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王たちの機械  作者: 谷口由紀
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旅程

 ユウリ達がトウカから課せられた罰則は、二週間ほどで終わった。


 教会での作業は、キリアにとっては復帰にむけてのよい運動になったようだ。掃除道具を持って、敷地中をかけずり回るキリアの姿は、病床で思い悩む姿よりもよほど輝いて見えた。どのみち、ここを旅立つには、充分に心身を養う必要があった。日を追うごとに活力を取り戻していくキリアの姿を見るトウカの眼差しは、ユウリが思っていたとおり、優しかった。


 キリアが両断してしまった皿を修繕するのは、どういうわけかユウリの仕事になった。それというのも、キリアはひどく不器用であり、彼に任せるのはまったく不適当だ……と、ユウリのみならず、トウカも判断したからだ。


 とはいえ、ユウリにしても金属の皿を接ぐような技術は持っていない。結局、ベーキズ翁に泣きつくことになった。


 「こういう細かい作業は苦手なんじゃが」


などとぼやきつつも、同種の金属で溶かし接ぎ、磨いてくれた。歪みなく見事に接ぎ合わされた皿を手渡されたとき、ユウリはベーキズに何度も礼を言った。彼は返事のかわりに、皺だらけの顔に笑みを浮かべて、ユウリの頭をごしごしと撫でた。


指が欠けて、枯れ枝のようにかさついた手であったが、ユウリはその手が大好きだった。

 ただ、消えてしまった紋様を彫り直すことまでは、頼めなかった。


「それだけは本当に勘弁してくれんか」


ベーキズに懇願されてしまったのだ。なぜ、とユウリが訊くと


「わしは絵が描けんのじゃよ。表で遊んでいる子供達のほうが、ほれ、よほど達者な絵を描く」


そう言って、小さくなった肩をすくめた。近隣の集落からも求められるほどに名高い銃砲職人にも、苦手なものはあるようだった。


 仕方ない、と、ユウリは自分を納得させた。ベーキズから借りた小さな(たがね)で、こつこつと紋様を彫り直した。猫と花。花畑に戯れる子猫の図柄だ。警衛隊での日々の訓練、そしてトウカの手伝いを終えた夜に、記憶をたよりに少しずつ彫り進めた。


 出来映えについては、素人仕事の域を出るものではなかった。可愛かった子猫のしぐさは、どこか申し訳なさそうに縮こまっているようにも見える。ともあれ、その皿をトウカにおずおずと差し出すと、彼女はすこし困ったような顔をしたあとで、「……これもこれで、味があって可愛いわよね」と、諦めたかのように微笑んだ。


 キリアが十分に動けるようになり、まがりなりにも皿を修復して、数日。トウカは「お手伝いは、もういいわ」と宣言した。

 かつてトウカが語ったとおり「こき使われて」きたキリアとユウリ。その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けてその場にへたりこみ、そして何故だか二人で笑いあってしまった事をはっきり覚えている。



 そして、今。

 教会の出入口に、旅装束のキリアが立っている。



「──じゃ、これ、お弁当だから」


 トウカは小さな包みをキリアに手渡す。彼女の面持ちは澄んでいる。それはキリアの心を乱さぬための配慮か、あるいは心からのものか。

 ユウリは、キリアからすこし離れたところに腰掛けたまま、ふたりの姿を見つめていた。いまは偵察任務のための武装を身にまとい、膝には銃を乗せている。対甲銃。ユウリが己の力で扱える、最強の力だ。


 ──この銃があれば、キリアを守ることができるだろう。


 確かに、そう思う。キリアの行く道は危ういが、彼自身も危うい。

 そんなことを考えていると、ユウリの視線に気づいたのか、キリアが近づいてくる。


「……今日まで、どうもありがとう」


「御礼なんかいらない。私は、君をここに連れてきただけだから」

知らず、視線が彼の足下に落ちる。


「いや、ユウリのおかげで……いや、そうじゃなくて」と、彼はなにかもどかしげにしている。


「…………」

その様子に、ユウリは口を開きかけ、そして、つぐむ。


(キリアは、家族を求めに行くんだ)


 彼の気持ちの行く先を、見届けたいという思いはあった。

 その旅程を妨げるものがあらば、赦しはしない、という思いも。

 だが……それら全ては、ユウリが勝手にキリアに託すものだ。


 ──そう、もしも私を頼ってくれたなら、私はなんのてらいもなく動けるのに。


 ユウリは小さくため息をついた。彼に悟られぬよう。

 だが、そんなユウリの頭上から、意を決したかのような、キリアの声が掛けられた。


「……ユウリ、よかったら、僕と一緒に来てくれないか」


 ユウリは彼を見上げた。


「なぜ……」と、ユウリは訊く。

 そうだ。誘いを向けるには、まだまだ希薄な縁にすぎない。


「僕がこれから向かうところは、僕の力だけでは通じない。必ずどこかで『機械』たちと接触しなければいけない」


「…………」


「……正直、僕はまだ、自分の中の甘さを消せていないと思う。彼らが一枚岩ではない事は分かった。けれど、まだナイマのような相手とは渡り合えないかもしれないんだ」


 そう呟くキリアの面差しに見える色は、口惜しさ……そして、諦め?


「キリア。君はもう『機械』の怖さを知ったはずだ。大丈夫だ、もう遅れをとることはないだろう。それに、私を連れて行っても、君が期待するような交渉役にはなれそうもない。……私にあるのは、これと」と、ユウリは銃を指さす。「……そして、『機械』たちへの敵意、それだけだ」


 だが、キリアは首を振った。


「いや、違う。上手くは言えないけど、君にあるのは敵意だけじゃないよ。そんな人間じゃないことは、ここで見ていて分かった。君はきっと、ここで暮らしている人の言葉を彼らに伝えられる。そんな気がするんだ。そして、僕には……その言葉は備わっていない。だから、僕と一緒に来て欲しいんだ」


 ユウリはトウカの顔を見上げた。彼女はどう思っているのだろう?


「トウカ……」


「ユウリ、大丈夫よ。好きにしなさいな」

 トウカはそう言って、励ますかのように微笑んだ。


「こっちの事は気にしないで、二人で行ってらっしゃい。警衛隊の隊長さんには、私から言っておくわ。……でも」


「え?」


「二人とも、必ず元気で帰ってくるのよ。もし帰ってこなかったら、……無理矢理に引きずり戻して、ひっぱたいてやるからね!」


 そう言って、トウカはにっこりと笑った。まるで背中を後押ししてくれるかのような、優しい言葉だった。

 ユウリは立ち上がり、キリアの側に歩み寄った。


「……キリア、私も、一緒に行くよ」


 並び立てば、まだキリアの背丈が、自分よりもすこし低いくらいであることをユウリは知っていた。

 だが、ほんの数年もすれば、きっと彼はいまの少年らしい面差しに、さらなる逞しさを備えることになるだろう。



 ──今は、そんな彼を守るための力になりたい。


 そして、彼が望み通りに家族を見つけてくれたなら、それはきっと嬉しいことだろう。

 ユウリは背負った銃の負紐を強く握りしめた。

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