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咲弥と和真

幸せって言うんです。

咲弥と和真のシリーズです。一つ一つは完結していますが、先の話を読んでないとわからない部分もあるかと思います。

そして、ただ、咲弥と和真がクリスマスイブにデートしているだけの話です。そして、やたらと甘いです。

 咲弥はふと窓の外を見た。木葉が少しだけ揺れている。外の寒さを想像して思わず両手を合わせた。ふと、カレンダーを見る。もう12月も数えるほどだ。

早いなと思った。歳を重ねていく度に一年が早く過ぎると大人たちは言うけれど、それを感じるのだ。

1月にはセンター試験が迫っていた。それを終えれば、咲弥も和真も推薦入学試験を受けることになっている。推薦だからと言って全員が合格するわけではない。狭き門だ。けれどきっと、それを終えれば自分たちは大学に進むことになるだろう。それは離れ離れになることを意味していた。

そこまで考えて咲弥は首を横に振る。

今日は受験を忘れて和真と過ごすクリスマスイブ。笑顔で楽しむと決めたのだ。咲弥は気持ちを軽く両頬を叩いた。

 時計を見る。針はあと少しで10時を指す場所にあった。約束の時間まであと少し。

咲弥はもう一度念入りに鏡を見た。

ベージュと黒のボーダーのニットコートに黒のショートパンツ。タイツは寒さ対策のため厚手のものだ。髪は少し巻いてある。

そして左手にはホワイトデーに和真にもらったブレスレットが光っていた。せっかくのクリスマスデートなのだからと気合をつもりだった。

「これで大丈夫かな?」

 独り言が漏れる。

それとほぼ同時にチャイムが鳴った。咲弥は慌ててもう一度鏡を見る。前髪を少しだけ整え直し、和真へのプレゼントを入れたバッグを片手に慌てて降りた。

「咲弥、吉田くん来てくれたわよ」

 そこには母親の真理子と雑談をする和真の姿があった。久しぶりの和真の私服姿に思わず緊張する。

「おはよう」

「おはよう。…お母さんはもういいから中入ってよ」

「お母さんも吉田くんともっと話したいんだけど」

「お母さん!邪魔しないで」

「はいはい。ごめんなさいね。それじゃあ、吉田くん。楽しんできてね」

「はい。ありがとうございます」

 軽く頭を下げる和真に真理子は小さく手を上げた。

真理子の後ろ姿が見えなくなるのを確認し、咲弥は和真を見る。

 茶色のトレンチコートに、紫のインナー。ベージュのカーゴパンツはラフすぎず、気合が入り過ぎているわけでもない。贔屓目なしに格好いいなと思った。

「何?」

 見過ぎていたのか和真が軽く首を傾げる。咲弥は首を横に振った。

「なんでもないよ。…あ」

 突然、咲弥は後ろを向きバッグに手を入れる。

「だから、何だよ」

 突然の行動に和真はさらに首を傾げた。

「はい」

 和真に向き直り、咲弥は一つの包みを差し出した。

「え?」

「開けてみて」

 赤い袋に緑のリボン。わかりやすいクリスマスプレゼント。それを今ここで開けろと言う咲弥に和真は疑問を抱きながら、リボンをほどく。

 袋の口を開けば中には黒いマフラーが入っていた。触り心地のよいそれを手に取る。

「クリスマスプレゼント。その服に合いそうだから今渡しちゃった」

 そう笑う咲弥に和真は思わず声を出して笑った。

