地下街の王様
豪華絢爛な装飾の部屋で椅子にふんぞり返ってる太った醜い男の前には、赤髪の一人の男性が立っていた。
「看守長を辞めたいですって!?この世の中で仕事が無いことはイコール死なのよ!」
「承知してます、社長」
「……貴方の持ち場はどうするつもり?」
「先日、爆発したと聞いてます」
太った醜い男、社長は舌打ちをして爪をかじり始めた。
赤髪の看守長は他の人と比べられないほど腕がたつし、頭も良い。二言返事で辞めさせる訳にはいかない。それに『赤髪の看守長』という悪い噂があり、それがこの看守長だったら会社が倒産することは間違いない。
「しかし休暇だったとはいえ、突然だったもので取り繕いの拙い看守長が就いてしまったのよ。貴方にも責任があるわ」
「そうですか」
「そうよ。でも、あの看守長は明らかに看守長としての作法や振る舞いが足りなかったの。実力も、ただ大きい背丈と刀で威圧するのみで剣術を極めていないようだったし、明らかにおかしいのよ、まるで上が奴隷の逃走を手助けするように」
「たまたまではないのですか?」
「わたくしが管轄してる工場は末端だとしても全ての主軸となるところなのよ!たまたまでは済まされないのは上でも分かってるはず!このことについて、貴方は調べなさい。突き止めたら辞表を受けとるわ」
「承知しました」
「出来なかったらここでずっと働くのよ」
「はい」
たった一人が感じた違和感、それだけで赤髪の看守長は行動をすることになった。
社長は嘘を言ってはいないが、赤髪の看守長が真実を掴めず諦めるのを期待して提案をしたのだ。しかし即答と、妙に自信のある返事が頭にこびりついていた。
地下街、上に住む人間が自分の餌を作らせる場所と言っても過言ではない。
地下街脱出の事件から一ヶ月が経っていた。
「ねーねー、お腹減ったー。ミナちゃんもそうだよねー」
「別に、大丈夫」
奴隷の中にいた青年の古い友人が空き家を貸してくれていた。
「そうっすねー。つか、ルイの奴帰り遅くないっすかー?」
ルイというのは奴隷の中にいた常に敬語を使い、たまに毒舌になる青年のことだ。
「ルイくんが帰ってくれないとお腹と背中がくっついちゃいそー」
その時、木製のドアが軋みながら開いた。
「おかえりー、ルイくん!」
「ただいま、今帰りました」
ルイは疲れを落とすように肩を下げ、抱えていた泥まみれの野菜を台所に置いた。
「こんだけっすかー。ひもじいっすねー」
「クロは働いてから言ってください」
文句を垂らしつつ、クロは野菜の調理を始めた。
「ルイくーん、皆はどうだったのー?」
ルイは微笑みながらミーとミナスの前に胡座をかき、話し始めた。
「マイゼルは手の治療でまだ病院にいますけど、明日には退院できるようです。トツネは機械の知識を評価されて良い会社で雇われて、順風満帆らしいですよ。他の人達も前の工場より良い条件で働いてます」
「いつも……ありがとうございます」
「いつもお礼はしなくて良いと言ってますよ、ミナスちゃん」
「ルイさんだけで……四人養うのは大変です」
「そうですね。台所で鼻唄混じりで料理をしてるクロが働いてくれれば楽になるんですけどね」
「いざとなったら、あたしも働いてあげるよー。そこら辺の人にでも裸見せて誘えば、すぐに金払ってもらえるしー」
「ミーちゃんそれはやめなさい。トイルさんも言ってましたよね」
トイル、名前を聞いてミーが最後に思い浮かぶ記憶は、自分の唇に指先を当てて、初めての綺麗な男の笑顔を見たことだ。
奴隷達が工場を脱出し遠く離れた所に着くと、周囲を巻き込んで工場は大爆発を起こした。
奴隷達の数人はトイルの起こした事を理解し、トイルの死を覚悟をした。
トイルは工場内にある、奴隷を判別する写真や指紋、血液の証拠を全て無くすためである。規格外の大きさの機械、奴隷の住む牢屋、全て機械が担うフロア、監視カメラの記録、それらを全て無くした。
何事もなく平和に暮らしたい奴隷達の事を考えてしたのだ。
「はーい」とミーは返事をするが、理解していないまたは納得してない時の返事だとルイは分かっていた。
「できたっすー。クロ特製野菜スープっす」
家具もなにもない一室に銀皿が人数分置かれた。
その光景を見てミナスは赤髪の看守長が頭をよぎる。
手を合わせて挨拶をした後、皆でスープをすすった。
「ルイくん、三日後に行っちゃうんだよね」
「そうですよ。トイルさんの夢ですし、僕の夢でもあります」
「その時のためにオレは力ためてるんすよー。働きたいけど、我慢っす痛い!鳩尾やめてっす!」
「次は首に拳を捩じ込みますよ」
「すみませんっす!」
ミナスはそんな日常の光景を見ながら、このまま平和に続けば良いのにと思っていた。
「でも、緊張するっすねー。地下街を牛耳る工場をオレ達で占領するとか、ほんとにマジパネー」
「大体の作戦はトイルさんが作ってるので、それを信用して行動するしかないです。ミナスちゃんとミーちゃんはここで、二十日からお留守番よろしくお願いします」
「むー、嫌だけどそうするしかないよねー。頑張ってねー、ミナちゃんと待ってる」
「信じて……待ってます…………。」
しんみりとした雰囲気を壊すようにクロが話し始めた。
「……世界がひっくり返るような大量の餌を!!カッコつけるように」
比較的綺麗でシンプルな一室に一つの笑いが溢れだす。
「アッハハハハハハ、ヒィー、まじで笑える!そんなこという男とかぷっ、あっははははは!何回聞いても笑える!」
「餌を!!アホウドリのカッコつけた説明を添えて」
「ぷっーーーー!あっははははは!」
「君たち、いい加減やめてくれないかな……」
トイルは自分のものまねをする巨漢と、大笑いするセミロングの黄髪の女にひきつった笑いで抑止する。
「ちっ、オイルが水に変わったことを僕が察知してれば……」
「しょうがないって、アンタら鼻にオイルの臭いのせいで異常きてたしー。それに粘性もオイルと同等だったし」
「クーネル……頭なでなでしないでくれる?」
さっきまで馬鹿笑いしてたクーネルが慰めてくるが、表情がすでに馬鹿にしている。
トイルが拳を固めたとき、部屋に一人の男が入室した。
「お前ら時間だ。行くぞ」
赤髪の看守長の一言で、その場の雰囲気は張り詰められた。
「予定通り、二十日ですね」
巨漢は壁に立て掛けた二メートルを越える刀を背負った。