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友達は大切にしなさい(後)

 体育館に戻るとただの屍のようになった参加者が壁にもたれて死んでいる中で、一人だけ元気に黙々と副会長が仕事をしていた。


「あら、いいですね」


 ドン引きしながら月山のことを話してみたら、二つ返事を返してきた。


「どうせ、イベントをダシにしたただの合コンですよ。参加者が増える分には一向に構いません。じゃなかったら、こんな人数に膨れ上がる前に門前払いしてますって。その点は赤石さんにもお伝えしておいたはずですが」


 会長のほうを振り返ったら、あさっての方を向いていた。


「それより、どのくらいの規模の小屋が借りられるのかが気になりますね」

「えーっと、まだ借りられると決まったわけじゃなくて、これから当てはないかと聞いてみるつもりなんですけど……」

「あら、そうでしたか。それじゃ直接交渉させてもらっても構いませんか。一応、私のほうでも何件か目星はつけておいたんです。お話をつき合わせてみましょう」


 流石、仕事が出来る女。私の心配などまったくのお門違いのようだった。振り返って会長を見る。端っこの方で正座しながら追試験の勉強をしていた。


 メールは長くなりそうだったので、月山に直接電話を入れる。


『武道館だって借りてやるよ!』


 ハンズフリーにしているわけではないが、副会長にも聞こえたらしく、若干引いていた。きっと目の前にいたら罵倒されているに違いない。


 女を紹介して貰えるということが、彼にとってどれほどのプライオリティを持っているか知らないが、あまりのハイテンションに、


「分かったわかった。喜んでくれたのはよく分かったが、知らない連中のなかに混ざるのは問題ないのか」


 私なら、そんなの嫌だけどなと伝えると、


『知ってる女が居ればそっち行くわっ』


 と、当然のことを返してきた。ごもっともである。


 清開高校は男子校にはありがちな他校との交流も無いので、女子と知り合うには塾でナンパするか街でナンパするか、友達の友達を紹介してもらうしか方法が無いのだ。今回を逃したら灰色の高校生活まっしぐらだ、と月山は力説した……別に参加したからって彼女が絶対出来るってわけでもないのだが……まあ、チャンスくらいはあるだろう。


「差し支えなければ、電話代わりましょうか?」


 イベントの詳細をすべて把握しているのは副会長だから、私が間に挟まるより、月山と直接話してくれたほうが分かりやすい。そうした方がいいかなと思ったが、


『この後、用事ないなら連れてくれば? 今日はバイト入るんだろ』


 と、受話器の向こうから月山が言う。まあ、確かに、知らない人間と電話越しに話すのもなんである。構いませんか? と背後を振り返り訪ねると、OKが出た。


「じゃあ、連れてくから、席用意しといてよ……あと、眉毛は剃るなよ」

『……何故分かった』


 わからいでか。


 また流血沙汰に陥っても困るので口を酸っぱくして言い含めておいた。


 

 イベントの準備もある程度終え、終業時刻近くになって準備委員会は解散となった。私のバイト先に行くと知って、何人か着いて来たそうにしていたが無視を決め込み、副会長と並んで外へ出た。


 会長が当たり前のように着いてくる。


「影法師が親子連れみたいですね」「そうですね、お母さん」


 などとやりとりしていたら、ぶち切れていた。


 喫茶ルナマウンテンに友人知人を連れてくるのは初めてで、珍しく思ったのか、店主(マスター)である月山の親父が、わざわざカウンターから出てきて挨拶を始めた。流石に親子であるのかお調子者で、デレデレした笑顔を見せながら、私のことは息子のように思っている、仲良くして欲しいなどと臆面も無く言う。愛想笑いを引きつらせながら、奥に居た月山を手招きすると、軽く紹介し合ってから、席に案内してくれるように頼み、私は制服を着替えにバックヤードへ移動する。


 カラーシャツにロングエプロンを着けて、フロアに出る。奥のリザーブ席に月山達3人を見つけ、手を上げて応えると、店主(マスター)が指を三本立てながら、まだ30分くらい入らなくてもいいよ、と言うのでお言葉に甘える。


