一体どう言い訳をしよう(後)
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎつつ家の奥に声を掛けるが返事が無い。
母親はどうしたのだろうかと台所へ様子を見に行き、そのついでに冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを取り出し、コップに注ぐ。
パートの時間にはまだ早い。行き違いということは無いだろうと考えつつ、コップの中身を飲み干し、手洗いをしに洗面所へと向かうと、続きのトイレから母親がひょっこり出てきた。
「あら、帰ってたの。お客さん来てるわよ」
「知ってる」つい今しがた追い返したところだ。
「あ、そ。それならいいわ」
母は私を押しのけるように洗面台の前に陣取り、手を洗うとそのまま軽くメイクを始めた。そろそろ出かけるのだろう。
「飯は?」
「いつも通り、帰ってきたらね。それまで冷凍でも食べてて」
トイレへ向かうと、人が篭っていたせいで熱気がひどかった。一瞬入るのを躊躇するが、鏡に映った母親と目があってしまい、大人しく入ることにした。鼻をつまみながら用を足して外に出ると、パチンとファンデーションの蓋を閉じた母が、
「それじゃお母さんスーパー行って来るから。あんた、私がいないからって、女の子に悪さするんじゃないよ」
などと口走りながら、手の平をひらひらさせて出て行った。
悪さね……残念ながら私にそんな器用さは無い。
何も考えずに悪さが出来るような度胸があったなら、きっと剱とももっと上手くやれてるだろう。
剱鈴と出会ったのは去年の暮れのことだった。
クリスマス前の雰囲気に町中が浮かれ、独り身には辛い季節だった。
清開高校の駅前は地方都市のターミナルのせいもあって、一際騒がしい賑わいを見せており、あちらこちらで男子中学生には目の毒な光景が繰り広げられていた。
リア充爆発しろの怨嗟の声のなか、私は英単語帖を開いて、自分には関係ないという振りして駅前のベンチに腰掛け、内心では世間を呪った。
モテたい、女の子とイチャイチャしたい。そんなことを考えつつ、待ち合わせの相手(もちろん男だ)を待っていたとき、春の風のようにふんわりとした空気を纏って彼女は現れた。
「もし先輩と谷川先輩が付き合っていないのであれば――」
看板持ちのサンタクロースがヤケクソ気味にシャンシャン鐘を鳴らし、ストリートミュージシャンが甘ったるいバラードをがなり立てていた。
剱は正直ギャルっぽ過ぎるというネックはあったが「ボクは学校で二番目にもてる女の子ですよ」の言葉通り、10人いれば9人が振り返るような、快活で明るくて可愛らしい、いわゆるボクっこだった。しかしこれまた彼女の言うとおり、残念ながら決して一番にはなれなかった。
何故なら彼女の通う公立中学は、もしも私が受験をしなければ通うはずだった中学校、つまりは谷川あさひが在籍している学校であり、彼女がどんなに頑張ったところで、ろくすっぽ学校にもやってこない谷川と比べられ、常に二番手に甘んじる運命にあったのだ。
それが彼女にとってどれだけ苦痛であったかは知らない。
タレント養成所に通い、アイドルオーディションに応募し、履歴書を芸能プロダクションに送り、しなくてもいいダイエットを続け、服装と美容院に金をかけ、そんな彼女の真逆を行くお勉強くらいしか脳のない男にまで愛想を振りまいて、そうまでしても敵わない谷川あさひという目の上のたんこぶに、どれだけのコンプレックスを抱いたのかは分からない。
そしてさまざまな鬱憤が積もりに積もり、そのクリスマスに浮かれる街角で、剱は谷川に振られた殆どの男と同じように、私にちょっかいをかけてきたのだ。
「先輩がボクのことを選んでくれたら、きっと強くなれる気がするから」
そんなことを言われても、素直に喜べなどしない。
一体誰を見て人を好きになったと言うのか。
