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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

晩夏

作者: たびー

青年どうしの晩夏の物語。

「小説やめようと思う」

 そう言うと、隣に座る太一がスイカにかぶりついたまま、横目でおれを見た。

 古い平屋の木造一軒家。その縁側に二人ならんで腰かけている。

「やめて、どうすんだよ?」

 庭に種を飛ばしてから太一は首にかけたタオルで口をふいた。

「短大の講師と、あとは……農業をしようかなって。本家に頼んでるけど畑と田んぼならあるわけだし」

 おれの言葉に太一は沈黙した。わずかばかりの蝉のこえと、足元からは秋の虫の音。盆が過ぎたら空気から湿気が抜けて、照りつけるような暑さも日陰にいればじゅうぶん涼しい。

「今日オレが草刈りに来るまで、庭が草ボーボーでも気づかない男が?」

「や、やるよ、草刈りぃ。今は締め切り前だから、できなかっただけで……」

「たかが6時開始の地区の早朝清掃にも出られない朝寝坊が?」

「ちゃんと早寝早起きに生活サイクルを変える」

「青虫一匹に悲鳴あげるくせに」

 うっと言葉に詰まってしまう。おれは子どもの頃から虫が苦手だ。

「農業なめんな。航平、おまえは黙って小説書いとれ。依頼があるうちが花だと思って」

 言い終わると太一は、またスイカにかじりついた。

 太一の腕には日に焼けてたくましい筋肉がついている。青いツナギの作業服を上だけ脱いで腰で留めている。アンダーの白いTシャツが厚い胸板を包み、まぶしくも頼もしい。

 対するおれときたらば、ひょろひょろで残念な体格、期待を裏切らないビンぞこメガネ装備だ。

「でもさ……」

 サンダル履きの足で地面を引っかく。

「離婚、成立したのか?」

「遠慮ないなぁ、太一は」

「30年来の付き合いだからな」

 たしかに、とおれはため息をした。

「先週、書類書いて送った。今ごろ手続きは完了だろう」

「そうか」

 ジジジっと蝉が鳴いている。それでも空の青さは薄くなり、刷毛ではいたようなすじ雲がある。

「ネットさえあれば、どこでも暮らせる、って思ってたんだけどな」

「そんなもんか?」

 食べ終わったスイカの皮を太一は皿に置いた。

「そう思ってた。編集とやり取りできるし、原稿だって送れる。田舎にないものは通販で手にはいる」

 で、その反面……。

「かみさんも昔の恋人とも縁が切れず、焼けぼっくいに火がついた、と?」

 そんなとこだな。おれはうなずいた。

「アイツは、聡美はここがイヤだったのかな」

 ぽつりと話すおれの言葉じりをつかまえて太一がたたみかけるように言った。

「なんだそれ!? 『環境が悪かっただけでおれは嫌われてない』的な?」

「ひでぇな、太一! 少しは手加減してくれよ、傷心なんだよ、おれは」

 悪かったよ、と太一は前を向いて言った。少しは、と付け加えたのが憎たらしい。

「街中育ちにゃ、ここみたいな付き合いの濃い場所はキツいだろうな。去年、来たとたんに、地区行事てんこ盛りだったろ」

「うん、まあ……な」

 春のお花見からスタートして、地区運動会、祭り行事には踊りに強制参加、秋は秋で防災訓練に芋煮会。それだけじゃなくて、ひっきりなしに近所の人たちは来るし、おばちゃんたちは「子どもはまだ?」とかズケズケ聞いてくるし、デリカシー・ゼロ。おまけに親父の葬式もあった。