 ついさっき、どこかで見たようなデレッデレのいい笑顔で迎えられ、こいつはもしや私を顔面神経痛にでもしたいのかと真剣に悩んだが、思いの外まともに受け答えする月山に感心しつつ、


「もっとしどろもどろになるかセクハラにでも走るかと思った」

「阿呆、そんなんで商店街のマダムを相手できるか。場数が違うのだよ、場数が」


 などと言いながら、熱心に大沢副会長にだけ話しかけていた。


「富岳、あたしこいつが気に食わないわ」


 出会いがしらにうっかりロリっ子会長と呼ばれた赤石会長が、不倶戴天の敵でも見るかのように、月山を睨みつけていた。露骨に差別する奴だなと呆れつつ、さっさと話し合おうぜと会話を向けると、


「ああ、それならもう決まった」

「なんですと?」


 ここに着て5分も経たずにあっさり決まったらしい。


「いや、学校行事の打ち上げって言うから、てっきり放課後なんだと思ってたら、翌朝の片付けのあと、昼間にやるんだってな。だったらここしかないっての知ってるよ」

「どこだよ」

「上ヶ原のライブハウス。知り合いがやってんだけど、夜から営業だから、言えば昼間は好きに使わせてくれるんだ。100人収容で、もちろんタダ。17時までに掃除も含めて綺麗に撤収しないとだけどな」


 そんな知り合いまで居たのかと、顔の広さに舌を巻いた。タダと言うことで、副会長は即決したらしい。


「それに、そっちの軽音部だかバンドだかが本番で演るんだろ? じゃあ打ち上げも連れてこいよ。体育館より楽しいぜ」


 なるほど、それはいいアイディアである。と言うわけで、あっさりと会場は決まってしまった。何しに連れてきたのかなと思いつつ、サービスで出してくれたフライドポテトを齧りつつ、4人で適当に会話を続ける。思っていた以上に社交的だった月山が話を上手いこと盛り上げるので、会長たちは帰る切っ掛けもなく、だらだらと店に居続けた。その内、私は仕事に入り、3人になっても会話は続き、何を話しているのだろうとやきもきしながら仕事をしていると、9時半には、


「もう遅いから、送っていってあげなさい」


 と店主に促されて、その日は早いが仕事を終えた。


 着替えをしてフロアに戻ってくると、月山の声が聞こえる。


「あいつ、勉強ばっかしてませんか」

「勉強ばっかしてるわよ。常に満点なんじゃない。学年関係なしになんでも出来るし、どういう頭してるのかしら」

「いや、そういうんじゃないんですけどね。難しいな。あいつがおかしな点数取ったら何かあったと思ってください。例えばいきなり赤点取ったり、逆に全国模試で1位になったり」

「……全国模試?」

「あいつ何かあると気が触れたみたいに勉強し出すんですよ。そんな兆候あったりしたら、ちょっと気にかけてやってください。基本的には無害な奴なんですけどね、そういう時は、わけのわからないことやらかすから」

「そ。分かったわ」


 親子揃ってお節介だなと思いつつ、出て行く切っ掛けを失って、私は一旦バックヤードへと戻った。何食わぬ顔をして改めて出て行き、その日は二人の女性を送ってから家に帰った。


 

 クリスマス会本番翌日、前日の片づけを済ませてから出席者を募り、私たちは打ち上げへと繰り出した。本番も任意参加であったが100名を越す出席者を集め、文化祭など演奏する場所を常に求めている軽音部や野良バンドが会を盛り上げ、クリスマス会はまずまずの成功に終わった。


 そのままの勢いで出席者を募るから、どれだけの人数が集まるだろうかと冷や冷やしたが、本番翌日でクールダウンされていたことと、片づけをやりたくない連中が来ないので良い感じに人数が絞れた。男女比は半々で軽音部を含むバンドメンバーが中心だった。


 本来ならこの時点でお役御免だったが、月山に会場提供を依頼した手前サボるわけにもいかず、和気藹々と盛り上がる面子の後ろからトボトボとくっついていった。正直ちょっと気分が重い。多分、盛り上がり方は本番の方が上だろうが、一仕事を終えての連帯感みたいなものが場に充満していて、それに中てられた格好だ。