せっかくのクリスマスイブプレゼントを玄関先で渡すなんて、なんて咲弥らしいのだろう。雰囲気も何もない。けれど、こういうところが好きなのだと思う。

「なんか、ダメだった?」

 首を横に振りながら、和真はマフラーを首に巻いた。

「いや、ダメじゃねぇよ。ただ、ムードも何もないなって。だって玄関だぜ」

 咲弥はその言葉に下を見る。自分はまだ靴を履いてすらなかった。

「……本当だね。ごめん」

 謝る咲弥に和真はもう一度首を横に振る。そして一つの包みを差し出した。

「はい」

「え?」

「俺からも」

「…ムードは?」

「早く開けてみろよ」

 咲弥の質問に答えず先を促す和真の言葉に従い、包みを開けた。出てきたのは、小さな白いリボンがついた赤い毛糸の手袋。

「かわいい」

「咲弥の今日の服に似合ってると思わねぇ?」

「…うん」

「だから俺も今渡す」

「…なんかごめんね」

「ばか。いいんだよ。なんか、俺ららしいだろう?」

「そうだね」

 頷いて咲弥は手袋をはめた。

「やっぱり、思った通りだ。似合ってる」

「うん」

「じゃあ、そろそろ、行こうぜ。水族館、行くんだろ?」

「行くよ。ペンギン見たいもん」

「ほら」

 和真が咲弥に手を伸ばした。咲弥はその手を取り、靴を履く。

「靴すら履いてないんだもんな」

「うっ。…だってさ」

「だって、なんだよ?」

「…ちょっと浮かれすぎてました」

「自覚があるならよろしい」

「余裕ぶっちゃって」

「玄関先で喧嘩?」

 ふと聞こえた声の方向を2人は見る。

顔を覗かせた真理子の姿に咲弥はため息をつく。

「お母さん!」

「だってずっと玄関にいるんだもん。いちゃついてるし」

「…なんか、すみません」

「甘酸っぱくて見てて楽しかったけどね」

「見てないでよ!」

「そんなところでいちゃついてる咲弥たちが悪いの。…それより、吉田くん」

「はい?」

「今日の夕飯は食べてくる?」

「え?…特に決めてないです。外で食べるにしても、高いところには行けないし、今日はどこもいっぱいそうだし」

「そうだよね」

「じゃあ、もし吉田くんが良ければ夜はうちで食べて行ったら?」

 思わぬ申し出に和真は咲弥を見た。

「吉田がいいなら私はそれでもいいよ」

「じゃあ、お願いします」

「本当に?ありがとう。腕によりをかけて作るから」

「楽しみにしてます」

 そう笑う和真に真理子は嬉しそうに頷いた。

「邪魔してごめんなさいね。それじゃあ楽しんできて」

「はい」

「じゃあ、お母さん、行ってくるね。7時ころには戻ってくるから。あと、ケーキはなんか買ってくるよ」

「わかりました。ありがとう」

「行ってきます」

「あ、そうだ。吉田くん」

「なんですか?」

「何かリクエストはある?」

「…から揚げが食べたいです」

「わかったわ。ありがとう」

「いえ。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 咲弥と和真は真理子に手を振り、玄関を出た。

「ごめんね。お母さんが」

「いいよ。どうせ、クリスマスに合うようなディナーなんてまだ無理だし。咲弥のお母さんに気に入られたいし」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「…そう言えば、吉田ってから揚げ好きなの?」

