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友達は大切にしなさい(前)

 切っ掛けは鼻毛カッターのカタログモデルだった。


 電動歯ブラシみたいな器具を鼻の穴に突っ込んだ剱鈴(つるぎりん)が、ドヤ顔で「キレテナーイ」とマンガのように吹き出しをあてられた写真は、私の腹筋を六つに割った。滂沱(ぼうだ)の涙を垂れ流しながら呼吸困難に苦しむ私に、彼女はプリプリ怒って宣言した。


「絶対ビッグになってやる!」

 

 中学三年の夏休み、谷川あさひが姿を消して、私が事件のことを思い出さなくなった頃、私の周囲は両親の離婚に端を発する破滅へと静かに転げ落ち、対照的に剱は成功の道をゆっくり登り始めていた。




 夏休みの補習明け、盆休みに帰省するという友達連中と比べて私は大層暇であった。両親の実家はともに近県で、おまけに二人とも一人っ子の核家族、盆休みと言っても日帰りで車を出せばそれで双方の家族の行事は済んでしまう、といったようなものだった。


 従って、急に暇を持て余すようになった私であったが……リビングでアイスキャンディーを片手にぼんやりと外を眺めていると、大抵昼過ぎにはひらひらと視界の片隅でスカートが揺れて、ちらりちらりと剱の大きな瞳が私の家の様子を窺う光景が見えるようになった。


 レースのカーテン越しでは私の姿が見えないのか、二階の私の部屋を見上げながら、あーでもないこーでもないと何やらを思案し、不審者のごとく私の家のまわりをうろちょろするのである。


 剱は学校に押しかけてくるアグレッシブさを持っていながら、私の家に来るのは妙に嫌がった。もちろん、私から、家に寄っていかないか? などと言ったちゃらい台詞が出るわけも無く、大概は彼女のことを送り届けてから自分の家に帰っていたので気づかなかったが、夏休みも中盤に差し掛かり、こうして剱が私の家までこそこそとやって来るようになってから、初めてそれに気がついた。


 尤も、だからと言って、まだ付き合ってるわけでもない彼女を母親に紹介するのも恥ずかしく、それなら両親の留守中に招き入れるかと言えばそんな度胸も無く、私はそんな彼女の奇行を気づかないふりをしてスルーした。レース越しに私を探す彼女の姿を、嬉しく思う反面、照れくさかったからかも知れない。


 ともあれ、彼女がやってくると私はなんやかや理由をつけて外出し、そして彼女との逢瀬を続けた。道を歩けば谷川あさひにぶつかる夏。私は彼女の隣に居た。友達以上恋人未満の夏だった。



 剱に仕事が入りだしたのはその頃からだった。小さなモデル事務所に登録だけして、特に活動をしていなかった彼女だったから、例の事件後の谷川の餞別で、髪の毛をばっさりやってしまったので、事務所に謝るついでにやめようと思っていた。ところが逆に説得されて残ることになったらしい。新しく作った宣伝材料用写真(せんざいしゃしん)の出来に、事務所の人がやる気を出したみたいだった。


「そう言えば、おまえは何であんな活動してるの?」


 と、一度疑問に思って聞いたことがあった。


「えーっと、まあ、いいじゃないですか。あはは」


 と言う目が泳いでいた。剱はちゃらい格好をして、ちゃらい言葉で喋ったが、実際に付き合ってみると、実はちゃらい事にはまるで興味が無さそうだった。彼女はしどろもどろになって答えをぼやかしたが、恐らくは中学デビューの聞きかじりだったのだろうと私は思う。


 それを裏付けるかのように、彼女はとにかくセンスが壊滅的だった。初めて出会ったときなどは、茶髪ロンゲにデーハーな服を着て、ナチュラルメイクとか言う名のおばさんメイクをして、ギャルと言うよりもマサイの英雄のようにしか思えない出で立ちで、そのくせクネクネと科を作って、先輩好きですと来たものだから、聞き間違えを疑う前に、まずカメラを探した私を一体誰が責められよう。


 とにかく彼女の着る服はセンスが悪く、簡単に言ってしまえば、街角のナンパ待ち少女のような、普通の男はお近づきになりたくないような、そんな感じだった。


 髪を切った今でも、制服を着ていればえも言われぬ美少女であるというのに、私服に着替えるととんちんかんで、なにやら洋服だけが浮いている。服を着ていると言うよりも、西洋の甲冑を着ているような、ギクシャクした感じがする……なんでなんだろう? と常々疑問に思っていたが、あるとき、彼女とブティックめぐりをしたときにその理由が分かった。


 ある日、二人で入ったブティックで洋服を試着した剱は、入り口に置いてあったマネキンと、まったく同じ格好をしていたのだ。要するに彼女は、洋服を選ぶと言う概念が無く、雑誌モデルやマネキンやらの格好を見て、「ふーん、こういうのがいいのね」とそっくりそのまま真似して着ていたわけである。自分に似合う似合わないということは分からないのだ。


 私は試着室から出てきた彼女に言った。


「学校指定のジャージを着ていた方がまだマシだ」

「ひどい」


 私だって別にセンスがあるわけではない。勉強ばかりしてきたのだから当然だ。しかし、そんな私が呆れるくらい、剱のセンスは壊滅的で根本的に何かが間違っており、不安に思った私はそれ以降、暇さえ見つけては彼女を連れ出してウインドウショッピングを繰り返し、彼女のファッションセンスを磨くためという名目でデートを続けた。