「ライブハウスって耳栓つけてても良いんでしょうか」


 私と同類の副会長が横に並ぶ。性格がまともなら、多分会長をやってるのはこっちだったに違いない。その会長は先頭集団の中心で参加者たちに弄られながらギャーギャー大騒ぎしていた。道行く人々が振り返る。


「……ちょっと、しばいて来ますね」

「やめときなさいよ」


 副会長の手を引っ張って戻す。少々潔癖な気があるのか、こういった第一次接触も彼女は嫌った。むっとした顔に気圧される。


「耳栓つけてる人は結構居ますよ。て言うか、アンプの前とかは付けてないと軽く死ねます。耳のダメージ緩和になりますし、下手な雑音も拾わないで済むから。プレイヤーでも付けてる人いますね」

「詳しいんですか?」

「いや、それほどでも。昔、知り合いにバンドやろうぜって誘われて……って」


 目的のライブハウスに到着する。入り口に月山が案内のために立っており、私を見つけて手を振った。会長たちがきゃいきゃい騒ぎながら、その狭い入り口から伸びる階段を下りていく。地下へ下りる階段の天井や壁は一面に、おそらくそこのライブハウスを利用しているバンドの広告チラシが貼り付けられていたのだが、その中の一枚に見覚えのある顔を見つけて、私は思わず脱力した。


 二人のアホっぽい顔をした馬鹿が見える。


 一人はお坊ちゃまくんのような髪型で、もう一人は少ない髪の毛を無理矢理両サイドで括っている。その名も『真のボーカリスト集団ツインテール』。端っこの方に小さくボーカル募集と書かれていた。


 これは、あれか。あのアホどもか……こめかみに指をやって、難しい顔をしている私を見て、副会長が、


「どうかしましたか?」

「いや、その……」


 私が返事をする前に、唐突に足にかかる重力が薄れて、腰からしたがストンと落っこちた。実に見事な膝カックンである。私は地べたに手を突きながら背後を振り返った。


「妬ましい、妬ましい! なんでいつ見ても女連れでいやがるんだ、こんちくしょう」

「……高尾か?」


 ゴチンッ! と音を立てて、頭が揺れた。強烈な痛みに目がしばしばする。


「リア充……死すべし、慈悲は無い!」

「てめえ……穂高」


 エレキギターで強かに打たれた頭をさすりながら立ち上がる。状況が分からない副会長が距離を取りながら、何か武器がないかとカバンの中をまさぐっていた。月山が近づいてくる。


「その辺にしとけよ、半年ぶりなんだし」


 私たち三人は見つめあった。


 春先に私が転校して以来、二人と会うのはこれが初めてだった。


 かつてはどんな風に会話を交わしていただろうか、上手く思い出せない。


 なんだか、照れくさいやら気まずいやらで、いまいち距離感が掴めない。


「バンド、マジで始めちゃったの?」

「やるっつったからにはやるだろう。一人だけ逃げやがって」

「いや、俺クビになったじゃん」


 かつて、女にもてたいがためにバンドをやろうと言い出した月山らは、真のボーカリストを決めるためにカラオケ屋へと向かった。それまではいい。結局その日は決着が着かず、後になって、何故か私も巻き込んでのサバイバルとなった。決着方法は至ってシンプルかつ曖昧で、とにかくカラオケで歌って一番上手いやつがボーカル、というルールがあってないようなものであったため、当然のように何度歌っても決着などつかず、その内、最後まで声を出して歌えたやつが真のボーカルというルールに変わり、それさえも無駄と分かった私たちはついに機械採点に決着を委ねた。


 ところが、これが図ったように同点だったのである。ここまで続けたからには後には退けない。進退窮まった私たちは、もうやめたいとの倦怠ムードが流れる中、ひたすらに歌い続けていたのだが……その時、よっぽど疲れで頭がいかれていたのだろう穂高が、曲の間奏部分で唐突に狂ったようにエアギターを演りはじめた。