「いや、特別好きってわけじゃないよ」

「じゃあ、なんで?」

「咲弥が言ってただろう?『お母さんのから揚げおいしいんだよ』って」

「…そうだった?」

「ああ。だから、食べてみたくなったんだ」

 笑みを浮かべる和真の横顔を見ながら、咲弥は頬が緩むのを押さえられなかった。

だって、嬉しい。何気ない自分の言葉を覚えていてくれたことが。自分の母に遠慮なくリクエストをしてくれたことが。

「吉田」

「ん?」

「大好き」

 思わず出た言葉に和真の顔が赤くなる。

「おまっ。…そういうこと急に言うなっつーの」

「だって」

「ほら、早く行かないとペンギン逃げるぞ」

 そう言って咲弥の手を取り、握る。手袋で暖まった手がさらに暖かくなった気がした。嬉しくなって咲弥は和真を見る。けれど、そこには少しだけ落ち込んだような表情。

「和真?」

「…俺、プレゼント間違えたかも」

「え?」

「失敗した」

「な、なんで?かわいくて私、好きだよ」

「…だって」

「?」

「咲弥を直接触れねぇじゃん」

 あまりにも本気のように言うので、咲弥の顔は赤くなった。

「あれ?照れてる?」

「照れてない」

「その割には顔赤いけど?」

覗き込んでくる和真の頭を押し、顔を背ける。

「寒いだけ!」

「お前、ホントかわいいよな」

「う、うるさいっ!」

 咲弥は思わず速足になる。けれど繋いだ手を離そうとは思わなかった。



 バスに20分乗り、水族館に着いた。あたりを見渡す。

「思ったより人は少ないかもな」

「そうだね。忘れてたけど、今日平日だし」

「あ、そっか」

「でも、親子連れもいるよ。けどやっぱ、学生が多いね」

「高校生とか大学生が多いのかもな」

「うん。それにやっぱりイブだからカップルが多い」

 手を繋いでいる人々の姿が目に付いた。イブだからなのか、恋人同士の距離が近いように思う。

 咲弥は自分たちの握る手を見る。繋いでいるのだから離れているはずはないのに、周りに比べて遠い気がした。少しだけ身体を寄せる。

それに反応するように和真が小さく笑った。

「何よ?」

「いや、別に?」

「なんかむかつく」

「距離がある気がした?」

「え?」

「やっぱ、かわいいな」

「なっ!…また、そういうこと言う。……やっぱ、吉田は慣れてるよね。女の子の扱い方」

「別に慣れてねぇよ」

「慣れてるよ」

 自分の言葉に悲しくなってしまった。嬉しい言葉も手を繋ぐこともキスもさらりとやってのける和真。一つ一つが嬉しくて、けれど、あまりにも自然な様子に経験の多さを教えられた気がしていた。

けれど今言う言葉ではない。受験生の2人はなかなか遊びには行けない。勉強に追われている中で久しぶりに会ったのだ。楽しまなけれないけないのに。

 咲弥は謝ろうと和真の顔を見た。その瞬間に肩を掴まれ引き寄せられる。咲弥の耳が和真の胸に当たった。

「よ、吉田?」

「聞いてみろよ」

「え?」

「俺の心臓の音」

「…」

 それは速くて、よく見れば和真の顔はほんのり赤かった。

「な?わかっただろ?俺も緊張してんの。でも、伝えたいから伝えるの」

「…うん。ありがとう」

 素直にそう言えば、和真は嬉しそうに笑った。

「早く行こうぜ?ショーの時間もあるみたいだし」

「うん!」

 一番の目当てだったペンギンを見て、それからゆっくりと館内を回った。ペンギンはかわいく、エサあげにも挑戦した。

水槽の中の大きなマンボウは優雅に動き、イルカのショーはすごいの一言だった。

どれも楽しかった。けれど咲弥にとっては、一つ一つに向かう間の和真との久しぶりの会話が一番嬉しかった。

受験には「戦争」と言う言葉がよく付く。それを身をもって体験していた。大変だと聞いていたが、これほどつらいものだとは思っていなかった。勉強しても同じミスを繰り返し、大丈夫かと不安ばかりが募る。自分よりはるか上の目標を掲げている和真はそれ以上の不安を抱えているだろう。そう思うとメールや電話をするのが躊躇われた。連絡をすれば、笑顔で返してくれるだろうとは思っても、和真の邪魔はしたくなかった。だからこそ久しぶりにあった今日が咲弥にはたまらなく嬉しい。そしてそれは和真も同じだろう。いつもよりはしゃいでいるのは気のせいではないはずだ。

咲弥は思わず小さく笑った。

「何?」

「なんでもない」

「本当か?」

「うん。…ただ、ペンギンかわいかったなって」

「確かにかわいかったけど、ペンギン、ペンギン言いすぎじゃね?」

「いいの!それより、ほら。あっち、タツノオトシゴだって。私、いつかタツノオトシゴ飼いたいんだよね」

「エサは何か言えるようになってから言えよ。そういうことは」

「うっ。確かにわかんないけどさ」

「本当にバカだな」

「もう!バカって言うな!」

「ほら、行くぞ」

「え?」

「将来飼うかもしれないんだろ?しっかり見とけよ」

「うん!」

 

