵令嬢と一商人の娘との友情は決して許されることではなかった。だが全校生徒の憧れでもある天使は、シンディーにはどこか孤独そうに見えてほっておけなかった。
天使は、しきりに王都の散策やボランティア活動に連れだしてくれるよう頼んだ。鬘をかぶり変装した天使を皆振り返って見ていた。そして、何よりもシンディーには後ろからひっそり着いてきている護衛と侍女の存在が、一挙一動見張られているようで居心地悪かった。
シンディーやお店の人の冗談に笑い、子供たちに優しく接する天使は、学校で見るよりもずっと人間らしかった。




