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拒絶~エミリア17歳~

リーリアが階段から落ちた数日間、アルフォンスもリーリアも登校しなかった。フォスタ王国のセシル王子が訪問してるらしく、アルフォンスと共に工場や発電所などを視察しているとシャイルがエミリアに教えてくれた。


そんな中、エミリアはセシル王子から会食に招待された。宮殿に着くと、アルフォンスが迎えてくれた。数日ぶりに会うアルフォンスはどこか疲れた表情をしていて、心配そうにするエミリアにセシル王子のマイペースさに振り回されて大変だと教えてくれた。


セシル王子はリーリアと同じ黒髪で、髪と同じ色の切れ長の目はどこか冷徹さを漂わせていたが、人懐っこい笑顔を浮かべエミリアとの対面を喜んでくれた。


「エミリア嬢と話すのは初めてだね。リーリアと仲良くしてくれてありがとう。」


「初めまして。エミリア・ウェズリーです。リーリア様には、いつもお世話になっています。」


と挨拶を交わし終えると、セシル、リーリア、アルフォンス、リーリア、アリアンヌと五人での食事が始まった。セシルとリーリアはとても仲がよく、冗談をいうセシルにリーリアが言い返し、それをエミリアたちが笑うという和やかな雰囲気だった。


食後のデザートを食べている時、セシルがエミリアに言った。


「君のお兄さんと会ったけど、本当に優秀な人だね。王立学園も一番で卒業したんだろう?」


「はい。」と嬉しそうにエミリアが答える。


「ディアンは本当に頭が良いのよ。7ヶ国語も話せるのよ!」とアリアンヌが自分のことのように言う。


「それはすごいな。でも、なぜ7ヶ国語も?趣味で?」とセシルが不思議そうに言う。


「いいえ。昔からディアンは将来外交官・・・!あ・・・。」とアリアンヌが言いかけるのを聞きエミリアは、はっとした。


―そうだ・・・。お兄様は小さいころ、外交官になりたくさんの国を見て学びたいと言っていたわ・・・。お兄様は今もよく叔父さんに他国の話ばかり聞きたがるもの・・・。―


「それならどうして外交官にならなかったんだい?7ヶ国語も話せて頭も良いなら打って付けじゃないか!」とセシルが不思議そうに聞く。


「それは・・・。」とどこか気まずそうに呟くアリアンヌを見て、『私のためです・・・。』とエミリアが言った。


「君のため?なぜ?」と言うセシルに『その話はよそう。そういえば・・・』とアルフォンスは話を変えようとした。だが、セシルはしつこく『なぜ?』とエミリアに話すよう頼んだ。


「幼いころ父と母と跡継ぎだった兄を亡くし、今私の家族は次男の兄だけです。ですから兄は私を1人にしないように、国外に滞在していることの方が多い外交官になるのを辞めたのだと思います。」


「なるほど。だが、君はもう17歳だろう?寂しいのは分かるが、外交官になりたい兄さんを応援してあげたら?」とセシルは優しく言う。


「そうですね・・・。」と言うエミリアにアルフォンスが、


「ディアンは君と一緒にいたいんだよ。だから気にすることはない。それにディアンは財務省に欠かせない存在だ。」


と優しく言う。


「ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだ。エミリア嬢、気を悪くしないでくれ。」


とセシルが申し訳無さそうに謝る。


「いいえ。セシル殿下の仰るとおりですから。」


とエミリアは何事もなかったかのように笑った。


その後部屋にピアノがあるのを見たセシルが、アリアンヌに何か弾くよう頼んだ。突然のことでエミリアは驚いたが、アリアンヌはため息を吐くと馴れたよう美しい演奏を始めた。


「そうだ!ワルツでも踊ろうか。」とセシルがさらに言い出す。エミリアもアルフォンスも断ったが、結局は強引に押し切られてしまった。更に兄妹で踊るのをセシルが嫌がり、エミリアとセシル、アルフォンスとリーリアという組み合わせで踊ることになった。


