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薄氷の上~エミリア15歳~

ウェズリー公爵家の祖父はエミリアが生まれてすぐに、祖母は後を追うようにその一年後に亡くなっていた。母の実家の子爵家と母はあまりうまくいっていなかったみたいで、親戚は誰も母の葬式に来なかった。そのため兄妹二人には有能な執事のセバス、兄の弟の叔父しか助けてくれる人がいなかった。


エミリアとディアンは、同じ歳の子なら全員が経験したり楽しんだりする全てのことを犠牲にしていた。ディアンは学校や来年の王宮の官吏試験の勉強、領地の経営と多忙を極めていた。エミリアも毎日亡くなった母に代わり、侍女長とともに公爵家の中を仕切ったり、まだ夜会に出ることはなかったがお茶会などに出向いたり、兄の経営を手伝ったりと多忙だった。


朝食、夕食さえ一緒に食べることがめったにない多忙な二人にとって、毎朝クロの散歩を一緒にすることが何よりも大切な時間だった。それはクロを拾ってきた頃から、余程の天気でない限り二人は欠かしたことがなかった。公爵家の庭は初見の人では迷子になるくらい広かったので、そこを毎朝三周していた。


悲しみを互いに見せないようにと明るく振る舞う二人に、クロはいつも寄り添っていた。


「お兄様も18歳ね。婚約者がいるのが普通なのに。」


「俺はまだ必要ないよ。エミリアも15歳になったな。どんな人と結婚したい?でもエミリアを嫁に出したくないな!」


「ふふふ。私はお嫁になって行きたくないわ。この家にずっといたいもの。だから絶対結婚しないわ!死ぬまでお兄様を手伝って生きていくの!」


「そんなこと言わないでくれ。エミリアはモテるだろう?誰かその中に気になってる人いないのか?公爵令嬢だから身分が低ければ難しいが、よほど低くない限り俺が取り持つよ。」


「全くもてないし、気になってる人もいないわ。私この家にずっといたいの。お兄様駄目かしら?お兄様の奥様を虐めたりしないわ決して。お兄様と奥様と姪っ子甥っ子、そしてクロとずっと幸せに生きていくわ。そんなことよりお兄様のお目にかなう令嬢はいないのかしら?お兄様は私と違ってもてるのに・・・。」


「エミリアが結婚するまで、俺は結婚しないよ。」


「えぇ!それなら一生お互いできないわね!」


「ははは。そうかもしれないね。」


「そうだといいわ。私お兄様とずっと一緒にいたいもの。」


「全くエミリアは。エミリアごめんな。」


「突然どうして謝るの?もしかして何か悪いことしたの?」


「ううん。でも、エミリアは15歳だ。周りの子達は、婚約者とデートしたり、家族と国外旅行に行ったり、同級生と別荘でパーティしたりしてるだろう?俺は何もしてあげられてない・・・。本当にごめんな。」


「そんなのディアンお兄様だって一緒だわ。私のためにすべて我慢させてるわ・・・。」


「俺は男だからそんなのいいんだよ。」


「私はお兄様と違って友達もいないもの。お兄様は人気者なのに・・・。」


「それでも色々と誘われてるだろう?この前もパーティの誘い断ったの知ってるんだぞ。エミリアは体あまり強くないんだからもっと休んでほしいのに。」


「私は元気よ?お兄様は先週熱出して寝込んだわ。私より弱いわよ。」


「その先々週、家で倒れたのは誰だったかな?」


「そんな人いないわ。」


「あれ・・・?」


そう笑い合う二人の顔は疲れがにじみ出ていた。化粧をするようになったエミリアは常に兄の前では濃い隈を化粧で隠していたし、兄のディアンも体は丈夫であったものの最近は顔色が良くなかった。


二人の兄妹は、疲労のあまり月に1回交互に倒れ寝込んでいた。本来エミリアは病弱ではなかったが決して丈夫でもなかった。周りには明るく元気に振る舞っていたが、15歳の女の子にのしかかる重責はやはり大きかった。その上、デュークの死後ぐっすりと眠れなくなり、ディアンと一緒に御飯を食べることもあまりないので少量しか食べなくなった。


明らかにやつれていくエミリアを、ディアン・アルフォンス・シャイル達は心配し、ディアンはなるべく夕食を一緒に取ろうと努力したし、アルフォンス、シャイルは放課後中等部まで迎えに来て街で人気の店に連れて行ったりしていた。


エミリアはいつも兄たちの前ではあえてたくさん食べ、その後トイレで誰にも気づかれないようにこっそりと吐いていた。また元気に見える化粧の仕方を覚え、げっそりと痩けていく顔を隠していた。


エミリアは毎晩うなされ眠れず辛かったが、両親の死後からエミリアの部屋で眠るようになっていたクロが寄り添い慰めてくれたし、デュークの遺言である『ディアンを助けてあげるんだよ』という言葉を守るため必死だった。そしてディアンにばれないように、こっそりと点滴を打ちに行ったりしていた。





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