狂った人間ちゃん
看守長、この工場で働く奴隷を監視する人。
そして、この工場の看守長は少しおかしい。
いつも奴隷を監視するのは冷たく無口な人、昼休みになると楽天家な人。
私は幾度も思考を巡らせた問題に終止符を打つことは今日もできないようだ。
ミナスの部屋(といってもコンクリートで囲われ、時計と薄い布一枚だけでとても狭いところ)で座りながら時計を確認すると、朝十時であり、まだ仕事は始める時間ではない。
ミナスは他の人より頭が良く、機械の構造をすぐに理解できたので唯一この工場の羽人の整備士として飼われている。奴隷と一緒に働くと以前のような事(もう三日前になり、騒がれてはいない)があると想定して、ミナスは深夜に仕事をすることになった。
しかし大きすぎる機械のため、一晩で全てをチェックすることはできても、修理が入ると終わらせることはできないので、たまに昼休みも仕事をしているのである。
その時ドアがノックされた。
昨晩の点検で機械に異常は無いと確認したし、看守長がこの時間帯にくるのはありえない。ぐるぐるとミナスの頭の中にあらゆる悪い出来事が描き上げられた。
「はーやーくー!」
ハッキリとした透き通る声がドアの向こう側から耳にすんなり入ってきた。
「えーと、どちらさまですか」
「ミーだよ。早く開けてー」
ゆっくり扉を開けると手を入れられてこじ開けられた時、一瞬体が硬直したが、次に得た感触は「柔らかい」だった。
「よっろしくー!あたしの親友さん!」
ミナスと服装は変わらず、身長も少し高いようだが、所々が大人と相容れぬように成長している、セミロングの黒髪の少女だった。
「よ、よろしく」
頭が追い付いていなかったが、なんとなく挨拶はした。
「今日から飼われることになったミーです!よろしくー。わー、髪真っ白できれいだねー」
「……ありがと」
「飼われる」羽人には当たり前になってしまった言葉。
「ということは、ミーも整備士?」
「なんか違うっぽい。すぐにわかるんだってー。あ、そうだそうだ!あたし、えーとあなたの名前は……」
「ミナスだよ」
「あたし、ミナちゃんを工場の所まで連れてこいって言われてるんだった!早くいこいこー」
なすがままに腕を引っ張られ、ミナスが工場に着くと、奴隷達は全員、大体四十人ほどはミナスとミーを凝視していた。
『あー、わたくしはここの工場のオーナーであります』
鐘の音のような爆音で、高飛車な喋り声の放送が流れ始めた。
『あの事件を見た奴隷どもが、少女を見て発情してしまい、それがトリガーとなって溜まっていたストレスが爆発して、わたくしに反抗したのです!報告によればその少女はほとんど裸の格好だったらしいので、こちらに非があると思い、四十人の奴隷を始末するより、一人の羽人を捧げてしまえばいいと考えたわたくし、天才!しかも、一人だけじゃ壊れることは分かっているので、もう一人追加しておきました!なんて、やさしいわたくし!!』
ミナスの視線はあの看守長を探していたが、姿は見当たらなかった。
「あー、そういうことかー。だからあたし選ばれたのかーー」
隣でため息をついて、諦めたようにミーは奴隷達のもとへと歩き出したが、ミナスは後ろから抱きついた。
「簡単に自分を捨てちゃ駄目だよ……。ミーが傷ついたら産んでくれた親も悲しむ」
「やだなぁー、なに言ってんのー?最初にあたしを飼った人から男の醜いところぜーんぶ教えて貰ったからもう遅いし、あたしは親に売られたんだよ」
『奴隷ども棒立ちしてんじゃないよ!早くさっさと終わらせて、仕事に戻りなさいよ!羽人とヤるのが嫌なら人間の黒髪の方ですればいいでしょ!』
それを皮切りに奴隷達がミナスとミーに向かって走り出した。
『はー、やだやだ。こんな醜い所見たくないわ!さっさと終わらせてよね!ここの工場のカメラは今日一日、写さないでね、視界の片隅にも入れたくないわ』
ミナスの腕の中からミーが離れ、野生化した奴隷達のもとへと歩き出し、ミナスはその場に崩れ落ちた。
手足が震え、頭が真っ白になってもミナスは看守長を探し続ける。
「どうぞ、好きなようにあたしで遊んでください。ご主人様」
きっとミーは笑っているんだろう、そんな事を思いつつミナスの頭の中は恐怖で満たされた。
ミナスは目を閉じて、何度も看守長を呼んだ。
名前も知らない人の事を、呼び続けた。
「よっしゃあ!作戦一段階完了っすね!」
「うっせぇ!おいら達は、行動、言動は慎重にしろって言われてただろ!!!」
「あなたも十分五月蝿いです」
ミナスは混乱していた。何もかもが分からず、ミーも同じようだった。
「ごめんね、お嬢さん達を驚かせるようなことして。これは僕達が逃げ出す作戦でね」
金髪の一人の奴隷がミナスに手を貸して、ミナスを立ち上がらせた。
「これから地下街の外、いや、上を目指すんだ」
手を貸した奴隷は希望に満ちた瞳で、上に指差す。
「あのー、あたし達は利用されたってことでいいんですよねー」
「あぁ、本当にすまないね」
「それなら良かったー。裏切り者になったらあたし処罰で簡単に殺されるとこだったー」
「君はまだ幼いから、そういう言葉は似合わないよ」
奴隷が人差し指をミーの口に当てて、ウインクすると、ミーは「はーい」と一言だけだった。
「そろそろ行こうか。あまり長居はしない方がいいだろう」
金髪の奴隷は全員に声をかけ、外へと向かう扉に向かって歩き出した。
「あのー、ミーちゃんっすよね」
「そうだよー」
「お、おっぱい触らせてくれないっすか?」
「いいよー」
ミーは両手を上げて、無防備な体勢をとった。
「そ、それでは……つっ!」
「ばっきゃろ!!子供相手に発情してんじゃねぇ!」
「痛いっす!これのがしたらオレ童貞のままなんすよー!明日で三十路迎えて魔法使いの仲間入りなんていやっすー」
「おいらも童貞なんだ!我慢しろ!!」
「死ぬ前に一回!お願いっす!」
「そんなに童貞捨てたいなら、おいらで童貞卒業すっか!?」
「………………萎えたっす。……なんか父親が夜這いしてきたこと思い出したっす」
「あ、なんか、ごめ痛い!!」
「五月蝿いですから、ゴールデンボール握り潰してあげました」
金髪の奴隷が手のかかる子供の世話をするような表情をして、三人の会話に入り、中断させたその時、扉の近くにいた奴隷の一人が悲鳴をあげ、痛い痛い痛い痛い痛い、と叫びだした。
さっきまで緩んでいた糸がキリキリと張り詰められる。
「看守長の休暇の時にこの作戦を実行したようですが、甘すぎます。砂糖のように。そして、汚いです。ドブネズミのように」
「いや、仮の看守長がつくことぐらい想定内さ。作戦では君を倒して外に出ることになっている」
金髪の奴隷が、二メートルを越す刀を背中に携えた、二メートル三十センチはある看守長の前に出る。
「あぁ、甘いです。蜂蜜のようにシロップのように。それでは、あなたがたは死んでください。レッドジューストゥースのように!!」
「あー、最後の例えはわからないや」