踊り始めると、ぐっと抱き寄せ強く手を握りながらセシルが言った。


「君は本当に美しいね。正直、近くで見ればみるほど美しい。」


「ありがとうございます。あの、手を・・・。手が・・・。」とエミリアは戸惑う。


「ダンスだもの。これが普通だよ。」


「そうですか。私はまだ夜会にデビューしてなくて、兄としか踊ったことがないのです。」


「はは。アルフォンス殿下より先に踊れるなんて光栄だな。」


「ふふ。」とエミリアが笑う。


「僕はね、リーリアと殿下が婚約すると思ってたんだ。見てご覧?踊っている2人は素敵だろう?」


と、エミリアに2人の様子を見せる。リズムを取りながらゆったりと踊る2人は、確かにお似合いだった。


「そうですね・・・。」


「君とアルフォンス殿下は支援を引き換えに婚約したんだろう?それほどの価値が君にはあるのかな?」


と、にっこり笑いながら言うセシルに、エミリアは何も言い返すことが出来なかった。


その後アリアンヌが疲れたわと言い演奏を辞め、食事会はお開きとなり四人に見送られながらエミリアは帰途についた。


次の日の朝、数日ぶりにアルフォンスとリーリアが迎えに来た。校門に着きリーリアと別れると、


「エム。この前の話の続きしようか。」


と真剣な顔でアルフォンスが言った。


「この間の続きですか・・・?」


「うん。あの日君のもとに戻れなくてごめんね。今日の放課後話そう。リーリアには先に帰るように言っておくよ。」というアルフォンスに、


「もういいんです・・・。」とエミリアは断ったが、


「頼むよ・・・。」


と言われると、エミリアは頷く他なかった。


昼食後、アルフォンス達に『先生に呼ばれているから、お先に失礼します』と嘘をつき、エミリアは人通りの少ない廊下をぼんやりと歩いていた。兄のディアンが自分のせいで夢を諦めたことを知り申し訳なさでいっぱいだった。その上、もし放課後アルフォンスに『リーリアが好きだ』と言われたら二度と立ち直れないと思った。


エミリアはぼんやりとしすぎて、普段は行かない特待生クラスの校舎に足を踏み入れていることに気づかなかった。突然教室から腕が出てきて、エミリアは引きずり込まれた。


3人の男たちが襲いかかってきた。男たちは叫ぶエミリアの口を手で塞ぎ、必死に抵抗する腕と足を抑えつけ制服を脱がそうとする。ブレザーが脱がされブラウスも乱暴に脱がされる。弾け飛んだボタンが教室の床を転がっていく。


ブラウスの下のコルセットを見た男たちの喉がゴクリと鳴った。咄嗟に力が緩んだ男の隙をつき、エミリアは口を塞ぐ手を避け『助けて!!!』と大声をあげた。


『この!』と1人の男がエミリアに殴りかかる。殴られたエミリアはあまりの痛さに意識を失いそうになったが、それでも必死に『誰か!!!助けて!!!』と大声を上げた。また殴ろうとする男を、仲間の男が止める。


『さっさと続きを始めようぜ。顔に傷つけるな。』


『そうだぞ。今まで出会ったことのない上玉だ。体は細いのに胸が大きいなんてたまらないぜ。』


『それもそうだな。それに授業中だし誰か通りかかるわけないか。』


と言いうつ伏せにしコルセットを脱がせようとする。『お兄様!!!アル!!!アル!!!』と必死にエミリアは叫ぶ。


『うるせぇ!』男が言いエミリアの髪を掴んだときだった。ガラッと教室のドアが開いた。『きゃー!!!』と叫ぶ声を聞いた男たちは慌てて窓から出て行った。


うつ伏せで呆然とするエミリアに駆け寄ってきたのは、ぽっちゃりとした女の子だった。女の子は『大丈夫?』と言いゆっくりとエミリアの体を起こしてくれる。そして、エミリアの顔を見るとひどく驚いた。