母の「いってきます」の声を見送ってから、カバンをリビングのソファにぶん投げる。とりあえず小腹が空いていたので、冷凍庫からハンバーガーを取り出しレンチンする。
バンズはふかふか具はぱさぱさのそれで空腹を満たしつつ、リビングの窓から隣家の様子を窺う。相変わらず全方位カーテンが閉められており、人の気配は感じられない。
さすがに今日中には谷川あさひと接触を持ちたいが……結局は直接訪ねていくか、電話をしてみるかしかないのであるが、なかなか踏ん切りがつかなかった。
ぐずぐず決めかねていると、ポケットのスマホがぶるぶる震えてメール着信。
『もうすぐ着く。今コンビニ。塾あるやつ帰った。何か買ってくか』
そういえば友達が遊びに来るのだった。
会いに行くとしても、こいつらが帰ってからにしよう、そうしよう……とヘタレまるだしで、缶コーラ片手に自室へそそくさ戻ることにする。
そして自分の部屋の襖を引いたら、谷川あさひがそこに居た。
「あ、どうも」
と無駄な会釈をしてから襖を閉めてまた開き、阿保みたいに二度見する。
ショーケースに陳列されたお菓子のように甘い香りが漂っている。
リビングから運び込まれたローテーブルの前に腰掛けて、こう暑いというのに閉め切った室内で汗一つかかずに、ベルガモットの香りを漂わせながら、谷川あさひが紅茶を優雅に飲んでいる。
私は咄嗟のことに何も言葉がでてこなかった。
彼女はそんな私の困惑を知ってか知らずか、冷たい視線で非難をする。
「かわいそう」
かわいそう?
「あんな言い方しなくても、いいじゃない」
何の話か……と言っても剱のことしかない。
「盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃないか」
まるで三流ドラマの脇役みたいな、間抜けな台詞しか出てこない。
ドキドキと心臓の鼓動がうるさいくらい自己主張する。一際冷たい汗が背筋を伝って落ちていった。
異空間にでも迷い込んでしまったのか? 室内を見回してみるが、確かにここは私の部屋である。
「いつまで、そこに立ってるつもり?」
彼女がこの部屋を訪れるのは、間違いなく数年ぶりのはずだった。しかし大聖堂の壁画から飛び出してきたかのように、そこに在るのが当然のような厳かな空気を纏って、ぴたりとその場にハマっていた。久しぶりに間近で見た彼女は、何をやっても様になる、どこか作り物めいた美しさを湛えており、妙なプレッシャーを感じさせる。
私はその場で入り口を背にして座った。
「……? そんなに離れて座らなくても」
「いや、よく考えると今この家には俺とおまえしか居ないからな。間違いがあってはいけない」
「そんな度胸あったかしら」
度胸が無いからここに居るんだろう。
「俺はまだ清い体で居たいんだよ」
谷川はくすくすと上品に笑った。
私の心臓は早鐘のように鳴っていた。
刑事といいこいつといい、まだ気持ちの整理がつかないと言うのに、向こうのほうからやってくるのはどうしてか。得体の知れない恐怖に見舞われ、私は冷や汗をかいていた。
「剱さんとは仲がいいの? 付き合ってるのかしら」
何故気にする。
「あいつが興味あるのはおまえだよ。俺はダシに使われてるだけだ」
「そう? 私には、彼女が本気のように思えるけれども」
「そんなわけあるか」
「剱さんのこと、好きではないの?」
聞き方がいやらしい。
「やめようぜ、そんなこと話しに来たわけじゃないんだろう」
「そうね。そうかも」
そう言って彼女はまた優雅に紅茶を飲み、
「あなたには、私が何をしにここへ来たのかが、分かっているみたいね」
まるで口紅をつけたかのように血色の良い唇が動いた。何しに来たって、
「昨夜の話をしに来たんだろう」
それ以外に何があると言うのか。まさか数年ぶりに旧交を温めに来たわけでもあるまい。
取りあえず、何から聞こうかと迷っていたら先を越された。
「ねえ、どうしてあなた、あんな場所に居たのかしら。周りには何も無いのに、おかしな話ね。私はとても不思議なの」
「それはこっちの台詞だろう。からかってるのか」
