大切な人~エミリア15歳~
6日目はエミリアたっての希望で、ピクニックに出掛けた。『日焼けする!』と文句を言いながらもアリアンヌ達は付き合ってくれた。小川が流れる川辺にレジャーシートを並べると、エミリアは嬉しそうに微笑んだ。
日差しを嫌がったお姉さま方3人は、使用人たちが用意したパラソルの下でおしゃべりしていた。アルフォンス・シャイル・エミリアは小川に裸足で入り楽しそうにしている。手を振っているエミリアに手を振り返したクロエが、
「あの3人の関係も複雑ね。」とポツリと呟いた。
「そうね・・・。」とキャサリンも呟く。
「・・・。」アリアンヌは何も言わずに見つめていた。
エミリアが作ったお弁当をみんなで食べた後、アリアンヌ達は昼寝を始めた。そんな3人から離れ、エミリア達は川の岸辺に腰掛けていた。
「ブルドン侯爵領はいいところね!住みやすいわ!」とエミリアが言う。
「だろ?ウェズリー公爵領はどんなところだ?」とシャルルが言う。
「雪が深くて綺麗なところよ。エドガー王国では一番雪が降るのよ。小さいころ・・・。ふふ。よく、お兄様達とかまくら作ったり雪だるまを作ったりして遊んだわ。すっかり冷えて家に帰るとお母様がね・・・。」
「うん?」優しくアルフォンスが聞く。
「ホットチョコや、ホットミルクを作って待ってくれてたわ。ふふ。いい思い出よ!」
「そうなんだ。」アルフォンスが頷く。
「ところで、今日はどうしてピクニックなんだ?」とシャイルが聞く。
「両親が亡くなる前まではね、よく父の休日に家族みんなで母が作ったお弁当を持ってでかけたの。両親が亡くなってからは、忙しい兄たちに頼むことなんて出来なかったから・・・。本当はね、ずっとピクニックに行きたかったの。だから今日はとても良い思い出になったわ。付き合ってくれてありがとう!」
「俺でよければ、いつでもピクニックにも行ってやるよ!」シャイルが言う。
「ううん。もうこれを最後にしなきゃ。私は今年高等部に入学するわ。そしてアルフォンス様も、シャイルも婚約者がいてもおかしくないわ。二人が放課後迎えに来てくれて、美味しいものを食べさせに連れて行ってくれて本当に嬉しかったわ。ありがとう。」
「エムそれは僕がしたいからであって・・・・。」
「そうだぞエミリア。」
「二人共いつの間にか男の人になってしまったわ。出会った時は私より小さかったのに、いつの間にか私を追い越してしまうし、声も変わってしまうしし・・・。」
「そりゃ俺らは男だからな。お前より小さいと困るわ。」
「エム、何が言いたいの?」
「私達これからも今まで通りの関係を続ける訳には行かないわ。今はまだ幼なじみの妹という関係が成立するわ。でも高等部に入学したら気軽に男女が一緒にいてはいけないと思うの。あなた達の未来の婚約者に悪いわ。」
「エム。それならば、僕と婚約しよう。そうすれば君は僕のそばにいてくれるのだろう?」
「おい。アルフォンスお前!」
「ううん。違うの。そんなことが言いたいわけじゃないのよ。私が男だったら良かったわ。ずっと一緒にいられるもの。」
「「・・・・・。」」
「今まで私という重荷を二人に背負わせてしまったわね。初等部に入学しても友達が出来なかった私を心配して、いつも二人が教室に来てくれた時から始まってしまったのね・・・。人前では平然としていたけれど、内心寂しかったから本当に嬉しかったわ。」
「「・・・・・。」」
「中等部に入学した時は、二人に依存してはいけないと思ったわ。友達が出来ることはなかったけれど・・・。でも、両親が亡くなってしまって・・・。駄目だと思いながらも離れる事ができなかったの・・・。」
「「・・・・・。」」