「エミリア様!あぁ・・・。なんてひどいことを・・・。誰か人を呼んできます!」と言い、女の子は出ていこうとする。


とっさに手を掴み、エミリアは出て行こうとする女の子を止めた。


「お願い・・・。行かないで・・・。」


「ですが・・・。」


「お願いよ。騒ぎになってしまうわ。誰にも知られたくない・・・。」


とぼんやりと言うエミリアを見た女の子は、エミリアの服を整えながら『あぁ。エミリア様・・・。エミリア様がこんな目に遭うなんて・・・。』と泣き出す。


「大丈夫よ。助けてくれてありがとう。あなたの名前は?」


「シンディーと申します。シンディー・マクベスです。」


「シンディーね。素敵な名前だわ。マクベス・・・。」


「あ!私は貴族ではありません。王都で営む唯の商人の娘です。特待生で入学しているんです。」


「ならば、あなたは頭がとても良いのね。」


「少しだけ勉強が得意なだけです。それより、ブラウスのボタンが無くなってしまっていて・・・。あ!ちょっと待っててください。すぐ戻ってきます。」


そう言うと教室を飛び出していった。三分もしないうちに戻ってくると、


「これは特待生クラスで武術を習うときに着る服です。」


「武術?」


「はい。貴族の女性は護衛などいらっしゃるので必要ありませんが、庶民の女性は自分自身で身を守る必要があるのです。どうぞこれを。」


と言い、ボタンが首まである軍服のような上着を着させてくれる。


「ありがとう。本当にありがとう・・・。」


「いいえ。この後どうしますか?もうすぐチャイムが鳴るので、ここに人が来るかもしれません。それにエミリア様・・・。お顔に大きな痣が出来ています。」


「あ・・・。どうしよう・・・。シンディー・・・。」


「とりあえず、あちこち怪我されていらっしゃいますし保健室に行きましょう。今はまだ授業時間ですから人通りがありません。」


そう言うと保健室に連れて行ってくれた。


エミリアの姿を見た保険医はひどく驚いた。シンディーはエミリアの代わりに事情を説明すると頭を下げ出て行った。


その後すぐにアルフォンスとシャイルが保健室に飛び込んできた。


「エム!授業に出てないと聞いて探したよ!」


「お前どこで何してたんだよ!ずっと俺ら探し続けて・・・。おい。その服どうしたんだ?」


と近寄ってきた2人は、振り返りもせず俯くエミリアの顔を見ると愕然とした。


「エム・・・。何があったんだい?その顔・・・。」


と言い、エミリアの顔を触ろうとしたアルフォンスの男らしい骨ばった手を見て、殴られたことがフラッシュバックしたエミリアは、頭を抱え『やめて!』と叫んだ。行き場のなくなったアルフォンスの手がぱたりと落ちた。


保険医から事情を聞いた2人は、保険医に誰にも口外しないよう言うと人払いをし、こっそりエミリアを裏口から連れだした。三人を乗せた馬車がウェズリー公爵家に着くと、アルフォンスがディアンを呼び出すよう執事のセバスに伝えた。エミリアは侍女のアンに連れられ、手当てされた後眠りについた。


エミリアが起きた時、外はすっかり暗くなっていた。暗い部屋に1人でいるのが怖くて階段を降りると、ディアンとアルフォンスとシャイルとオースティンの声が聞こえた。


4人はエミリアのことを話し合ってるようだった。エミリアがゆっくりと応接室の扉を開けると、驚き立ち上がった。


「エミリア大丈夫か?」


と駆け寄ってくるディアンに、エミリアは小さく頷いた。


「お兄様心配かけてごめんなさい。殿下とシャイルもごめんなさい。オースティンも・・・。あの・・・。あのね・・・。」


と言葉が続かないエミリアをディアンが手を引き椅子に座らせる。


「ゆっくりでいいから。状況説明できるか?」


と聞くディアンにエミリアは頷くと話し始めた。


「ぼんやりしてて、気づいたら特待生クラスの塔に行ってたの。そしたら、突然空き教室から手が出てきて引きずりこまれたの・・・。叫んで抵抗すると顔を殴られたわ・・・。私を・・・。私を明らかに襲うのが目的だった・・・。偶然通りかかった子に助けられたの。」


「辛いことを話させて悪い。特徴わかるか?」とオースティンが聞く。


「3人とも制服着てなかったわ。明らかに学生じゃなかった・・・。顔は・・・。ごめんなさい思い出せないわ。でも3人とも髪が青かった。」


「話してくれてありがとな。」


とオースティンに言われるとエミリアは応接室から出て行った。四人は何も言えずただ見送った。


エミリアは自分の部屋に戻らず両親の部屋に向かった。亡くなったあともそのままにしてる部屋は、あの時から変わることがない。小さいころ眠れずよく勝手に潜り込んだベッドに横たわると、初めてエミリアの目から涙が溢れた。


「お母様。お父様。助けて・・・。お母様・・・。戻ってきて。お願い。いい子でいるから!今日だけでいいから抱きしめて・・・!」


叫びながら泣くエミリアの声を、心配で後を追いかけたアルフォンスはドアの前ででじっと耐えながら聞いていた。しばらくしエミリアが泣き疲れ眠ったと分かると、静かに部屋に入りエミリアが眠るベッドに腰掛ける。口端が切れ、左頬が大きな痣になっているエミリアを見つめながら『エム、守れなくてごめん。』と悲痛な表情でポツリとアルフォンスは呟いた。







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