この電話番号は……(後)
翌朝は生憎の曇り空で布団から出てくるのに非常に苦労した。昨晩、両親が寝静まってからこっそりと見たお宝ビデオでハッスルし過ぎたのも原因である。
あくびをかみ殺しながら、顔を洗い、歯磨きをして、髪型を整えてリビングへ。
コーヒーを飲みながらだらだらと、朝のニュースで昨日の続報が無いかと見守っていたが、遅刻ぎりぎりになっても話題には上らなかった。
「いってきます」
隣家を仰ぎ見る。いつも通りカーテンがきっちりと引かれ、中の様子は窺えない。
さて、どうする? 私は谷川家の玄関先で逡巡する。今を逃せば、次は放課後まで会えるタイミングが無い。やはり早めに接触した方がいいか……私はインターホンを押した。
ピンポーン……チャイムの音が空しく響いた。
人が出てくる気配はない。昨晩は結局、私が寝るまで隣家に灯りが点くことはなかった。もしかしたら、それからずっと無人なのかもしれない。だとしたら、こちらから接触を図る方法が無い。
近所で警察が張り込みとかしていないだろうかとキョロキョロ見回してみたが、そんな姿は見つからなかった。尤も、素人にばれるようじゃ意味がないだろう。
いつまでも彼女の玄関先でウロウロしているわけにもいかない。仕方なし、私はスマホでニュースサイトを開き、昨日学校の連中から貰ったメールを流し読みながら通学路を早足で歩いた。
教室に入っても、うちに来た連中は昨日のことをまったく話題にしなかった。普段から馬鹿にしか思えないような連中であるが、つけなければいけない分別ならちゃんとつけられるところは、やはり知能の高さが窺える。
と言うわけで、その日は専らエロ本の話をして過ごした。
昨日、没収されそうになった例のブツを、ようやく友人に押し付けることに成功したのだが、やはり呪いのアイテムを受け取って喜ぶ者など居るはずも無く、ドキドキ風船ゲームのように押し付け合いをしていたら、いつの間にやら教室内でバトルが始まった。
最終HRの時点で所持していた者の負けというルールが暗黙のうちに決められ、隙を見せれば机やカバンの中に放り込まれるそれに怯えながら、互いにけん制しあうクラスメートたちに囲まれ、放課後までギスギスしながら過ごした。
「ホームルーム始めるけど~」
だるい空気を漂わせ、出席簿で肩をとんとんしながら担任が教室に入ってくると、勝ち残った者たちが歓声を上げた。担任は突然の出来事に目を丸くしたが、大体いつもこんなものなので、すぐに普段どおりにホームルームを始めた。
「席につけー。プリントあるから前の奴取りに来い。来週はテストだからなー。今日から部活禁止だけど、図書館開放してるから、先生らに質問あったら行けー。でも俺のとこには、まあ、あれだよ、うん。はい日直」
「きりーつ」
だるだるの空気のまま、峠を攻める豆腐屋みたいなスピードでホームルームを終えた。前から回ってきたプリントは、週末の図書館開放と補講の案内だった。くしゃりと丸めてカバンに突っ込み、さっさと帰ろうと席を立つ。
すると、なにやらおかしな匂いをぷんぷんさせながら高尾がやってきた。
「富岳、帰るの? 一緒していいか」
「そりゃまあ……つか、なにその頭? 新手のギャグか?」
ホームルーム前までは普通だったはずだが、いつの間にやらポマードでギトギトにされた頭が、おぼっちゃま君のようになっている。
「いや別に。普段通りだろ?」
「…………?」
「おーい、富岳~。今日おまえんちで勉強会しないか」
高尾の様子を訝しく思っていると、穂高が声を掛けてきた。
「穂高か……なんでおまえ、ジャージなんか着てんの?」
「たまには、な」
穂高は学校指定とは違う、真っ白の新品ジャージを着ていた。群青色の詰襟の中で、この白いジャージはとても目立つ。運動部の要望で、学校指定だけでは困るからとの理由で、所持を認められているが、しかし彼は文科系クラブである。
「ちっ……その手があったか」
月山の声に振り返ると、
「ぎゃあ! お、お前、眉毛から血出てるぞ!」
「ん……まだ出てる?」
彼は手鏡を見ながら、眉毛をティッシュで押さえるように止血している。よく見たら、普段は九州男児のように太い眉毛が、細くきりりと整えられていた。
「止まったかな……なあ、今日おまえんち遊びに行っていいか? 勉強すんなら邪魔しないからよ」
谷川あさひは、昨日私の友達が来たせいで、用事を済ませることなく帰っていった。
従って、今日、私の家に再度訪れる可能性が高い。
目の前にいる知能指数の高いサルどもから、後ずさるように離れると、私は何も言わずに廊下を歩き出した。
当然のように後を着いて来るので歩く速度を速める。
テッテッテッテッ……
「にしても、今日も暑いな。曇ってるし、もうちょっと涼しくなっていいのに」
何食わぬ顔をして天気の話題などを振ってくるが、応えるつもりはまったく無い。小走りになって引き離す。
タッタッタッタッ!