 疲れがピークに達していたイケないテンションのままで、私たちはそれに応じた。高尾が吼え、穂高が歌い、月山が飛び跳ね、私ががむしゃらにかき鳴らす。シンクロニシティを得た私たちはアヴァロンのゲートを開き、そこに新たなる境地を確立した。延長の電話を取らないでいる不届き者たちの様子を見に来た店員がドン引きしているなか、私たちは一心不乱に曲目を演じ切り、ハイタッチを交わすのだった。翌日、筋肉痛で身動きが取れなくなるとも知らずに。


 その後、その時のパフォーマンスに気を良くした高尾が中心となって、私たちは学祭に向けて本格的なエアバンド練習を始めた。咀嚼(そしゃく)した口の中身を見せ合うという我慢大会に勝利した穂高が「ツインテールとか好きだから」という理由でバンドを命名し、よせばいいのに学園祭で本当に私たちはデビューした。


 その圧倒的に馬鹿馬鹿しいパフォーマンスは、あらゆる意味で話題になった。聞くところによると、その日たまたま懐かしさに訪れていた、歴代の卒業生たちにも名が轟いているとのこと。


 そのバンドがまだ続いていたらしい。リア充死ねの怨嗟の声の中、まず私が省られ、家の手伝いとかあるし……という理由で月山が抜けたが、一度味をしめた二人は、その魅力に取り付かれたようにパフォーマンスをする場所を求め、外部の人員を募集し、本格的にギターも始めて、こうしてライブハウスで演じるようにまでなってしまったようだ。


「俺たちこれでもこの界隈では、知らなければ良かったバンド三傑、って言われて結構有名なんだぜ」

「知らなければ良かったよ」

「まあ、そんなわけで、今日はよろしくな」

「ああ、こっちこそ。わざわざ悪いな、うちの学校の打ち上げ盛り上げに来てくれて。あとで仲良い女の子を紹介してやるよ。まあ、一人も居ないんだけどな」

「なにを言ってるんだおまえは」

「ん?」

「場を盛り上げるのは、もちろんおまえに決まってるだろう」

「はあ?」


 階段を下りると小さな鉄扉が開いており、正面にクロークがあって左手に通路が続いていた。その通路の左手にドレッサールーム、いわゆる楽屋があり、正面にドリンクカウンターが見える。会場はその脇に広がっている。カウンターの中に立っているのは、なんと月山の親父、ルナマウンテンの店主で、私を見つけるとにやりと笑ってサムズアップしてきた。


 何やってんだ、この親父、と思って見ていると、ぐいっと引っ張られて楽屋に連れ込まれる。


「どうもー、今日はよろしくー」


 などと慣れた調子で高尾と穂高が私たちの学校のバンドと挨拶を交わしている。


 本当にそこそこ名前が通っているらしく、我が校のとあるバンドメンバーが、私と彼らの関係をしきりに気にしていた。


 楽屋の袖からのぞくステージから声が聞こえる。


「どもー。ツインテールです。今日は無理言って参加しちゃってごめんね。俺たちのこと知ってるー?」


 知ってるとか知らないとか声が聞こえる。へえ、手馴れたもんだなと感心しながら見ていると、いきなり月山にドンと背中を押されてステージに上げられた。


「おいっ! ちょっとちょっと!」


 構わずMCが続けられる。


「今日はいつものメンバーじゃなくってね、ドラムとベースは居ないんだけど、代わりに懐かしいメンバーを紹介します。俺たちのバンドのオリジナルメンバーで、富岳」


 ステージ中央でたたらを踏んで止まると、その場に集まった人たち全員の視線が突き刺さる。まるで意外なものを見たと言わんばかりの好奇の視線と、なにやってんだこいつと言った驚きの表情。わけもわからず爆笑する者。ひゅーひゅーと声を上げる者。誰もがお調子者になって、何かをやってくれると期待する目で私たちを見上げている。


 ああ、この目はいつかどこかで見たことがある。


 続いて月山が紹介されて、いつの間にやらスタンバっていた彼が、後ろのほうでシンセサイザーに繋がったキーボードを弄っていた。


「そんじゃ、一曲目いきまーす」


 軽い調子で始まったイントロは次第に熱さを増していき、重厚で圧倒的なグルーヴが辺りを支配しはじめた。客席の笑い声はもう聞こえない。中央で、女子連中に囲まれた会長が目を丸くしていた。一番奥のほうで耳を塞ぎながら、愛想笑いをした副会長が私に手を振った。


