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王たちの機械  作者: 谷口由紀
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一縷の望み

 影から聞こえた儚げな声。

 その薄暗がりからにじみ出るように、ひとりの人影が現れる。


 まず浮かび上がるのは、その純白の衣服。身体のラインを隠す、緩やかなトーガ。

 そして、黒髪に縁取られた白皙はくせきの貌が現れる。そのまなざしは、どこか遠慮がちにユウリを見つめていた。


 ユウリは、その貌を覚えていた。スーラだ。


「……スーラ、どうしてここに?」


 ユウリが問うと、スーラは、「あなたたちの、覚悟を問うために」と、答えた。


 ユウリの傍らで、キリアが「誰?」と訊いた。そうだ。あのときキリアは意識を無くしていた。生命を救ってくれた、この女性の貌を知らないのだ。


「彼女はスーラ。私とキリアが初めて会ったとき、ナイマに殺されかけていたキリアを救ってくれた人だ。……敵じゃない」


 最後の言葉を、ユウリは自分に言い聞かせるように言った。断定できるだけの情報など、どこにもないのに、どこかで彼女を「味方」だと思いたがっている自分がいた。


「ユウリ。見た限りでは、彼女も『地上の者』だな」と、ガーシュイン。


「おそらくは。でも、すこし話を聞いてみたいんだ」


 ユウリはガーシュインに目配せする。ガーシュインは、キリアを守るために、一歩進み出る。そのことを確認したのちに、ユウリは銃を下ろした。


 その様子を見たスーラは、わずかに笑みを浮かべる。


「ありがとう、信じてくれて。ここにいれば、きっとまた会えると思っていた」


 いくばくかの安堵を感じはしたが、それでもユウリは、子細に彼女の様子を窺う。

 ひとつだけ不思議に思えることがユウリにはあった。彼女からは、ナイマやベリテーに感じるような、確たる存在感が得られないのだ。まさしく、それは幻のよう。


「……スーラ。ここで待っていたのは、私たちに『帰れ』というためだけに?」


 ユウリが問うと、スーラは小さく頷いた。


「もちろん、それが主たる目的。……この塔を、あなたたちは『脊柱』と呼び習わしている。ここは、まさしくその名前にふさわしい機能を持つところ。それだけに、ここには優れた護衛が置かれています。上に進めば、きっと、それらと刃を交えることになる」


 ひとときスーラの貌に浮かんだ、厳しい表情。しかし、ユウリは己を()すように、力をこめて言った。


「危険は承知の上だ。そして、ここにキリアの目的がある以上、手ぶらでなど帰れるものか。……それより、『脊柱』の機能とは何だ? スーラ、私たちはたしかにここを『脊柱』と呼んでいる。でも、それだけなんだ。ここがどんな意味を持つ場所なのか……何も、知らないんだ」


 教えてくれるはずだ、とユウリは思っていた。だが、スーラは首を横に振った。


「……何も知らないのであれば、そのままにしておきなさい。そして、忘れてしまいなさい。そう、全てを忘れ去り、無視してしまえばよいのです。──そして、キリア。思い出しなさい。賊に襲われたあなたの家族は、助かるような怪我でしたか? あなたは『既に失われた筈の命』を求めているのではありませんか?」


 その言葉とともに、スーラはキリアを鋭く見つめる。彼女には不似合いな、厳しい表情だ。

 だが、このときユウリは、ひとつの疑問を抱いた。


(──なぜ、スーラはキリアの過去を知っている?)


 考えられる理由としては、かつてスーラは、キリアの『精神』を吸っていたか、それとも過去になんらかの面識があったか、だ。だが、キリアがスーラを直に見るのは、ここが初めての筈だ。それが嘘でなければ。

 ユウリは、キリアの横顔を見た。スーラに目的そのものを否定された彼は、しかし激高することも意気消沈することもなく、ただ、スーラの顔を見据えていた。


 そして、キリアは口を開いた。


「スーラ、ユウリからあなたのことを聞いていたよ。あなたの言いたいことは、すごくよく分かる。……なぜ、あなたが知っているのかは知らないけどね。確かにあのときの事を思い出すと、家族が無事であることを信じ切れなくなってしまうこともある。でもね、それを不確かなまま、知らないままにはしておきたくないんだ。……どうしても、確かめたい」


 スーラの言っていることは、もちろんユウリにも分かっていた。分かっていながら、あえて目をつぶっていたことだ。だが、そんな一縷(いちる)の望みを抱こうとするキリアを、だからこそユウリは守りたいと思ったのだ。

 言ってみれば、それはスーラからの助言を全く無視するのと同じこと。


 だが、スーラも失望の色を浮かべはしなかった。


「……そう、そうですね。あなたがたは、誰かのために、己を死地に投げ込むことができる。……でも、引き際だけは間違えないで。あなたたちが命を失えば、きっと悲しむ人たちがいるでしょうから。──戦うか、退くか。その判断は、あなたならば可能でしょう、『地下の者』」


 スーラがそう呼びかけると、ガーシュインは、「もちろん、そうするつもりだがね。……端から見るかぎり、あなたはこの二人となんらかの縁があるようだが、そういう人物をここで斬りたくはないな。あなたの言い分は理解したつもりだ。二人の安全は、私が守ろう。どうか、このまま大人しく立ち去ってほしい」と、『地下の者』としての立場を示した。


 その言葉にも、スーラは頷く。


「では、……あなたがたの無事を祈っています」


 その言葉とともに、スーラは再び薄闇のなかに消えていこうとする。

 そのとき、キリアが呼び止めた。


「──スーラ」


「なにか?」


「言い忘れていたんだけど……あの砂漠で、助けてくれたこと。ずっと、お礼を言いたかったんだ。ありがとう!」


 そう言って、笑顔を浮かべるキリア。

 スーラは一瞬だけ当惑の表情を浮かべたが、やがて、淡く微笑んで、「……あなたが無事だと知って、嬉しかった。ここに来て、良かった」と、答えた。


 闇に染み渡るように消えていくスーラを見送った三人は、そののちに、上階への階段を探し出した。


 未知の領域へと続く、長い長い階段。

 三人はそこに足を掛けた。

 スーラからの警告を、己の意志で無視して。


 そして、わずかな望み……キリアの家族を求めるために。


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