「ジャージ着てるから動きやすいわあ。つい走りたくなるね。やっぱ男はこう、スポーティーでなくっちゃ」
しつこい……なりふり構っていられない。
ズダダダダダダダダッ!!
「富岳。学校の廊下は走っちゃいけない。小学校で習わなかったのか」
習ったからなんだと言うのか、私は更にスピードを上げるが、意に介さずに着いて来る友人らに辟易した。これでは埒が明かない。イラつきながら前方を見ると、掃除当番の下級生が石鹸水入りのバケツを抱えて歩いてくる。
「ちょっとそれ貸して?」
私は下級生からバケツをひったくり、ザバーっと床に全部ぶちまけ、昇降口に向かって猛ダッシュした。
「ぎゃあああ! なにしやがんだ、てめえ、富岳!!」
「おいっ! みんなそいつを止めろっ! 女だ! 女の匂いがぷんっぷんっするぞおおおお!!」
水浸しの床に足を取られ、すっ転んだ彼らは、怒りに任せてとんでもないことを喚きたて始めた。
「てめえら、このやろっ! 覚えてやがれよ」
野郎ども、友人を売りやがった……
周りが殺気立つ前にさっさとずらからねば命の保障が無い。私はスピードを上げると階段を一段抜かしで駆け下り、外履きを手に持ち、靴を履き替える暇を惜しんで上履きのまま校舎から飛び出した。
「裏切り者だッ! 裏切り者が逃げたぞ! 誰でも良い、富岳を止めろ!!」
校舎から声が聞こえる。一瞬振り返ると、3階から飛び降りようとでもしたのだろうか、ジャージを来たアホが窓にぶら下がっていた。あれは生活指導を食らうぞ、馬鹿め……ほくそ笑みつつ、全速力で校門へと向かう。
すると今日は部活なしの一斉下校であるためか、普段から渋滞しやすい場所であるとは言え、それに輪をかけて異様な数の人間が、校門で人だかりを作っていた。
ここで足止めを食らうわけにはいかない。私は無理を承知で、
「ちょっとちょっと! そこどいてっ! 急いでるんだ」
叫びながら校門に駆け寄っていくと、学生たちが「あ、本人来た……」と口々につぶやき、モーセのように人垣が割れた。
なんじゃらほい? なんか嫌な雰囲気だと思いはしたが、好都合なので気にせずそのまま駆け抜ける。そして校門から出ると、そこにまた小さな人だかりが出来ていて、その中心に居た人物を見て、私はすっ転びそうになった。
校門から出た先でガードマン2人と数人の学生達が、小柄な人影を取り囲んでいた。
紺のブレザーにえんじ色のネクタイ。どこにでもありそうな、有り触れたその制服を私は知っていた。毎朝、通学路で見かける、うちの近所の公立中学の制服である。
「先輩っ!」
人ごみから飛び出して、その小柄な人影が私に駆け寄ってきた。
「え…… マジで剱!? 剱なのか?」
本当なら知らん振りしてばっくれてしまうのが一番だったろう。
しかし、私はそのとき完全に余裕を失っていた。
いきなり学校の前で待ち伏せされて驚いたのも確かである。だがそれ以上に、
「おまえ、その髪どうしたの?」
昨日まで金髪に近い茶髪ロングだった剱の髪が、真っ黒になった上にばっさり切られていた。私はその事実に困惑しきりで、周りの様子に気づくのが遅れた。いつの間にやら追いついてきた月山たちも含め、全方位からオ・ト・モ・ダ・チの冷たい視線が突き刺さっていた。
だと言うのに、私は馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま、剱の続く言葉を漫然と聞いていた。
「ずっと勘違いしていたんです。先輩にボクの気持ちが伝わってるって。でも、昨日谷川さんに言われたんです。そうじゃなくって、格好が派手だから、真面目な人からするとからかってるようにしか思えないって」
「谷川に言われたって? なにそれ、どゆこと?」
「だからボクが本気だってこと、分かって欲しいんです」
「ちょっと待て、剱。話が飲み込めない」
「待ちません。だから髪も切りました。色も黒に戻しました。服装は……すぐにはどうしようもないけど、ちゃんと先輩のことを考えて独りよがりにならないようにしていきます。だから……ボクの本当の気持ちをちゃんと受け取ってください」