 ツインテールにリボンを付けた、明らかにアホにしか見えない穂高が正確にリフを繰り返しながら私に視線を投げかける。たった一年でこんなに上手くなったのかと舌を巻いていると、尻を蹴り上げられ、ポマードでギトギトになった高尾が早くやれよと顎をしゃくって促した。


 ああ、そうか。


 何か頭の中で錆付いていたネジが、クルクル回転して外れてしまったかのような気がする。


 何か大切なものが、ストンと臓腑に落ちてきた、そんな感覚を感じる。


 私たちはいつもこうだった。


 誰かがボケたら、そばにいる誰かが脳天唐竹割りを食らわせてやり、誰かがジャーマンスープレックスをすれば、三沢ばりの受身を取って悶絶する。


 モテたいモテたいと嘆くくせに、決してモテるような行為はせず、その場のノリと勢いと、馬鹿さ加減を大事にして、人生を無駄に浪費するような、猥雑で稚拙な青春を繰り広げていたはずだ。


 いつ以来だろう、こんな気持ちは。これが半年振りに会話を交わしたばかりの友達とやるようなことなのだろうか。私たちは、まるで生まれたときからずっと一緒に育った兄弟のように、あらかじめ決められたパズルのピースのように、そこにぴたりとハマるのを感じていた。


 ズシっと、肩に重さが感じられた。


 そこには見えないギターが掛けられていた。


 私は懐かしいそれを手にすると、周りの景色を全て消して、つまらない自分をかなぐり捨てて、一心不乱にかき鳴らした。


「聞いてください、『僕はロリコン』!!」



 演奏を終えて次のバンドに繋いだ私たちに、寄ってくる女の子など一人も居なかった。私たちはゲラゲラと笑いながら旧交を温め、会場の隅っこの方を陣取って、この半年間のことを語り合った。


 時折、北高の男子生徒がやって来て挨拶を交わし、私を見て愛好を崩した。「富岳君ってあんな面白いとは思わなかったよ」と言って去っていった。どうしようもなくこそばゆくて、どうしようもなく嬉しかった。そういえば敬称も君付けである。ジャニーズで言うところのさん付けだ。


 打ち上げは、バンド演奏と時折発生した告白イベントで大いに盛り上がり、成功裏のうちに幕を閉じた。辺りはもう暗くなっていたが17時撤収なので、まだ宵の口、英語の直訳風に言えば夜は若い。二次会の参加者を募る輪と、そのまま帰る輪と、そしてカップルが成立して、二人だけの世界を作っている衛星がふよふよと道端を占拠していた。


 私たちが地下に居る間に一雨あったのか、クリスマスイルミネーションに彩られた町並みがキラキラと美しく輝いている。何かが起こりそうなそんな予感を感じさせる。


 私が歌って以降、露骨に距離を取り出した会長が、


「生徒会の方で帰りにどっか寄ってくけど、あんたは来ないわよね」


 と言って手をヒラヒラさせて去っていった。


 私は月山たちと4人で高揚した気分のまま、町へ繰り出した。


「メリークリスマス!」「メリークリスマス!!」「メリーって誰だよ」「知らねえ。大乗仏教のお偉いさんかなんかじゃねえの」「メリー苦しめ!」「くたばれメリー!」


 一滴も飲んでいないのに、酔っ払いよりも酔っ払いらしく千鳥足で歩んだ。道行くカップルが迷惑そうに睨んできたが、知ったことではない。


 私たちは半年の溝を埋めるように馬鹿なことをやりあい、聖夜に浮かれる町を冷やかして回った。カラオケ屋に行き、マックで駄弁り、駅の向こうのソープランドの前で、学校は違うけど卒業するときは一緒だぜと、固く誓い合った。