 日は暮れ、空は黒く染まった。水族館を出、市街地に戻ってくれば、クリスマス仕様になった街並みにイルミネーションが灯されていた。

「綺麗だね」

「ああ」

「ねぇ、この先に、大きなクリスマスツリーがあったよね?あれ見に行きたい」

「いいぜ。あの近くにケーキ屋もあったから、そこでケーキ買って行くか?」

「うん」

 太陽が隠れると、寒さはより厳しくなる。咲弥は空気の冷たさに一瞬身体を震わした。

「寒い?」

「うん。やっぱ、夜は冷えるね」

「…じゃあさ、もっと寄れば?」

「え?」

 繋いでいた手が外される。そして、和真は右腕を咲弥に向けた。

「ここ来る?」

「…」

「…無言やめろ。結構恥ずかしいんだから」

 照れたように顔を背けた和真に咲弥は微笑み、差し出された腕に自分の腕を絡めた。手を繋ぐよりも近い距離に心臓の音が大きくなる。

「恥ずかしいんだけど」

「俺も」

「でも、暖かい」

「ああ」

 そのまま2人は他愛もない話をしながらクリスマスツリーに向かった。周りを見渡せば、人が多くなってきたのがわかる。やはりカップルが多かった。

「綺麗」

思わず声が漏れる。

全長10mほどのツリーに赤や黄色の光が灯っている。その輝きや大きさは思わず足を止めてしまうほどだった。

「ねぇ、綺麗だね」

「ああ」

「…一緒に見れてよかった」

「なぁ?」

「ん?」

「来年も一緒に見ようぜ」

「…うん」

 来年は当たり前のように隣にいることはない。けれど、何のためらいもなく来年の約束ができることが嬉しかった。

時間は6時を回っていた。真理子との約束のため、そろそろ家に向かわなければならない。

「…ねぇ、あのさ、…実はもう一つプレゼントがあるの」

「プレゼント?」

 咲弥の言葉に、和真はツリーに向けていた視線を咲弥に移す。そこにはどこか照れたような咲弥の姿があった。

「和真」

 まっすぐに和真の目を見て、名前を呼ぶ。

本当は、ずっと名前で呼びたかった。けれど、タイミングがわからず、ずっと「吉田」と呼んでいた。プレゼントになるかわからなかったけれど、咲弥は精一杯の気持ちを込めて呼ぶ。

「…」

「えっと…やっぱ変?」

 不安そうにそう尋ねる咲弥の身体を和真はぎゅっと抱きしめる。

「やべぇ。めちゃくちゃ嬉しい」

 漏れるその言葉に、咲弥は思わず和真の背に腕を回した。

「ごめんね。ずっと、タイミングがわかんなくて」

「呼び方なんてどうでもいいとか思ってたけど、いいな。やっぱ。名前で呼ばれるのって。なんか、もっと咲弥と近くなった気がする」

 噛みしめるように言う和真の言葉に、もっと早く言えばよかったと咲弥は少しだけ後悔する。

「ごめんね」

「謝るなよ。俺、幸せなんだから」

「うん。ありがとう」

「何に対しのお礼」

「こんなに好きになってくれて?」

「それなら、俺も、ありがとう」

「うん」

「…そろそろ帰らないとだな」

「うん。そうだね」

「じゃあ、行くか」

「うん」

 頷くと当たり前のように咲弥は和真の腕に自分の腕を絡めた。それを見て、和真は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「なぁ、ケーキ何にする?」

「やっぱ、いちごのショートじゃない?」

「だよな」

「…ねぇ、幸せってこういうこと言うのかな?」

「そうなんじゃねぇの?」

 好きな人と腕を組み、一緒の家に帰る。そこには家族が待っていて、今から団欒の時間だ。それが幸せじゃないなら、何を幸せと言うのだろうか。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

やたらと甘かったと思います(笑)大丈夫でしたでしょうか?

感想や評価を頂けたら光栄です!!

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