思わず聞き入ってしまいそうになるが、私はここにきてようやく回りの状況が見えてきた。背筋を何か冷たいものがゾクゾクと駆け上がっていく。
「先輩好きです。付き合っ……もがもが」
私は電光石火で剱に飛び掛ると、口を塞いで小脇に抱えた。
周囲には屈強なガードマン以下数十名からのモテない男たち。その全てが私を不倶戴天の敵のように睨みつけている。逃げ場はどこか。
「ヘイ、タクシー!」
私は彼女を抱えたまま車道に飛び出すと、通りかかったタクシーの前に躍り出た。歩道が駄目なら車道に逃げればいいじゃない。
キキキーっと盛大なブレーキ音を立てて、対向車線にはみ出したタクシーが止まった。映画の中の荒くれ者なら車窓から乗り出して怒鳴り散らしただろう。おまけにこちらは学生服だ。しかし気の毒な運転手は、え? ホントに乗るの? と言わんばかりの迷惑そうな顔をしながらも、大人しく後部座席のドアを開けてくれた。
私は剱を押し込むように車内に飛び込むと、、
「とりあえず、出してくださいGO! GO! GO!」
運転席をバンバン叩いて促すと、慌てたように車が急発進した。ぐいぐいと加速を続けるタクシーの慣性に引っ張られて、押し込んだ体勢そのままで剱に圧し掛かかってしまった。
「モガモガ……モガ!」
モダンガールのことではない。顔を真っ赤にして息苦しそうにしている彼女を、「あ、すまない」と謝りながら開放すと、非難がましい声が聞こえた。
「ひどいですよ、先輩。なんですかいきなり、どういうことですか!」
「どう言うことって、そりゃおまえ、こっちの台詞だ。どういうことしたか分かってんの? 俺、明日っから学校いけねえよ」
「もちろんです。だって、ああでもしないと先輩には、ボクの気持ちがちゃんと伝わるとは思えなかったんです」
「ちゃんと伝わるって……からかってんだろ?」
「だから! からかってません!」
「分かった! 分かった じゃあ……それは一先ず置いといて」
「置いとけませんよ! 半年ですよ半年! 半年も毎日のように先輩のこと、ずっと好きだ好きだと言い続けて、なのに全然先輩は信じてくれてなかったなんて、そんなの……がなじずぎる゛じゃないでづがあぁああぁぁ~~~……」
と言うと剱は突然泣き出した。顔をくちゃくちゃにして、普段の可愛らしさなど見る影も無いほど見事な号泣だった。
「わー! わー! ちょっ、勘弁! マジ勘弁。俺が悪かったから泣くな」
ちらりとバックミラーの中でタクシーの運ちゃんと視線が交錯する。大丈夫、慣れてまさあ、みたいな顔はやめてくれ。
私は剱をなだめ、どうにかこうにか落ち着かせると。
「いやまあ、確かに信じちゃいなかったけど。だっておまえ、別に俺じゃなくってもいいんじゃないの? 普通にモテるんだろ。ほら、服装とか化粧とかいろいろ凝ってたじゃん。なんか芸能活動とかもしてるんだろ? それってモテたいからだよな」
「……別にもてません。先輩以外にもてたいとも思いません」
「だからそれが分からないんだよ。おまえってさ、普通に可愛いじゃないか。男だってより取り見取りのはずだ。なのにわざわざ俺なんか選ばなくっても……」
「か、可愛い……ですかね。えへへ」
都合のいい言葉だけよく聞き取る耳である。勢いで言ってしまった言葉にがっついて来た。思わず赤面する。否定したいが、もう後には引けない。私は諦めてそのまま続けた。
「あーもう! 可愛いよ、可愛い。俺が女だった嫉妬するくらい可愛いよ!」
今度は剱の顔が真っ赤に染まった。なにこれ、凄い恥ずかしい。私は車から飛び降りてしまいそうなほど身悶えながら、どうにかこうにか続けた。
「だから分からないんだって! だって好きになる理由なんかないだろう!? なんで俺なんか好きになるのよ。そもそも、俺とお前にはなんの接点もない。学年が違う、学校も違う、共通点なんて何もないじゃん。わざわざ俺なんかを選ぶなんて、からかってるとしか思えない」
「……なんかじゃありませんよ」
一瞬、トーンが下がって、驚くほど真剣な瞳が語りかけてくる。
「先輩は、なんかじゃありません」