「からかってなんかいないわ」
そう言いながら実に楽しげな顔をしている。説得力はまったくない。
「……まあ確かに、夜遅く、あんな場所に居たのはお互い様かも知れない。しかし、状況が違うだろ。俺はあの近所をぷらぷらしていただけで、おまえはあの殺人のあったビルから出て来たんだ。そしてそれを、俺は目撃している。おまえは一体あそこで何をやっていたんだ?」
彼女はにやりと口元に笑みを浮かべ、まるで小さな子供のいたずらを見守る母親のような表情を見せた。その余裕のある態度にイラっとする。
「偶然よ。本当に偶然あそこを通りかかったの」
「その偶然通りかかった場所で、自分の元雇用主が殺されたのこともか」
「詳しいのね。でもそれなら、どうして私がその人を殺さなきゃいけなかったの」
「動機か……」
それが正解だとしたら、私は受け入れることが出来るのだろうか。
「被害者は立場を利用してタレント候補生に付きまとったり、所属タレントに手を出してたそうだな。金回りはいいが、何で金を稼いでいるか分からない。方々から恨みを買っていたとも言われてる。中々の好人物だったようだ」
かといって、他には思いつかない。
「ならば、おまえがもし何らかの脅迫を受けていたり、立場を利用して強引に関係を迫られていたとしたら……十分に動機になるんじゃないか」
「凄いのね。名探偵みたい」
谷川はきゃらきゃらと笑った。
「ねえ、三郎君。三郎君の頭の中で、私、あのおじさんにどんなことされちゃってるの?」
火が着いたかのように、私の顔が熱くなった。
下衆の勘ぐりもいいところだ。
だが……
いつの間にか空になったティーカップをソーサーに戻し、彼女は立ち上がることはせず、四つんばいになって近づいてきた。
「ねえ、三郎君。なんなら確かめてみたらどうかしら? 私の処女膜」
背後は開けっ放しの襖である。いつでも逃げ出す用意は出来ていた。
だが私は、彼女の上目遣いに射すくめられて、まったく動くことが出来なかった。
つつーっと、しなやかな指先が私の鳩尾に触れた。こそばゆい強さを維持したまま鎖骨の間を通りすぎて、首筋をなぞり、顎で止まった。
「ねえ、三郎君?」
吐息がかかりそうな距離に、反則なまでに美しい顔が近づいてくる。
腕が背中に回され、そっと抱きしめられた。
私の頬と彼女の頬が触れ合って、こそばゆい吐息が耳の産毛をくすぐった。
「もし、黙っててくれるなら……エッチしてもいいよ」
私は腰が抜けたように脱力し、腕の力だけで後ずさろうとした。しかし、背中に回された彼女の華奢な腕に阻まれ、その黒目がちの大きな瞳から逃れられなかった。
心臓に直接劇薬を打ち込まれたみたいに、ドキドキが止まらない。
耳の裏っ側がしゅわしゅわと痺れて、上手く物事を考えられなかった。
考えねばならないことは山ほどあるというのに、頭の中は、彼女に吐く息がかからないよう息を止めることと、昼間食べたうどんのことしかなかった。
骨抜きにされるとはこう言うことなんだろう。私は完全に彼女に屈服していた。
彼女の柔らかそうな唇が、ゆっくりと近づいてくる……
もしも、このとき、あと何かの一押しがあったなら……私はどうなってしまっていたか、想像もつかない。
しかし、そんな私を正気に戻したのは、友人たちのなんてことない阿呆な叫び声だったのである。
「と~みったっけくーーーん!! あっそびーましょ~~っ!!!」
能天気で人を不快にさせるダミ声が辺りにこだまする。
「おいっ! 富岳! 居るのは分かってんだ! 早くここを開けて、神妙にお縄を頂戴しろっ!」
「ひゃっはー! 今日がお前の命日だぜぇ~!」
「富岳~、来たぜ~! 早く開けないとご近所さんと顔を会わせられなくなるような、卑猥な言葉を全力で叫び続けるっ!」
「おちんぽっ! おちんぽおちんぽおちんぽっ!! おちんぽおちんぽおちんぽおちんぽおちんぽおちんぽ……」
「おい、やめろ!!!」
圧し掛かる谷川あさひを押し退けて、私は迷うことなく窓へ一直線へ向かい、外に居る馬鹿野郎どもに突っ込みを入れた。
