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わかるということ

第三話です。


少しだけ、「わかる」ということに触れています。



しばらく、誰も動かなかった。


森の中に、さっきの気配だけが残っている。


私は、自分の手を見る。


ちゃんと、ある。


さっきより、はっきりしている。


「……今の」


声が、少しだけ震える。


男は、すぐには答えなかった。


落ちた場所を見ている。


“それ”が消えた場所。


やがて、


低く言う。


「通常は、ああはならない」


私は、顔を上げる。


「……普通は?」


「歪んだまま、崩れる」


短い。


それだけ。


私は、さっきの光景を思い出す。


最後、


あの一瞬だけ。


人の顔になった。


(……あれは)


「……なんで、戻ったの」


男は、わずかに間を置く。


それから言う。


「戻ったわけではない」


私は、黙る。


続きが来るのを待つ。


「崩壊の直前に」


「本来の状態が露出しただけだ」


難しい言い方だった。


でも、


さっき見たものと、つながる。


(……一瞬だけ)


本当の顔が出た。


私は、少し考える。


それから言う。


「……じゃあ」


「最後に、思い出したってこと?」


男の視線が、こちらに向く。


否定はされない。


私は続ける。


「自分が、どうだったか」


「本当は、何を思ってたか」


少しだけ、言葉を探す。


「……あの子」


「“いらない”って言ってたけど」


「違った」


森の空気が、少し静かになる。


「見てほしかったんだと思う」


「でも、怖くて」


「早く答えないとって思って」


「だから」


「違うことを言った」


私は、ゆっくり息を吐く。


「それが、残ってたんじゃないかな」


「最後まで」


男は、何も言わない。


ただ、


ほんのわずかに目を細める。


私は、その反応を見る。


(……合ってる?)


少しだけ、不安になる。


男が言う。


「感情の残滓は、残る」


短く。


でも、


さっきより少しだけ、


言葉が増えている。


私は、小さくうなずく。


(……残るんだ)


完全に消えるわけじゃない。


壊れても、


どこかに残る。


「……じゃあ」


私は、少しだけ前を見る。


「さっき、止まったのは」


男は、すぐに答える。


「お前が、触れたからだ」


私は、はっとする。


「触れてないよ」


距離はあった。


触れてはいない。


男は、首を振る。


「物理的な意味ではない」


また、分からない言い方。


でも、


さっきよりは分かる。


(……触れた)


言葉で。


理解で。


その人の中にあったものに、


触れた。


私は、小さく息を吸う。


「……じゃあ」


「分かると、変わるの?」


男は、少しだけ考える。


それから言う。


「変わる可能性がある」


「ただし」


一拍。


「例外だ」


私は、少しだけ笑う。


「でも、起きたよ」


男は、答えない。


ただ、


視線を外す。


それが、


否定ではないことは分かった。


しばらく歩き出す。


私は、またその後ろにつく。


少しだけ、


前より近くに。


(……分かるって)


ただ見るのとは、違う。


ただ聞くのとも、違う。


その人の中にあるものを、


そのまま受け取ること。


私は、自分の胸に手を当てる。


(……私も)


見えていたんだと思う。


あのときの自分と、


重なったから。


だから、


分かった。


風が、木々を揺らす。


男の背中は、変わらず静かだ。


でも、


さっきより、


少しだけ遠く感じなかった。


私は、歩きながら思う。


(……この人は)


何も感じていないわけじゃない。


ただ、


感じないようにしているだけだ。


そのとき、


男が、ふいに言う。


「次が来る」


私は、顔を上げる。


空気が、また変わる。


さっきよりも、


重い。


「今度は」


男が、わずかに剣に手をかける。


「強い」


私は、小さく息を飲む。


でも、


足は止まらなかった。


男の後ろに立つ。


その距離に。


(……ここなら)


私は、消えない。


そして、


さっきより少しだけ、


分かる気がした。


壊れた人の中にも、


消えないものがあることを。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


異形は、完全に別の存在ではなく、

もともと人だったものです。


だからこそ、

最後にだけ、何かが見えることがあります。


その“ほんの一瞬”が、

この物語では大切なものになっていきます。

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