一転~エミリア12歳~
それから、公爵家の情況は一変した。旅人をしていて年に1回しか会えなかった父の弟と兄のデュークが公爵家の領地経営を始めた。父のいない穴が大きかった。叔父は全く不慣れな上に、病弱のデュークではウェズリー公爵家が赤字になっていくのを食い止めることができなかった。
王立学園高等部一の秀才であったディアンも、領地経営となるとお手上げだった。ディアンもデュークも叔父も夜中まで仕事をしている一方、エミリアはずっと泣き続けていた。そんなエミリアにクロが静かに寄り添っていた。
葬儀から一週間経ち、エミリアたちも王都に戻ってきていた。しかし、エミリアは部屋から出ようとしなかった。最初の一週間は優しくしていた兄たちも、このままじゃ駄目だということで王都に戻ってきて二週目に突入した頃、兄のディアンに引きずられるようにして中等部に登校することになったのである。
授業中も先生の話など耳に入って来なく、エミリアはぼーっと外を眺めていた。少しでも気が緩むと涙が出てくるので、必死に目に力を入れていた。普段は厳しい先生も見逃してくれたのだろう、その日は何も言わなかった。
休み時間になると、アルフォンスとシャイルが教室に様子を見にやってきた。明らかにげっそりとやつれ、目が腫れ痛々しいエミリアを二人はそっと連れだした。二人が連れて行ってくれたのは、王族専用のサロンだった。そこは、ベッドシャワーあらゆるものが完備していた。エミリアでさえ今まで来たことがなかった。
「エミリア喉渇いてないか?」
エミリアをソファーに座らせながら、シャイルが尋ねるとエミリアは首をふる。
「エム泣いていいんだよ?」
優しく言うアルフォンスにもエミリアは首を振る。
「エミリアご飯食べてるのか?」
エミリアは頷く。
「エム・・・。私は幼い頃から知っているが、君の父上と母上は本当に素晴らしい人だった・・・。公爵夫妻は愛情深い人で、君はとても愛されていたよ。公爵に肩車される君が実は本当に羨ましかったんだよ。私はされたことがなかったから。そしたら君の父上は私に王様には内緒ですよと言いながらしてくれたこともあったね。」
そう言ってポツリポツリと思い出話を始めた。
「俺はお前と喧嘩になってついお前の腕を引っ掻いた時も、お前の父上は笑ってたな。」
「夫人はとにかく料理が上手だった。夫人のクッキーが一番美味しいと褒めたら、殿下は将来良き夫となりますね。と言われたよ。嬉しかったよ。」
「お前の母上はとにかく優しかった。兄たちにいじめられよく泣いていた俺とお前をいつも膝に乗せて頭をなでてくれたよな。」
「うん・・・。うん・・・。う・・・ん・・・。」
エミリアの目から涙が溢れてくる。
「あの・・ね、あ・・・の日。嵐だった・・の。う・ん・・。わ・・・たしがね・・・とめて・・・いれば・・・。おかさまも・・・おとうさまも・・・死ななか・・・った・・・の。」
「エムのせいじゃないよ。あれは偶然の事故だったんだよ。」
「そう・・なの・・かな?」
「そうに決まってるだろ!エミリア今のお前見たら公爵様も母上もがっかりするぞ。」
「がっか・・り?」
「お前が心配で、御二方とも天国に行けないぞ。」
「てんごく・・・?」
「お前も気づいているんだろう?お前の兄たちは必死だぞ。なれない領地経営に寝ずに働いてる。お前がしっかりしないとディアンなんか倒れてしまうぞ。」
「・・・・・。」
「お前は強い。この悲しみに打ち勝てる力を持っている。しっかりしろ!」
そう言いシャイルが部屋を出て行く。エミリアは、はっとした。二週間全てから目を背け続けたことを、兄たちに初めて申し訳なく思った。
「シャイルに謝らなきゃ。」
そう言い、ふらふらっと立ち上がりドアに手をかけ出ていこうとするエミリアの手の上からアルフォンスが自分の手を重ね引き止める。
「アルフォンス様離して。」
後ろを振り返ると、エミリアはこの時初めてアルフォンスが自分の身長をすでに超えていることに気がついた。
「エムこっちにおいで。よく眠れていないんでしょ?だからお腹もすかないんだよ。少し休もう。今日だけ特別に昔みたいに手をつないでいてあげるよ。」
「ありがとうアルフォンス様。でも私はもう大丈夫よ。元気よ。」
そう言うエミリアの腕を無理やり引っ張りベッドに寝かせる。
「昔さ。本当に昔。エムがまだ僕をアルって呼んでいた頃。しょっちゅう熱を出して寝込んでいた君をよくお見舞いに行ってた時のこと覚えている?」
「うん。お母様が殿下に移したら大変!って止めるのを聞かずにアルフォンス様が部屋に来てくれるの。」
泣きながらエミリアは笑う。その涙をアルフォンスは優しく指で拭ってくれる。
「そしたらエムが『アルが帰るまで寝ない!アル帰らないで!』って無茶を言うんだよ。」
笑いながらアルフォンスが言う。
「寝たらアルフォンス様が帰ってしまうのが嫌で。あの頃、誰よりもアルフォンス様が大切だったのねきっと。」
「今は違うの?」
「うん。今はお兄さまたちが一番よ。唯一の家族だもの。」
「そっか・・・。ところで知ってた?エムはね、手を握りながら頭を撫でると必ず眠ってしまうんだ。」
「絶対ウソよ。子供の頃の話よ。」
「嘘じゃないよ。君の母上から聞いたのだもの。」
「お母様が・・・。そんなことアルフォンス様に教えていたのね。」
涙があふれるエミリアの手を握りながら、アルフォンスが頭を撫でる。
「私ね。お母様によくこうされたの・・・。お父様はね、毎晩本を読み聞かせてくれたの。私実はね、中等部に入るまで、1人で寝られなかったの・・・。あれ・・・どうしてだろう、あんなに寝れなかったのに・・・・。眠いわ。」
「エムゆっくり休むといいよ。お休み。」
しばらくしてから、眠っているエミリアが「アル。私よりも長生きしてね。」と呟いた事を、エミリアは知らない。
「おい!エミリア!起きろ!」
そう揺すられ起きると怒った顔のシャイルがいた。
「いつまで寝ているんだよ。もう下校時間過ぎてる。ほらお前の荷物持ってきてやったぞ。今日だけ特別だからな。」
「シャイルありがとう。」
「ふん。」
―ふんとか言いつつも、耳が赤くなっているからシャイルは照れているのね。―
「あれ。殿下は?」
「公務があるから先に帰ったぞ。」
「そっか。お礼言えなかったな。」
「また今度言えばいいだろう。ほら行くぞ。」
―やっぱり起きたらいつもアルはいないのね。あの頃も今も。―
「よし頑張るぞ!頑張って生きるぞ!今日はお兄さまたちのために美味しいものを作ろうっと!」
「お前料理できるの?」
「なんとかなるはず・・・。」
「うげぇ。ディアンに変なもの食わせるなよ。」
「シャイルのバカ!」
「なんだとー!!!この馬鹿女!」
二人の言い争いは馬車に乗って別れるまで続いたのだった。