「お、富岳、いたいた。さっさと玄関開けてくれよ~。いや~今日は、マジで暑いわあ。俺の腋臭がヨーグルト臭だぜ」
「俺の脇の下はピクルスっぽいぜ」
「俺も俺も」
開けたくねえ、心底開けたくねえ……返事しなければ良かったが、してしまったものは仕方ない。
「ちょっと待ってろ」
私はそう言ってから部屋を振り返る。谷川が苦笑いしながら立っていた。
「私は帰ったほうが良いかしら」
「そうしてくれ……あー、いや、玄関だとまずいな。リビングの窓から出てくれ、靴はあとで持ってくから、頼むよ」
「間男みたいね……この場合は間女って言うのかしら? 知ってる?」
「知るかっ。あとで広辞苑でも調べろ、ほら急げ」
彼女の背中を押して階段へと向かおうとすると、面倒なことに玄関の扉がガチャガチャ鳴った。
「……って、お? なんだよ、カギ開いてんじゃねえか。お邪魔しまーす」
「お邪魔しまーす! お母さんいないの? よしチャンスだ、富岳トイレ借りるぜー!」
「冷蔵庫こっちだっけ……げっ! クーラー点けてないの?」
我が物顔で家へ入ってきた友人たちに阻まれ、階下に下りる機会を失った私は、谷川の手首を引っ張って再度部屋へと戻ってきた。
「どうするの?」
襖を閉めて、どうやり過ごすか思案していると、
「富岳~? つか、あいつどうしたんだ、部屋かな」
誰かが上がってこようとしている。
私は咄嗟に押入れを開け、
「わっ! ちょっとちょっと!」
非難する彼女の声などお構いなしに、ぐいぐいと押し込み、襖を閉めた。
「お、部屋にいるじゃん。出てこないからどうしたのかと思ったよ。オナホでも洗ってたのか?」
「わーわーわー! 何を言い出すかなぁー、君はっ!?」
「なにって、こないだ話のネタにアマゾンで注文した、絶対にイカせる男タクヤ……ゴフぅっ……な゛、な゛に゛をずるぅう~……」
友人は私の一撃でくずおれ、泡を吹きながらのた打ち回っている。
「ちーっす、お邪魔しまーっす。おお、ここが富岳の部屋か……クンクン……あれ? なんかいい匂いしね?」
最近ちょっと気になってる男友達の家に始めて遊びに来た女友達みたいな野郎だ。
「紅茶の匂いだろ! 紅茶のっ! つか、おまえら何勝手に入ってきてんだ。とにかくあれだ、うちんちで騒ぐんじゃない。さっさと用事済ませに行くぞ、ほら」
「用事って、あー、エロ本の自販……ゥゴバフぅっ……な゛、な゛ぜ殴りゅ……」
「いいからほら、さっさと行くぞ」
「おいおい、外はすげえ暑かったんだぞ、ちょっとくらい休ませろよ」
「そんなことより無修正見ようぜ、無修正」
「あーもー! あーもー! わかった、分かったから取りあえずじゃあリビングに行こうか。俺の部屋じゃ狭いしよ」
「おー、そうしたいのは山々なんだが、メディアがさあ、USBスティックなんだわ。パソコンないと見れないし」
「って、おい、こらそこっ! 勝手にパソコン起動すんじゃねえ」
「さっきから何なんだ富岳。感じ悪くないか?」
「まあまあ、お宝見れば機嫌も直るよ。富岳に選ばせてやるからよ。スカッとするやつと、陵辱もんとどっちがいい? 富岳は妹属性だっけ。妹はスカッとするやつだな」
「選ばせる気まったく無えじゃねえか。つか、おい! 再生すんな」
私が止める間もなく、手馴れた手つきで友人はパソコンを操作した。24インチの画面いっぱいに、いきなり局部がドアップで映し出され、思わず仰け反る。
『らめぇ~! もう入らないよぉ~、出ちゃう、出ちゃうのぉ~!』
「ぶぅぅぅーーーっ!!! なんじゃこりゃあ!!」
「あ、これは俺がこないだ徹夜で編集した、オルガシーン集だった。てへっ」
「おまっ……なに可愛く凶悪なこと言ってんだよ。グッジョブ!」
「GJ!」「GJ!」
「あーもう、突っ込み切れねえ……」
私は観念し、もはや成り行きに任せるしかないと後頭部を掻き毟っていた。しかし、押入れの人物はそうもいかないようだった。
スパンッ!!
