過去への電話
舞台観劇を趣味としている私が昼に「イルカ団!!」さんの「QT!!!!」夜に「T-gene」さんの「by KAMISHIBAI」という毛色の違うタイムリープものの素晴らしい舞台を観たことによって、私もSF要素のある作品を書きたいなと思い初めて書いたSF作品です
ある休日、俺は古くからの友人の野々村と喫茶店で珈琲を飲んでいた
繁華街から少し外れたところにある美味い珈琲を出してくれる店で、こいつと出掛けた時にはたまに利用している店だ
マスターが半分趣味でやっているようなタイプの店で少し高いけれども良い豆を揃えているし、珈琲豆の挽き方や淹れ方も俺らの好みだ
昔ながらの珈琲メインの喫茶店の雰囲気もありつつバリアフリーにも配慮している
マスターが親の介護で必要性を痛感してそういう店作りをしたらしい
後頭部は禿げてるが前髪はまだ残っているような頭髪なのだが若い頃はさぞかしモテたであろう風貌の渋目のマスターだ
店の扉を開けると珈琲の豊かな香りと静かに流れる
BGM人生にはこういう時間が必要だと感じる
そしていつものように奥まった場所にある席に座る
長年そこに座っていて指定席のようになっている
野々村が「ここらで良い店を見つけたんだが行ってみないか?」と誘ったのが切っ掛けでもう10年以上になるのかな
マスターもたまにしか来ない俺らの好みを知ってくれていて、その上で提供する珈琲を提案してくれる
そして何より空いていて騒がしくないのが良い
適度に気持ちの良いBGMを流していて、たまに他の客がいてもそちらの会話が気になることもない
今日も注文を済まして店内を眺めながらそんなことを考えていると、野々村が突然
「時間だ、すまん、ちょっと今から電話していいか!?」
と言い出した
何年の付き合いだと思ってるんだ
答えるまでもないが
「ああ、勿論構わんよ」
一応答える
いつも落ち着いている野々村にしては珍しいな
仕事か何かなのだろう
「もしもし!俺だ!いや、オレオレ詐欺じゃない」
「『俺』なんだよ、お前自身だ、野々村だ!着信が自分の番号情報からで訝しがりながらスマホを取っただろう!時間がない!今すぐに、お前が今座っている机の左奥に置いてあるメモ帳に可能な限りメモってくれ」
「いや、だから俺はお前だからわかるんだ!信じて貰える話をする、俺しか知らない話をする!メモってくれ」
野々村、こいつ何を言っているんだ?
そしてとても焦っている
「まず、そっちは2012年5月24日か!?よし、なら良い!こっちは2026年5月24日の15時だ!メモったか!?場所はお前が最近見付けた珈琲の美味い店だ、そう、そうそれだ!OK伝えていくぞ!!」
野々村が必死に捲し立てる
何がおきているのか?
新しい遊びか?
それにしては必死だ
野々村はスマホに喋り続ける
「今お前が付き合ってて、別れるか悩んでる「陽子」な、速攻で別れろ!あいつのスマホのパスは誕生日の0401だ!他の男と色々やってるのがすぐわかる、誕生日が暗証番号とかアホだろ!?ああ、そんなことを言ってる場合じゃない!スマホに書かれてることや写真は結構キツいから覚悟持って見ろよ! 隠そうとしている時は別れようとするとガチで面倒だが証拠突き付けると意外とあっさりだ。名前や顔の印象と違って真っ黒ドロドロな女だ」
「あとな、お前が気になってるまきちゃん、あれはやめとけ、マジで地雷だ、死にかけるぞ」
「何で知ってるか?じゃねーよ!!お前だからだよ!!!ちゃんとメモってるか?メモはしてる、よし、続けるぞ」
俺は固唾を飲んで見守る
コーヒーはまだ来ない
水を口に含む
野々村の声が大きくなる
「もう一度言うぞ、今ここは2026年5月24日15時だ、場所はお前が先日行った喫茶店だ、そして、目の前には原がいる、マンデリンを頼んだ直後だ」
「いや、過去への電話の条件なんか分かんねーだろ、俺が2012年に未来の俺から言われた状況を言ってるんだ、他の条件はわかんねえ」
「それからめっちゃ格好良いからって結構高いし年式古いけど中古で買おうとしている車、あれもやめろ、すぐに壊れる」
「おい!聞こえているか!? わかった、よし」
野々村の声に更に熱がこもり声量が上がる
