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兄の親友~エミリア9歳~

エミリアが初等部に入学してから3年がたった。ちゃんと日焼け対策をするようになった肌は入学当初にはどの令嬢よりも真っ白で、艶のある白金の髪、大きなエメラルドグリーンの目に小さな鼻と口、その上成績は常に上位、誰に対しても別け隔てなく優しく、いつも笑顔を絶やさないエミリアは全女子生徒の憧れになっていた。


あれから淑女教育をしっかり受けさせられたエミリアは、まだ9歳だが人前で走ったり大声で笑ったりしなくなった。だが、あくまでも人前ではの話である。毎日血の滲むような努力をしているのを知っている家族は、家の中では多少のことは目をつぶっていてくれていた。



あの事件から3年半が経つが、あれから週末になると大抵アルフォンスと、ディアンの親友のオースティン、その弟でアルフォンスとも学友であるシャイルが公爵家に遊びにきていた。オースティンとシャイルはブルドン侯爵家の子息であった。


あの事件の後、一気に自分と遊ばなくなったディアンを不思議に思いオースティンが訪ねてきたことがきっかけであった。病室でのエミリアの言葉にディアンは責任を感じていたのである。お転婆な妹を今までも決して恥じたことはなく、エミリアはディアンの宝物だった。あまり構わなくなったのは、単純に同年代と遊ぶことが楽しかったのである。あれ以来妹と過ごしたいというディアンに、オースティンはならば一緒に遊ぼうと連れだしてくれたことがきっかけだった。


アルフォンスのことで、傷ついていたエミリアは「何して遊びたい?」と優しくオースティンに聞かれても答えることはなかった。そんなエミリアにオースティンは弟のシャイルを連れて来て、四人で侯爵家の空き地でいつも遊んでくれたのだ。


代々、国王の護衛隊長や軍の総司令官を勤めてきたブルドン侯爵家は、王都の屋敷にも稽古のための空き地があったのだ。そこがもっぱら四人の遊び場になっていた。


シャイルは口が悪くひねくれていて、運動神経の良いエミリアに何かと張り合うことが多かったが不思議と気があった。オースティンとディアンは遊びを考える天才で、二人で遊びを企画してはその実験台に自分の弟と妹を使ったのである。シャイルとエミリアは兄たちに泣かされることが多かった。


シャイルとアルフォンスは仲が良くだいたい常に一緒にいる。アルフォンスとはあれ以来手紙が来てもエミリアは返事を返さず、連絡が途絶えていた。エミリアが初等部に入学し廊下ですれ違った時も、二人には当り障りのない挨拶しかしなかった。しかし、猫をかぶっているエミリアに我慢できなくなったシャイルが突っかかってきたのだ。


アルフォンスはエミリアとシャイルが知り合いなのにとても驚いた。週末遊んでいると聞くと、それならば僕も一緒にと言い出し五人で遊ぶことになったのである。最初二人の間には気まずい空気が流れていたが、オースティンやディアンが仲を取り持ち以前のようにまた仲良くなったのだ。


ただ一つだけ変わったのは、以前のようにアルと呼ぶことがなくなった。他の子と同じように殿下やアルフォンス様と呼ぶようになったのである。アルフォンスには、アルと呼んで欲しいと何度も頼まれたがエミリアはいつも笑ってはぐらかし決して呼ぶことはなかった。


その日は初等部の生徒会長を勤めているディアンに帰りが遅くなると言われていたので、エミリアは1人で校舎から馬車に向かっていた。校舎から門までは何故か謎に長い階段になっている。降りるだけで約三分かかる。少し先にアルフォンスとシャイルを見つけた。二人の周りには美人で有名な上級生が多数囲んでいる。シャイルは退屈そうにしていて、アルフォンスは笑顔で応答している。


ばれないようにと息を殺して歩いているエミリアと、その時ふと上を見上げたシャイルの目が合う。にやっと笑うシャイルに嫌な予感がする。


「エミリア~!速く降りてこいよ!」


「あ!エム!一緒に帰ろう!」


「いいえ。もう迎えが来ているので。シャイル様アルフォンス様ごきげんよう。」


そう淑女の礼をして挨拶するエミリアの横を下級生が駆けていく。その時、少しよろけた下級生がたまたまエミリアにぶつかってしまったのだ。慌ててエミリアは体勢を立て直そうとしたのだが、そのまんま10段転げ落ちてしまったのである。


運悪く校門の前で、それからは大騒ぎになってしまった。何事もなかったようにエミリアは立ち上がろうとしたのだが、捻挫したみたいで立ち上がることが出来ない。


「エム。掴まって。馬車まで運ぶよ。」


シャイルはエミリアと同じくらいの身長であったが、アルフォンスはまだまだエミリアより小さかった。


「無理ですよ。私がアルフォンス様を潰してしまいます。」


「僕は男の子だから大丈夫。ほらはやく!」


その時たまたまオースティンが通りかかった。


「あれ?エミリアどうした?」


「ちょっと階段から落ちてしまいまして・・・。」


「え!大丈夫か?ほら背中に乗りな。」


と背中を差し出す。


「いいえ。恥ずかしいので、お兄様か従者呼んできてもらえますか?」


「ずっとこのまんまでいるつもりか?今更気にする仲でもないだろうが。ほら!」


そういい無理やり背中に乗せ学校に戻っていく。


「保健室で一応見てもらおう。多分捻挫だと思うけど。」


そういうオースティンの後ろを、シャイルとアルフォンスもついてくる。エミリアはあまりの羞恥に顔が真っ赤になっていた。


「オースティン。私重くない?」


「こら!オースティンお兄様と呼びなさい。エミリアは重くないよ。羽のように軽いよ。」


「オースティン・・・・・。ありがとう。」


「はは。エミリアは本当にかわいいなぁ。」


おんぶされながら顔を真赤にしてお礼をいうエミリアを、シャイルとアルフォンスが険しい顔でじっと見つめていることに誰も気づいてはいなかった。


保健室に着き先生に手当してもらう。運良く右足の捻挫だけみたいだった。


「一週間もすれば治るわ。早ければ3日ぐらいかしら?ちょっと呼ばれているから行くわね。生徒会の仕事が終われば、お兄様が迎えに来るからそれまで待っていなさい。」


お礼を言うと、そう言い保険医の先生が保健室から出て行く。


「またエミリア傷できたじゃん。髪の毛で見えないけど額にもあるし、今回もほっぺた切れてるよ。」


とシャイルが言う。


「わぁ。どうしよう・・・。お嫁にいけなくなる。」


しょんぼりと言うエミリアに、オースティンが笑いながら言う。


「よし!分かった!エミリアその時は俺が嫁にもらってやる!」


「「「え!!!」」」


三人の声が重なる。


「オースティン、本当にもらってくれるの?」


「20歳になっても婚約者がいなかったらもらってやる。」


「でも、オースティンが好きな人できたら?」


「その時はその時だ!」


「あははは。オースティン約束だよ?」


「おう。任せろ!」


「じゃあ俺は兄さんが好きな人出来たら代わりにもらってあげるよ。」


「シャイルは意地悪だから嫌!」


「なんだと!せっかく優しくしてやったのに!」


わいわい言い合いになる二人をアルフォンスは静かに見ていた。二人の言い合いは、ディアンが迎えに来るまで続いたのであった。


その夜、事故のきっかけになった下級生が真っ青な顔色をした両親とともに公爵家に謝りに来た。気にしなくて良いという公爵夫妻に何度も頭を下げて帰っていった。父には気をつけなさいと、母には顔にまた傷と作ってと怒られたエミリアだった。






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