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深沈たる宮のしじま

作者: セフィロト
掲載日:2026/04/05

沈若蘅しん・じゃくこうが参内した日は、ちょうど金木犀が香り立つ季節だった。

大殿の門扉は、ひと塊の漢白玉(白大理石)を彫り上げた見事なもので、そこには赤金の獣首の飾りが嵌め込まれている。門を押し開くと、玉石特有のひんやりとした冷たさが手に伝わってきた。若蘅が大殿の真ん中に立つと、足元にはきめ細やかな質感の青磚(敷き瓦)が広がっていた。水磨きされたその表面は鏡のように滑らかで、彼女の姿を鮮明に映し出している。

「ここがお前の帰る場所だよ」

老いた嬷嬷まめの声は、枯れ木が擦れるような響きだった。

「多くの者が望んでも手に入らぬ、この世の極楽だ。ゆめゆめ、今の幸せを忘れるでないよ」

立ち並ぶ柱はどれも高価な赤漆で塗り上げられ、どの屏風にも「百鳥朝鳳ひゃくちょうちょうほう」の刺繍が施されている。香炉の中で焚かれているのは、西域から献上された龍涎香りゅうぜんこうだ。立ち上る煙はゆらゆらとたゆたい、金彩の施された梁や柱を霞ませ、まるで雲の上の宮殿に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。

若蘅は煙の奥にひっそりと佇む月洞門げつどうもんへと歩を進めた。

彼女が去った後の大殿には、再び静寂が訪れる。香炉から漏れる煙は、今もなお金彩の梁の間を渦巻き、昇り、そして最後には音もなく消えていった。

画像のURL:https://50514.mitemin.net/i1127198/

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