何故、私なんかをそんなに買っているのか。反論しようにも、その真剣な眼差しに押されて、何も言い返せない。
「それとも、ボクなんかじゃ、駄目ですか?」
そんなわけあるか。
おまえこそ、なんかじゃないではないか……
そういった言葉を飲み込んで、私は視線を逸らした。
「……わかったよ。考えとく」
信号待ちの交差点で、ウインカーの音がカチカチと規則正しく鳴っていた。
私の右ほほが、剱の視線に焼かれるように熱く、赤く染まっていくのが分かった。
息苦しさから逃れるように、窓の外を見やると、今にも振り出してきそうな空が黒く染まっている。
道行く人々が時折空を見上げ、足早に駅の方向へ駆けて行った。
「……ところで、そろそろ目的地を教えて欲しいんですけど、お客さん」
車内の気まずい沈黙の中で、駅周辺を三周もさせられた、タクシーの運ちゃんが滅茶苦茶困っていた。
駅前で降りて別れるつもりだったが、今にも振り出しそうな雲に追いやられ、しぶしぶ家までタクシーで帰ってきた。痛い出費であったが致し方ない。
剱が割り勘を申し出てきたがそれを断り、なおも食い下がる彼女に、
「昨日プレゼント貰ったし」
そう言うと、分かりやすいくらい感激していた。
以前ならいらっとする場面だったろう。その姿を快く思う自分の心境の変化に、複雑な思いが去来する。どこか、私の胸の大事な部分が、彼女にやられてしまったのかも知れない。
タクシーを降りると、そのまま乗ってけばいいのに、剱も一緒に降りてきた。
「それじゃ、先輩。また明日!」と言う彼女を呼びとめ、
「ちょい待ち、傘持ってけ……いや」言いかけ、「……あー、送ってこう」言い直す。
今にも振り出しそうなのだ。
傘くらいは貸すし、家が近いのだから、送ってくのも吝かでない。
全部、天気のせいなのだ。
だというのに、どうして彼女はそんな顔をしてしまうのか。
たかが私ごときに、ちょっと優しくされたくらいで、そんなにも喜びを表現できるのか。感心すると言うよりも、少し危うい気持ちになってしまう。ちょろすぎるんじゃないか? 剱さんよ。
私だったらそんな気持ちなどおくびにも出さず、クールにやり過ごすことが出来るのに……などと嘯き家へと足を向けるが、多分、私の動揺は誰の目にもバレバレだった。
何故なら、私の顔は真っ赤だった。目の前に佇む3人の赤鬼のように。
「……って。うわああああああああああああ!!!!」
「妬ましい妬ましい……嫉妬の炎が我が身を焼き尽くすほどに妬ましい。十万億土に送ってくれる!」
高尾(彼女居ない暦15年)が血涙を流しながら嗚咽した。
「頭のてっぺんから生皮をぴりぴり剥がして汚泥をぶち込んでやりたい。リア充、死すべし、慈悲は無い!」
穂高(彼女欲しい暦15年)の絶叫が大地を振るわせる。
「未来永劫、子々孫々まで呪ってくれる……我らの心の痛みを思い知れ! 物理的に!」
月山(このさい穴が空いてれば何でもいいや)が叫んだ。
殺される……慌てて逃げようとした私は、後ろにいた剱にぶつかりそうになり、それを避けようとしてサイドステップをしたせいで、あっさり取っ捕まった。
「うぽぽぽぽぽっ! うぽぽぽぽぽっ! う~っぽっぽ! う~っぽ!」
ネイティブアメリカンのような雄たけびをあげた三人に引きづられるように、私は自分の家の中庭に連行された。
「うわあ、なにをする! つか、なんでおまえらここいんだよ? いくらなんでも早過ぎんだろ」
「タクシーで逃げられたなら、タクシーで追いかければいいじゃない。いやあ、速攻おっかけたんだけど、おまえんち張ってても全然帰ってこないから、もしかして彼女の家にでもしけ込みやがったのかと思って、もう少しで放火するとこだったよ。よかった、帰ってきてくれて」
「彼女だなんて……えへ」
「マジで彼女じゃねえだろうが! 嬉しそうにすんな! って、あ、こらっ! い~だだだだだだ、いだいいだい!」
「先輩方、この男をどうぞお好きにしちゃってください」
「くっ許せねえ、許せねえ。目の前でいちゃつきやがって。万死に値する。諸君! 我が朋友、富岳三郎は死んだ! 今ここに居るのは一匹のリア充、人類の敵である!」
