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喧嘩~エミリア15歳~

エミリアの溶体をディアンに知られたのは偶然だった。季節がすっかり冬になった頃、王宮の官吏試験で、文官に主席で合格したディアンと武官で主席合格したオースティンを、公爵家でエミリアとシャイル、アルフォンスが祝っていた。五人が集まるのは1年以上ぶりだった。


いつになく賑やかな夕食で、エミリアの隣にはディアンが座り、料理長が用意したご馳走を妹にたくさん取り分けていた。エミリアも終始笑顔で、


「こんなにたくさん食べたら太ってしまうわ。ドレスが入らなくなったらお兄様買ってくれる?」


と冗談を言い和やかな空気が流れていた。18歳になると飲酒が法律で許されているので、オースティンが持ち込んだワインを、ディアンとオースティンが開けて二人はすっかり酔いが回っていた。久しぶりに見る兄の心からの笑顔にエミリアも嬉しそうにしていた。


エミリアがあまりにも頻繁にトイレに行くので、四人は内心不思議に思っていた。その後、食後のケーキを食べている時にエミリアが真っ青な顔をして部屋を出て行った。なかなか戻らない妹を、また体調が悪いのかと心配したディアンがトイレに様子を見に行ったのがきっかけだった。


エミリアはトイレに鍵をかけるのを忘れていたのも運が悪かった。吐いている妹を見たディアンはその時全てを察した。


「エミリアいつからだ?」


「今日だけよお兄様。美味しくてつい食べ過ぎてしまったわ。お祝いの席なのにごめんなさい。」


「エミリアいつからだ?」


「お兄様今日だけよ。本当よ。」


「いつからだと言っているだろう!」


幼いころはいつも喧嘩をしていたが、兄にエミリアは決して怒鳴られたことはなかった。


「・・・・・。」


「エミリア!」


ディアンの怒鳴り声は屋敷中に響き渡っており、驚いたアルフォンス、オースティン、シャイルが何事かと廊下に顔を出した。


「おい、ディアンどうしたんだよ。」


その声にはっとしたエミリアは、慌ててトイレから出て何事もなかったかのように、


「お兄様。心配かけてごめんなさい。戻りましょう。ね?」


と言う。そんなエミリアにディアンはすごい剣幕で、


「まだ誤魔化す気か!」


と怒鳴りつけエミリアの左頬を全力で叩いた。エミリアは吹っ飛び、壁に打ち付けられた。それに慌てたのは3人である。アルフォンスとシャイルはエミリアに駆け寄り、オースティンはディアンを押さえつけた。


「どうしたんだよディアン。お前がエミリアに手をあげるなんて。何があった?」


「オースティン。エミリアは・・・。こいつは・・・・。」


「とりあえず廊下は寒いし部屋に戻ろう。な?エミリア立てるか?」


エミリアは頷く。エミリアはアルフォンスとシャイルに支えられるようにして、公爵家のリビングにあるソファーに腰を掛けた。迎え側に座ったディアンはエミリアを睨みつけている。エミリアはどう切り抜けようかとばかり俯きながら考えていた。


「で、どうしたんだ?」


オースティンが問うと、


「こいつはさっき何をしてたと思う?不思議に思ってたんだ。今日はやたらとトイレに行くから。」


「確かに多いと思ってたけどよ。それで何をそんなに怒ってるんだ?」


「こいつはな、今までずっと食べ物を吐いていたんだよ!」


「違うわお兄様。今日はたまたま具合が悪かったの。本当よ。」


「いやもう信じない。いつも変だと思ってたんだ。毎日見ているのに明らかにお前が細くなっていくのが分かるのだから。」


アルフォンスとシャイルも、外食に連れだしても食後に必ずトイレに行くエミリアに思い当たる節があった。


「お兄様本当よ。信じて。ね?今日はおめでたい日よ。せっかく3人が遊びに来てくれてるのに、こんな話はやめましょう。ね?」


「まだ誤魔化すか!アンを呼べ!アン!」


慌てたアンがやってくる。


「アンは知っていたのか?」


「・・・。」


「答えろ!クビにするぞ!」


「お兄様やめて。ね?お願いよ。」


「アン!」


「アンは知らないわ!」


「アンどうなんだ!」


「お嬢様お許し下さい。若様そうです。エミリア様はデューク様が亡くなった後、若様とのお食事以外はほとんど召し上がっていません。朝食昼食はスープしか飲まず、夕食もいつも少量しか召し上がりません。誰かと会食をなさっても、必ずトイレに行き吐いておられました。」


「他は?何か隠していることはないか?」


「秘密裏にお嬢様は3日に1回点滴を打ちに通っておられます。黙っていて申し訳ありませんでした。」


「他は?」


「・・・。ございません。」


「そうか。下がれ。」


アンが出て行く。あまりのエミリアの情況に、誰も何も言うことができないでいた。


「お兄様隠していてごめんなさい。でも本当に大丈夫よ。私元気だもの。」


「・・・。」


「お兄様。これからはもっと食べるわ。本当よ。」


「・・・。」


「お兄様。お願い何か言って。」


その時ディアンの目から涙がこぼれているのに、エミリアは気がついた。


「お兄様・・・。違うの!お兄様を苦しめたかったわけじゃないの!」


「エミリア・・・。君はまだ15歳だ。俺が間違っていたよ。まさかそんな状況になっているなんて・・・。」


「お兄様は何も間違ってないわ!」


「もうすぐ冬休みだ。しばらく君を領地に行かせることにする。そこで療養してきなさい。」


「お兄様それだけは嫌。ごめんなさい。これからはちゃんと食べるから!お願いよ!」


「そういう問題じゃない。いいかいエミリア。俺はね、もう家族を失いたくないんだ。俺には君しかいない・・・。」


そう言って泣き出すディアンに、エミリアはとんでもないことをしでかしたことにようやく気がついた。


「お兄様ごめんなさい。本当にごめんなさい。私にとってもお兄様が何よりも大切よ。私にはお兄様しかいないもの。だけど、領地に療養に行くのだけは嫌よ。お兄様と離れたくないわ。お願いよ。」


「いや。エミリアに無理をさせすぎた。だから療養には行かせる。」


「お兄様・・・。お願いよ・・・。私、デュークお兄さまに頼まれたの。ディアンお兄様のこと。お兄様のこと手伝えないのなら・・・。どう生きればいいのかわからないわ。」


気まずい空気が公爵家には流れていた。それを破ったのはアルフォンスだった。


「冬休みが入ったら、僕と姉は公務も兼ねてブルドン侯爵領の別荘に一週間滞在するんだ。ブルドン侯爵領は国内で最も温暖で雪も降らないし、エムも一緒にどうかな?」


「俺も一緒に行く予定なんだ。」


シャイルが続けて言う。


「そうだな。我が領地は温かいし、1人でウェズリー公爵領にエミリアを帰らせるよりいいんじゃないか?な?ディアンそうしようぜ。」


そう言うオースティンにディアンも頷く。


「エミリアそうしよう。」


「お兄様・・・。お願いよ。殿下の婚約者でもないし厚かましいわ。クロとも離れたくないわ。療養ならここでするわ。」


「エム。姉もいるし、姉の友達も来るし大丈夫だよ。一緒に行こう。ね?」


「エミリア。これは決定だ。」


そう言ってディアンが部屋を出て行く。そのディアンをオースティンが追って出て行く。部屋には、3人が残された。


「エミリア、重く考えるな。」


シャイルが言う。


「そうだよ。療養とか考えずに息抜きだと思いなよ。」


そう言うアルフォンスに、エミリアは頷くしかなかった。



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