「そのかわりにその金額をNVIDIAの株式を買うんだ、そう、お前も自作PCで使うグラボとかを作ってるとこだ 詳しい説明は省くが人工知能関連でやたら株価が上がるんだ!いや、Intelじゃない、信じてくれ!NVIDIAだ!!一旦下がる時もあるけどそこが買い増し時だ間違えても売るなよ!!まあ、不安ならAppleとGoogleも買っておけ!」
「俺もこっちの今より先のことはわからない、そこからのことは14年掛けて考えてくれ」
「あ、おい!そんなに慌てて買おうとするな!!なんで急にそんなに動こうとするんだ!聞いてくれ!!」
「友人の原のことなん……」
「くそ………」
野々村がスマホを見つめる
そして、自分の服装、次いで右腕、そして俺のことを見つめる
そして上を向いてもう一度目を瞑り呟く
「そういうことか、くそ……」
悔しさ寂しさやりきれなさ、見たことのない表情をする野々村とそれを見つめる俺
そんな野々村の表情とは裏腹に店内の珈琲の香りがより豊かになる
マスターが珈琲を運んできた
「ご注文のものでございます」静かに置かれるコーヒーカップの音と変わらず流れるBGM
『ふぅ…』 2人で同時に一息吐き出してから珈琲を口に含む
いつもより少し酸味が強く感じる
俺は言う
「なんか、少し味が変わったかな?俺のは少しだけ酸味が強い気がするよ」
野々村は
「俺のは苦味が強く感じるよ……」
と答える
2人してまた珈琲を一口飲み、俺が口火を切る
「なあ、さっきのって『マジ』のやつか?」
野々村は答える
「ああ、マジのやつだ これから説明するよ」
「是非聞かせてくれ、」
「そうだな……どこから説明するか……」
暫しの沈黙が流れる
野々村が何かを言い掛けたところでやたらに良い笑顔のマスターがやってきた
「今日の珈琲のお味は如何でしたか?」
「酸味が少し、いつもより強く感じたかな」
「俺はちょっと苦味を感じたよ………」
「流石は野々村さんと原さん!野々村さんがご予約なんて珍しいことをなさるからお二人の為に少しだけ変えたものをご準備したのですよ!いやあ、嬉しいなあ」
ここのマスターはたまにこういうイタズラぽいことを仕掛けてくる俺らはそれも含めて楽しみながら店に来てるってわけだ
笑顔でカウンターに戻り豆を挽き始めるマスター客も俺らしかいないし自分用だな
そう、俺の名前は「原」
さっきの野々村の電話で出たのが俺の名字だ
「で、聞かせてくれよ」
「まあ、基本的には聞いていたとおりだよ。過去の俺に電話を掛けていた。条件がわからないから当時の俺が言われたこと以外変えるのも怖くて相談も出来なかった」
「でな、俺の時の未来の俺は陽子に腹を刺されて生死の境を彷徨ったらしい、事件になってから色々と知ったらしいんだよ、だけど、今の俺は刺されなかった」
「1.21ジゴワットで過去や未来に行ける映画みたいに過去を改変したら今が変わるのかと思ったけど変わんねえみたいだな」
「通話時間なのかわかんないけど、途中で切れちまうんだ」
「あれかなあ、未来が徐々に離れて別の世界になっちゃうのかなあ」
野々村がまきちゃんに包丁で切りつけられた時の腕の傷と俺の脚と車椅子を見つめる
「原の脚もなあ……」
溜息をついて珈琲を一口飲む
俺も珈琲を一口飲んでから野々村に語りかける
「でもよ、結局こっちの俺らには影響ないんだろ」
「それに、俺の脚は2年前にお前の家に向かう途中の交通事故に巻き込まれた時のだから、あっちのお前が金持ちになってれば住んでるところも変わるんじゃないか?わからんけど」
「あっちのことはあっちの俺らに任せようや」
「俺は何とかしてくれるような友人がいて美味い珈琲が飲める、それだけで十分に幸せだよ」
「ま、そうかもな、俺らは俺らで毎日を楽しむか」
そう言いながら野々村が珈琲を飲み干す
俺もちょうど飲み終わったところだ
「じゃ、出るか」
どちらともなく言い出し野々村が俺の車椅子を押してくれる
「今日の珈琲は少し深みもあった気もするな」
「それは気のせいじゃないか?」
「はは、そうかもな」
笑い合いながら店を後にする
1人店内に残ったマスターが珈琲を口にする
「ふむ、今回のブレンドもなかなかに良かったですが改善の余地もありそうですね」
独りごちる
「今日はもう誰もいらっしゃいませんし閉店としますか」
店の扉にかかる「open 」の札を「closed」へと裏返す
「珈琲亭カイロス」の1日はこうして幕を閉じた
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