「殺せ!」
「死刑だ死刑だ! 八つ裂きじゃあ~!」
中庭に無造作に寝っ転がされた私を友人たちが容赦なく痛めつける。
「くたばれ! 万福丸にしてくれる!」
「いだだだだ!」
月山が私の左腕を思いっきり引っ張る。肩が抜けそうなほど痛い。
「この右手の恋人はもう要りませんよね。ふはははは、死ね死ね」
穂高が右腕を容赦なく痛めつける。捻りを加えられた攻撃に泣きそうになる。
「おまえだけは! おまえだけは、友達だと思ってたのに」
マジ泣きしながら高尾が私の右アキレス腱を極めた。
「痛い痛い! やめろ、やめて、マジ痛い!! ……って、なにやってんだ、剱こんちきしょう!」
剱がどさくさに紛れて私の左足を引っ張っていた。
「わー」
ぼろ雑巾のようになった私を地面に叩きつけて、4人はハイタッチしながら喜び合っていた。なんで剱まで竹馬の友みたいに加わっているのか。
「えーと、つい」
ついで売りやがったのか。やはり私はからかわれてるだけじゃないのか。
節々の痛みに耐える私を置き去りにして、鼻の下を伸ばしながら自己紹介をする友人たちと和気藹々としている彼女を、恨みがましく睨んでいたら月山が、
「なにあれ、滅茶苦茶可愛いよ。良さそうな子じゃないの。付き合っちゃうの?」
「……知るかっ」
「ふーん、まあ、他人の恋路なんざどうでもいいや。それよりおまえ、ちょっと気になってんだけどさ。昨日おまえの母ちゃんが、谷川あさひとお隣同士だって言ってたよな。そこのでかい家のことだと思ってたんだけど」
「だからなんだよ」
月山が私の背後、つまり谷川家を指差す。嫌みったらしいくらいにでかい家である。
「これ、どうなってんの?」
「どうなってるって……んんん?」
光の反射具合で、私はすぐに気づかなかったが良く見ると、いつもは全ての窓がきっちりカーテンで覆われてるはずなのに、今日はどの窓も中が丸見えになっている。それどころか、カーテンそれそのものがかかっていない。曇天の薄暗さの中で、まるで空き家のように見える。
バンッ!
私は体の痛みなど忘れ立ち上がり、ガラス窓に顔をぶつけるような勢いで中を覗きこんだ。吐息が窓を曇らせる。苛立たしげに手で拭い、ぼやけた視界の先には、空っぽの室内が浮かび上がった。
なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ?
「いつからだ!?」
「あん?」
背後から月山が近づいてくる。
「俺らが来たときにはもう、こうなってたぞ。いやさあ、別にちょっとくらい会えたらいいな的に思ってただけだから仕方ないけど、こりゃないわ。おまえ知らなかったの? 知ってたんなら教えてくれよ。お隣さんなんだろう」
知らなかった。
だって、昨日は普段どおりだったのだ。感じ悪いほどでっかい家には、いつものようにカーテンがかかっていて、夜も何度も確認した通り、別段変わった雰囲気は無かった。しかし、これはどういうことであろうか。昨日、私の家に口止めに来て、そして今日いなくなるなんて。まるで夜逃げのようではないか。
彼女はあの日、あの場所でなにをしていたのだろうか?
そして今日、なんでこんなに唐突に、姿を眩ますようなことをする?
前から決まっていたのなら、昨日我が家を訪れたとき、何故私に言わなかった?
薄暗い雲がいよいよ泣き出した。肩をぽつりぽつりと叩いて、徐々に雨脚を強めていく。私は動揺が隠し切れず、その家のどこかの窓が開いてないかと、ぐるぐるぐるぐる何週も回って確認した。
そうだ、携帯なら……何周も回ってから、ようやく思い立ってスマホを取り出す。
『この電話番号は、お客様のご希望により、おつなぎ出来ません』
しかし聞きなれないアナウンスが流れ、スマホを握る手がだらりと垂れた。
幼いころから見飽きた家は、今は別の顔をしている。
「おーい、そろそろ家に上げて欲しいんだけど」
カバンを傘代わりにした友人たちが、私に不満を投げかけた。
そんな無様な姿を一部始終、剱鈴はじっと見ていた。