深沈たる宮のしじま
沈若蘅が参内した日は、ちょうど金木犀が香り立つ季節だった。
大殿の門扉は、ひと塊の漢白玉(白大理石)を彫り上げた見事なもので、そこには赤金の獣首の飾りが嵌め込まれている。門を押し開くと、玉石特有のひんやりとした冷たさが手に伝わってきた。若蘅が大殿の真ん中に立つと、足元にはきめ細やかな質感の青磚(敷き瓦)が広がっていた。水磨きされたその表面は鏡のように滑らかで、彼女の姿を鮮明に映し出している。
「ここがお前の帰る場所だよ」
老いた嬷嬷の声は、枯れ木が擦れるような響きだった。
「多くの者が望んでも手に入らぬ、この世の極楽だ。ゆめゆめ、今の幸せを忘れるでないよ」
立ち並ぶ柱はどれも高価な赤漆で塗り上げられ、どの屏風にも「百鳥朝鳳」の刺繍が施されている。香炉の中で焚かれているのは、西域から献上された龍涎香だ。立ち上る煙はゆらゆらとたゆたい、金彩の施された梁や柱を霞ませ、まるで雲の上の宮殿に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。
若蘅は煙の奥にひっそりと佇む月洞門へと歩を進めた。
彼女が去った後の大殿には、再び静寂が訪れる。香炉から漏れる煙は、今もなお金彩の梁の間を渦巻き、昇り、そして最後には音もなく消えていった。
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