と大きく乾いた音を響かせて、押入れの襖が開かれた。
突然の出来事にその場にいる全員が虚を突かれて振り返り、そしてそこにいた人物を知って、更に混乱する羽目になった。
「え……なんで?」
誰からともなく呟きが漏れる。
本当になんでなんだろう。
『らめぇ! もうらめなのぉ~! 限界なのぉ! お兄ちゃんっ! イクイクイッちやう~~!!』
後で聞いた話だが、そのクライマックスシーンは中でも特にドギツイ場面であったらしい。
持ち主の弁では、私たちを驚かせようとの悪戯心から、わざといきなりそんなシーンをつなぎ合わせていたとのことだった。
汚物が噴水のようにぶちまけられ、何の心の準備もせずにいきなり見せられたら、胃袋の中身を全部さらけ出すこと請け合いだ。
てめえ、くだらねえことしやがってと、サンドバッグにしたが後の祭りである。
そのとき、私たちはいきなり開かれた押入れから出てきた人物に気を取られて、誰も画面なんざろくに見ちゃいなかった。
ぶりゅりゅりゅとか、ぶぴっぶぴっとか、ぷしゃあーーとか、ぶぼんばぼんっとか、聞いただけで鼻がひん曲がりそうな音が響く中、彼女は信号機のように顔色を変えて、唇をわななかせ、目を白黒させて、半泣きで、
「さよならっ!」
叫ぶように言い捨てると、私たちを掻き分けるようにして、脱兎のごとく逃げ去った。
「あっ! おいっ! ちょっと待っ……つぁあああっ!!!!」
私は追いかけようと立ち上がったが、運が悪いことに、普段は置いていないローテーブルに向こう脛をぶつけて、のた打ち回る羽目になった。
「おうっ! おうっ!」
とアシカのような声を上げながら、転がりながら窓辺へ向かうと、一目散に自分の家へと走り去る、彼女の後姿が見えた。
一体どう言い訳をしよう……いや、そもそも何を言い訳することがあるのか。こんな阿呆なシチュエーションでは、弁解するほどどつぼに嵌っていくに決まってる。
谷川あさひと次に出会うときのことを考え、げんなりしていると、視界の片隅を見覚えのある姿が横切った。
学校で会った飯豊刑事が、窓辺の私と目が会うと、バツが悪そうな顔をして、ぷいと背中を向けて去っていった。
一体どう言い訳をしよう……これこそ本当に一大事だ。彼女のあの様子から、ただの目撃者というわけにも行かなくなったかも知れない。もはや何も見なかったと、嘘をつき続けるのは難しい。
警察がらみでまた呼び出される前に、必ず谷川と話をつけるべきだ……そう決意し、窓に吹き寄せる夜風を浴びていると、ガシッと万力のような力で右肩が固められ、ぐぐぐいっと続けて左肩も押さえつけられた。
「富岳君、話を聞かせてもらおうか」
一体どう言い訳をしよう……ずるずると部屋の中へと引きづられながら、私はこれから始まるであろう苛烈な尋問に耐え切れるかどうか、我が身を憂えた。