「思い当たることばっかだ」

「航平はここん家が古巣だから良かったろうけどさ」

 うん、良かった。住んでみてわかった。おれにとって街中こそ息が詰まる場所だって。

 地元新聞に小さいながらエッセイの連載が取れたし、近くの短大で小論文の講師の口も見つけた。小説はどこでも書けるし、それに……太一とも会えるし。

「おれには理想的……でも聡美には最悪だったんだ」

 そうかもな、と太一は肩をすくめた。

「いっぺんだけさ、聡美さんと話したことあるよ」

 初耳だった。思わず太一のほうへ体をねじる。

「なんで泣かないんだろう、っていってた。航平の親父さんの葬式のとき」

「そうか」

 やっぱりな、と腑に落ちる。あれ以、聡美はときどき悲しそうな目をするようになったから。

「泣きもせずに、じっと見てる、って」

 おれは膝に手をおいてうつむいた。

「仲が悪かったわけじゃない、って言っといたけど」

「さんきゅ」

 おれの本心を口にしたら、いくら竹馬の友でも引くだろう。

「なんで小説やめるとか言うんだよ。小さい頃からなりたくて、なりたくて頑張ってたろ」

「好きでもないのに太一には無理やり読ませてたな、悪い」

 それにいろいろと、太一を巻き込んだ。十代のロクデナシの自分。

 さっさと田舎を、太一との関係を捨てて都会の大学へ進学したくせに、淋しくなりましたーって帰ってきて。

 なんだかんだ理由をつけて太一を呼びだしたり、付き合わせたり。

 虫がよすぎるだろう。

 小さなメロディが太一から聞こえた。

 太一はツナギのポケットから二つ折りの携帯電話を出した。

「いいかげんにスマホにしたら?」

「山の中はガラケーのほうがつながるし、落としてもめったに壊れねえから」

 太一はメールをチェックすると、大きな手を器用に動かし素早く返信を打った。

「カノジョ……?」

「……ま、そんな感じかな」

 携帯電話をしまうと、太一は両手を頭の後ろで組んで縁側にごろりと寝た。

「結婚しないのか?」

「できるわけないだろ」

 おれは言葉の継ぎ穂を失った。気まずく感じて太一の顔がまともに見られない。食べ終えたスイカの皮を皿に入れたおれの手を、太一がつかんだ。

「やる? 高校のときみたいに。それともオンナの味も知ったお前にオレは用済みか」

 ゆっくりと起きあがるのと同時に、険しい眼差しでおれを引き寄せる。

「いつも、誘ってほしいような顔しやがって」

 顔がぶつかりそうなほど近づく。思わずきつく目を閉じると、掴まれた腕を強く押し返されよろけた。

「やるわけねえだろ、ばーか」

 後ろに手をつき目を開けると、太一は両手で顔を覆って座っていた。

「オレのせいだ……聡美さん、出ていったのは」

「な……」

「聡美さん、たぶん気づいてたんだ。オレたちのこと。物欲しげな顔していたのは……オレのほうだ」

 額に汗を感じた。暑いからじゃなく。蝉の声が耳の中で反響している。おれは廊下の突き当りにある物置、子ども時代の自室のドアを見つめた。

 あのドアの奥で、かつて太一と肌を重ねた。服を脱ぐのももどかしく、閉め切った部屋で濃密な時をすごした。口づけして……上になり、下になり太一はおれの中でなんども……。

 狂おしくお互いに求めあった夏が、たしかにあった。

 けれども、それはもう二十年近くも前のことだ。

「まさか」

 太一は首を横に振った。

「女性は勘が鋭いから、何かしら感じ取っていたと思う」

 ――今日も太一さんと飲みに行くの? どこか皮肉めいた口調の聡美を思いだす。なんどとなく言われた。

 今日も一緒なのね、仲がいいのね、と。

「オレはお前がわからねぇよ」

 太一はため息とともに、そうつぶやいた。

「オレとしてたのだって、ネタだろう。『これで女の気持ちが分かるかな』って言ってたよな。父親の葬式も、数少ない肉親の葬儀だから全部覚えておきたかったんだろう。こんどの離婚だっていつか書けるかも知れない……」

「やめてくれ!! ちがう、そんなんじゃない」

 ははは、と太一は力なく笑った。ちがう、と叫んだおれにも、どちらが真実か分かっている。

 おれは知っているだ。自分がどんなにヒドイ奴か。知っているのに、自分の狡さを見ないようにしていたんだ。

 不意に涙があふれた。

「……そうせずにはいられない、おまえは。書くことが人生の中心、話のネタになるかどうか。それ以外はとるにたりないことだと無関心……オレは分かっていた。分かってたけど、目を耳を口をふさいでいた」

