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王たちの機械  作者: 谷口由紀
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吹き荒れる砂塵

 集落を離れる、ということは、人間社会から遠ざかることを意味する。


 ひとたびは荒廃しきった河川や緑地もようやく活力を取り戻しつつあり、人はそこに寄り添って生きている。幸いなことに、ごくわずかずつではあるが、水と緑の領域は徐々に広がっている。このまま数百年ほども経てば、書物に残っているような、地の涯まで続く草原が蘇るかもしれない。


 だが、それはあくまで『機械』たちの領域外での話だ。


 彼ら『機械』たちの住まうところは、生命を拒むかのように乾ききった砂漠地帯だ。

 緑地から砂漠へ。その変化は、自然ではありえないほどに急激だ。

 まるで、大地が急速に活力を失ったかのように。


 吹き荒れる砂塵に守られたその地の中央に、『脊柱』と呼ばれる塔がある。

 その塔は、機械たちの居城か、それとも朽ち果てた廃墟か。


 確かめたものは、まだいない。


 そこへ、キリアは向かうのだ。

 先頭を歩くキリアの姿を、ユウリは見ている。

 砂を踏みしめるその足取りは堅実で、ユウリが心配していたような体調の乱れは感じられない。


(案外、慣れているのかな)


 ユウリの集落では、機械たちとの交流があったと聞いた。その交流は、機械たちの領域であるこの砂漠地帯で行われていたのかもしれない。

 そうだ。ここでは、水と食料が生命を保証し、銃と弾丸が安全を保証する。

 ここは、敵地だ。ユウリはそう自分に言い聞かせた。



 砂漠地帯に入って、数時間が経過した。


 吹き荒れる砂塵混じりの風に視界を遮られ、まだユウリの眼に『脊柱』は映らない。

 だが、不意にキリアが呟いた。


「何かに見られている」


 そう言って、彼は腰の短剣を確かめた。彼は銃は帯びていない。父から譲り受けた短刀の、あの鋭さのみを信じるかのように。


「見られているって……この砂嵐の中で。誰がそんなことを出来る?」


「僕たちには出来なくても、『彼ら』なら出来る」


 キリアの言葉には、確信の響きがあった。


 根拠はどこだ? ユウリにとっては半信半疑の言葉だ。だが、彼に倣い、銃を構える。

 視覚が当てにならないのは、もう分かりきっていることだ。聴覚もまた同様。渦巻く風の音によって、微細な物音を聞き分けることができない。


 残されたものは、恐怖と知勇に裏付けられた……勘。


 警戒するキリアに従い、一歩、一歩と足を進める。

 ふと、その足が止まった。


「来る!」


 キリアが素早く警告する。

 果たして、キリアとユウリの見据える空間より、砂嵐から滲み出るように人影が現れた。

 その姿は、キリアを傷つけたナイマのものでも、キリアを救ったスーラのものでもなかった。


 現れたのは、見知らぬ姿。


 まるで砂塵や日射を厭うように、全身を覆う外套。その色は、まるで砂漠に溶け込むような、黄色がかった岩肌色。

 男か? 女か? そして、敵か、敵ではないか。今はまだ何も分からない。


 今できること。それは狙うことだけだ──。


 ユウリは銃を構える。あの者の胸をいつでも射抜けるように。

 キリアは、ひとたびは手に掛けた短剣の柄頭から、いまは手を離していた。

 その様子は、まるで心に宿ろうとする敵意を引きはがしたかのように、ユウリには思えた。

 やがて、その者とユウリ達は相対する。

 ユウリは何も言わない。己の担うべきものは、ここでは「敵意」だから。

 この状況、キリアがどう口火を切るか──。そう思っていた。

 だが、最初に口を開いたのは、眼前の者だった。


「──ここは、あなたがたの領域ではない。相応の覚悟なくば、立ち去りなさい」


 吹きすさぶ風の音を貫く、力と艶を兼ね備えた、女の声。

 ユウリはその声の主を凝視した。


 砂塵から呼吸器を守るかのように、その顔は頭巾と口布で守られている。

 だが、その眼差しは、確かな鋭さをもって、ユウリを見つめていた。

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