「それからデューク兄様が亡くなって・・・。どんどん痩せていく私をあなた達は優しいからほっとけなかったのも分かってる。高等部に入学しても変わらずに中等部に迎えに来て美味しいものを食べに連れて行ってくれたり、誕生日をお祝いしてくれたり・・・。感謝してもしきれないわ。」
「エム。君が大切だからだよ。」
「そうだぞ。お前が大切な幼なじみだからだ。」
「私もあなた達が大切よ。だからこそ、二人には私を捨てて幸せになって欲しいの・・・。あの日・・・。ディアンお兄様が怒った日・・・。私が、あんな姿見せてしまったから・・・。」
「「・・・・・。」」
「今回も私のために大切な時間を割いてくれて・・・。二人共忙しいのに・・・。」
「エム。エムは重要な事を勘違いしている。僕は同情で君に寄り添っているわけじゃない。君のことがただ大切なんだ。側にいたいからいるんだよ。」
「私ね・・・。二人には本当に幸せになって欲しいの。今まで私を守ってくれてありがとう。だからもうわたしのことは放っておいてほしいの。」
「エミリア・・・。俺はお前のことが・・・・。」
シャイルが何かを言いかけた時、アリアンヌたちが「そろそろ帰るわよ!」と言っているのが聞こえた。
「ね?二人共お願い聞いてね?さぁ行きましょう!」
そういいスタスタ歩いて行くエミリアに、二人は結局何も言うことが出来なかった。
その夜別荘滞在の最終日だったので、エミリアは眠らずに窓から星を眺めていた。王都では星があまり見られないので、目に焼き付けようと思ったのだ。その時、バルコニーに出る窓からアルフォンスが入ってきたのでエミリアは驚いた。
アルフォンスはエミリアが寝た頃に、毎晩会いに来て密かに見守っていたのだ。エミリアが熟睡出来るのはアルフォンスのおかげであることを、エミリアは知る由もなかった。まさかエミリアが今日起きているとは思わずアルフォンスも同様に驚いていた。
「エム・・・。少し話そうか。」
そう言いアルフォンスがテラスに出ていく。ショールを羽織りエミリアもその後を追った。二人でテラスのベンチに腰を掛け並んで座る。
「アルフォンス様。見て!星が綺麗よ!」
「そうだね!王都ではあまり見えないから・・・。」
「私、ここで過ごした日々を忘れないわ!」
「うん。僕も忘れないよ・・・。」
「うん!本当に楽しかったわ!ご飯もお美味しかったし!」
「ねぇ。エム・・・。」
「うん?」
「昼間の話だけれど・・・。」
「うん。」
「エムはどうしても僕から離れたいんだね。」
「そういう訳じゃないわ。でも今までみたいな関係でいられる年齢じゃなくなってしまったわ私達。結婚しても男女仲良い話は聞かないでしょ?」
「・・・・・。」
「ふふふ。アルフォンス様は頭が良いから、私以上に今の状況が分かっているはずよ。本当は王宮でも厳しく言われているでしょ?」
「ねぇ。エム・・・。それでも僕は君と一緒にいたいんだ。」
「本当に私が男だったら良かったのにぁ・・・。」
「・・・・・。」
「明日早いし、早く寝ましょう!アルフォンス様も疲れたでしょ?」
「エム・・・・。」
「さぁさぁ!部屋に戻って!お休みなさい!」
そう言って、アルフォンスと別れエミリアは眠りについたのだった。
その一時間後。アルフォンスはやはりエミリアの部屋に戻って来ていた。眠るエミリアのベッドに静かに腰掛ける。エミリアの真っ白な肌に刻まれた濃い隈は当初よりはうすくなったようだった。
「行かないで・・・。置いて行かないで。」
悪夢を見ているのだろう・・・。うなされているエミリアの頭を撫で手を握る。するとエミリアの表情が和らぐ。
「エム。君が突然消えてしまいそうで・・・。僕はそれが何より怖いよ。」
ポツリと呟く声だけが部屋に響いていた。