 彼女はそれを純粋に喜び、それを私は照れ隠しに否定する。そんな曖昧な関係を私たちは飽きもせず続け、いつしかそれが恋と呼べるものに変わるだろうと、甘くて甘い考えを、お互いに抱いていたのだと思う。


 それは長くは続かなかった。

 

 冬。父がリストラされ、母がヒステリーを起こし、両親が離婚協議でいがみ合いを始めたころ、私は剱とあまり会わなくなっていった。会ってもどんな顔をしていいか分からなかったし、剱も私の家の事情を知っており、お互いに遠慮しあう感じで、徐々に距離をとり始めた。


 そうなると面白いもので、それまでことあるごとにリア充死ねと言いつづけていた友人連中が、私たちの異変に真っ先に気づき、私たちの仲を取り持とうと躍起になって動き始めた。毎週のように何か理由をつけてはイベントを行い、私たちは彼らに手を引かれながら、困ったねとお互いに苦笑しながら会い続けた。


 本当に気持ちのいい連中だった。


 剱が売れ始めたのはその頃からだった。


 鼻毛カッターのカタログ写真で私の腹筋を割った彼女は、それ以降、それまで実はあまり興味の無かった芸能活動を熱心に始めて、やがて見る人は見ていたというのか、別の事務所からスカウトが入った。


 契約なども大雑把で適当な業界であるが、新事務所は旧事務所まで律儀にも移籍交渉に足を運び、手付金まで払ったらしい。その行為にやる気になった剱と、そこまでしたのだからやる気であった事務所は思惑が一致し、彼女を芸能界入りさせるための、本格的なプロデュースが始まった。


 彼女がどれだけ頑張ったのか、私は知らない。


 その時、私は馬鹿みたいに、ただただ勉強だけを続けていた。全国模試で1位になるくらいに。


 剱の活躍は友人連中から聞いてはいたが、右耳から入って左耳に出て行く感じで、まるで頭に入ってこなかった。そして時折彼女に会って、私は苦笑いをしていた。


 やがて春が来て、学校をやめて、編入試験があるからと友達とも疎遠となり、誰とも話さないゴールデンウィークを迎えて……


 私の元に一人の男がやってきた。


 パリッとしたスーツを着こなし、背筋がシャンと伸びた偉丈夫だった。年は30台後半から40台半ばで、あと10年若ければ世の女性が放ってはおかなかったであろう、きりりとした眉毛と力強い瞳をした骨太の男で、一体どこのどなたかと問えば、剱のマネージャーだと自己紹介した。


 編入試験を終え、北高の教科書やなんやを揃えるのに忙しかった、平日の真昼間のことである。人通りの多い街角で、彼は私を待ち伏せていた。そんなものがつくくらい出世してたのだなと感心しつつ、剱のマネージャーが私に何の用事であろうと尋ねると、彼は単刀直入に剱鈴と別れてくれと言い出した。


 そしてまったく躊躇することもなく、流れるような動作で土下座した。


 それは見事な土下座だった。背筋をぴんと伸ばした偉丈夫が私の足元で丸くうずくまって小さくなっている。テレビでしか見たことのないその格好は、自分に向けられていると分かっていても他人事のようにしか思えず、まるで運動会の組み体操でも見ているようで、私の心にはまったく届かなかったが、道行く人々の興味と動揺はさらっていったようだった。


 私はこのパフォーマンスが、どこまでも自分本位のものであると学習した。


 地位も名誉もあるであろう、颯爽とした大人が、たかが私みたいな小僧相手になりふり構わずやってくる。多分、喧嘩をしてもものの1分も経たずにやられてしまうだろう。経済力も人生経験もあちらがダブルスコアで勝ってるはずだ。


 通行人が遠慮ない物珍しそうな視線を投げかける。遠巻きにひそひそ話をする野次馬が、写メを撮りはじめた。


「お願いします。どうか別れてください。彼女のために」


 バシャバシャと写メを取られながら、私は何も言い返せなかった。


「君は彼女の成功を信じてやれないのか? 彼女の人生を台無しにしてもいいのか?」


 それはそんなにも大切なことなのだろうか。けれど私はその答えを持っていない。


「彼女の一生を面倒見きれるのか。私たちにはその覚悟がある。だから手を引いてください」


 私は辛抱しきれずに、その場から逃げ出した。


 それは私には何の関係もなく、彼女のイフの話に過ぎない。だから決して言い返せない。そんな言葉を、ただ一方的に投げかけられた。こんな出鱈目なことをされて、もちろん言うことを聞く気はなかった。しかし、それも彼は計算のうちだったのだろうと、今になってみれば朧気ながらそう思える。


 彼は単に(くさび)を打ち込みに来ただけなのだ。


 いつまで経っても、友達以上恋人未満から脱せない私たちに。いつまで経っても自分を誤魔化し続ける私に。楔を打ち込むだけで、あとは自然と壊れてしまうことを、知っていたに違いない。



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本作が映画になりました。詳しくは下記サイトにて。2月10日公開予定。
映画「正しいアイコラの作り方」公式サイト
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