 底冷えのするほど寒い北風が吹きつけ、終電間際になってようやく友達と別れた私は、最寄の駅へと帰ってきた。駅から徒歩15分と、時を駆けそうな長い坂が待っている。


『友達は大切にしなさい。それはあなたの人生そのものよ』


 会長の言葉を思い出して、ちょっと笑った。


 確かにその通りかも知れない。この半年間、果たして私は人生を歩んでいたと言えるだろうか。


 坂の上から冷たい風が吹き降ろしてくる。私は肩を竦めてコートの前を閉じた。運ぶ足取りはとても軽い。鼻歌交じりに坂を上がっていると、前を行くOLらしき姉さんが足を速めた。失礼なやつめと天を仰いだら、ぽつり、ぽつりと、白いものが降りてきた。


「ホワイトクリスマスかよ。独り者に優しくねえな……」


 などと呟き、くつくつと忍び笑いを漏らした。心の底まで凍えてしまう前にさっさと家に帰ろうぜなどと、格好付けながら歩を進めると……


 坂の上の街灯に照らされた剱鈴(つるぎりん)が、じっと孤独に佇んでいた。


 その姿に不意を撃たれた私はその場で固まった。


 懐かしい友達と、懐かしい馬鹿をやった帰りである。まるで過去に迷い込んでしまったような錯覚に襲われて、くらくらと眩暈がするように視界が揺れた。


 あと一瞬発見が遅れたら。街灯に照らされた私の姿を見つけられたかも知れない。


 もう半年も経っていると言うのに。


 私が一方的に悪いと言うのに。


 彼女の最近の活躍からすれば、もう恋なんてしている場合ではないはずだ。だと言うのに、彼女のあの熱意は一体なんなんだ。


 しんしんと雪が降り頻る。


 彼女の髪に当たって吸い込まれるように消えていく。


 相変わらずセンスのない真っ赤なピーコートの襟を立てて、いつからそこに佇んでいたのか知れないほど、真っ赤になった手を白い吐息で温めながら、きっとそれは、私にあてたプレゼントか何かであろう、クリスマスカラーの包みを慈しむように抱え込んでいた。


 半年振りに見た彼女の横顔は、かつて一緒に居たあの頃よりも、ずっと大人びて見えた。


 私は発作的に駆け寄りたい衝動に駆られた。けれど体が痺れたように動かない。


 酸素不足に喘ぐ金魚のように口をぱくぱくさせて、私はどうにか彼女を呼ぶ声を飲み込むと、彼女から遠ざかるために、くるりと背後を振り返った。


「良かった。君が約束を守ってくれて」


 いつか見た男が立っていた。相変わらず、背筋をピンと伸ばして、皺一つ無い高そうなスーツを着て。


「すぐに連れて帰りますから」


 慇懃なお辞儀は、まるで日本舞踊か何かのように様になっていた。だと言うのに、私の心に鋭利な刃物のようになって突き刺さった。


 私は何も言わずにその横を通り過ぎると、徐々に足を速め、やがて全力で駆け出した。


 町を見下ろす高台からは、旧都と新都を繋ぐ高速道路の赤いテールランプの川が見えた。その向こう側は雑居ビルが並んでおり、一際でかい看板には、谷川あさひの顔がこれみよがしに掛けられている。


 かつては清涼飲料水の宣伝看板だったそれは季節が変わり、別の誰かに代わるだろうと思いきや、また谷川あさひの姿を掲げた。その次の季節も。その次も。


 季節ごとに変わる看板が、長い坂を上り下りする私を毎日じっと見つめていた。


 家主の居なくなり、表札だけが残された空き家が、私の記憶を刺激した。


 もしも……もしもあの時、あいつがあんなことを言い出しさえしなければ……あいつさえ、あんなことを言わなければ……


 形容しがたい苦痛が行き場を失って、私の胸を痛めつけた。私はそれから逃れようと、その矛先を別ベクトルへと向けた。誰かのせいにしてしまえば楽なのだ。それが最低の行為だと分かっていても。


 私は思い出していた。


 それは一年前の事件ではなく、半年前の別れでもなく、私と彼女の関係を決定的にした、とある家庭の、とても胸糞の悪い話である。


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本作が映画になりました。詳しくは下記サイトにて。2月10日公開予定。
映画「正しいアイコラの作り方」公式サイト
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