「たいち」

 喉からでたのは、細くかすれた声だった。太一はおれの泣き顔をただ見ている。

「オレはお前が好きだったから」

 離したくなかったと太一は言った。

「帰って来てくれて、嬉しいと思った」

「ごめ……ん」

 おれも分かっていた。太一はおれが好きなんだと。それに甘えていた。呼べば必ず来てくれる、太一はおれの頼み事なら断らない。

 太一の好意を利用して自分の好奇心を満たすために、子どもの遊びのノリで太一を誘った。

 体を預けることに夢中になった。

 そのくせ、太一が本気になっていくのが怖くて、煩わしくて都会に逃げた。

 男としか経験がないのを引け目に感じて、大学で知り合った聡美と結婚した。人並みの「夫婦」を経験したかったからというのが本心だ。

「だ、だから書くの、やめようと……思う……」

 いつか自分は書いてしまうだろう。親を失った悲しみ、妻が去っていった淋しさ。自分の体験をすべて小説に叩き込んで、書いてしまう。読者に娯楽を提供するのと引き換えに身近な人を傷つける。

 物語を金に替えて生活する。何さまのつもりだ。

「もう、やめる」

 これは罰だ。いちばん好きなものを捨てないと、自分が人のクズになる。

 うつむくと、涙がいくつもジーンズのうえに染みを作った。このまま書いていても、おれの書く物語はだれも幸せにしない。

「書けよ」

 おれが顔をあげると、太一が首にかけたタオルをよこした。

「書くこと以外、できねぇくせに」

 眼鏡をはずして太一の匂いのするタオルに顔を埋めて泣いた。

「誰だかバレるような、下手な書き方しかできないのかよ」

「だって」

「ぜんぶ読んでる」

 おれは腫れぼったい目をタオルからはなした。

「ぜんぶ読んでる。おまえの小説のなかに、昔の風景やおまえの思い出がつまっている」

 太一は勝手知ったる台所から麦茶とコップを持ってきた。

「おまえの親父さんと一緒に登山したこととか、学校の行き帰りにいつも撫でてた、よそんちの柴犬のこととか」

 コップについだ麦茶を太一はおれのそばに置くと、自分用にも麦茶を注いだ。

「あのときの風だとか手ざわりだとか、忘れていたささいなことを思い出すんだ」

「太一」

「まるでオレに宛てられた手紙を読んでいるような気持ちになった……」

 んなわけねえのに、と太一はくすっと笑う。

「まったくな。こんなヒトデナシが書く小説に泣かされる」

 太一はタオルでおれの顔を手荒くぬぐって取り上げた。

「書け。今日は泣いていてもいいから」

「う……ん」

「どうしても書けなかったら、オレのこと書いていいぜ」

 そういうと、立ち上がって腰を伸ばした。コップは盆のうえに置く。

「じゃあな」

 太一は草刈り機を持ちあげて軽トラの荷台に乗せた。おれもそのあとを追う。泣きすぎと夏の終わりの日差しが思いのほか強くて、くらくらした。

「聡美に電話する」

 運転席の太一に言うと、太一はにやっと笑った。

「そうしろ」

 エンジンをかけると、太一は一度だけおれの頬にふれた。

「また来る」

 太一は軽トラをスタートさせると、軽くクラクションを鳴らして走り去っていった。おれは車が角を曲がるまで見ていた。

 おれは、書くんだろう。ヒトデナシのままで。無意識に誰かを傷つけてしまうこともあると思う。

 発表するたび感じる昂揚感と、頭を抱えたくなるような後悔を繰り返して。

 遠くで蜩の声が聞こえた。

 夏は終わる、秋が始まる。


 おわり




いろいろ( ̄▽ ̄;)

本作は、去年の八月くらいに書いて後が続かずに放置していたものです。

会話苦手っす。

だいたいこの二人ってどんな関係だよ、と。まあ、親友ではあるらいしが。幼馴染ではあるらしいが。

「離婚した両親にそれぞれ引き取られて普段は離れて暮らしている双子」(だから、太一も航平の父親の葬儀に参列した?)

とか、考えましたがピンとこず……。

昔、体の関係のあった二人とすると、ああしっくり。しっくりくるよ、ということでBLになりました。

楽な方に流れたともいう。反省m(__)m


後日、太一の恋人、太一、航平で修羅場に突入。

とか

書かないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 晩夏の線香花火 と言う話を書いていて 晩夏で検索したら、見つけて、見いってしまいました。 仕事の休憩時間が終わるので途中ですが、帰ったら必ず最後まで堪能します!
2017/04/20 15:33 退会済み
管理
[良い点] 切なくてもどかしい心情が描かれていて共感できました。 同じ小説を書く者として、主人公に共感できました。
2015/12/15 06:47 退会済み
管理
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