表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界金融帳実務録 ~転生銀行員が金融知識で成り上がる~  作者: しじむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/60

採用試験と合わない帳面#1

翌朝、俺は事務室に呼ばれた。


廊下はまだ冷えていて、石床が靴裏に硬く返ってくる。夜のうちに拭いたのだろうが、湿った匂いがわずかに残っていた。窓の外では荷車の軸がきしみ、遠くで鐘が鳴っている。


扉の前で一度呼吸を整えた。

昨日は列を整えて場を収めた。だが、ここで通らなければ、ただの流れ者だ。


扉が開くと、事務室は思ったより狭かった。机がいくつも並び、羊皮紙の束と木札、封蝋の残りが散らかっている。インク壺の匂いが強い。窓際には秤と分銅が置かれ、金属の鈍い光が朝の薄明かりを返していた。

実務長と、もう一人——痩せた老人が待っていた。

老人は白髭を蓄え、鋭い目で俺を見ている。視線が、顔ではなく手元に落ちた気がした。癖か。帳方は、手を見てくる。


「レオン、紹介する。こちらは帳方の筆頭、ベルナルド殿だ」


声が通る。実務長の言葉は迷いがない。

俺は背筋を伸ばした。


「初めまして。レオン・ミナトです」


俺は頭を下げた。

老人——ベルナルドは、ゆっくりと頷いた。頷きは小さいが、空気が一段引き締まる。


「ふむ。お前が、実務長の推す新人か」


声は低く、威厳がある。


「お前の試練を、私が監督する。まず一つ目、『換算と見積り』から始めよう」


俺はうなずいた。


「よろしくお願いします」


ベルナルドは机の上に、いくつかの貨幣を並べた。

金貨、銀貨、銅貨。音が違う。金は短く澄み、銀は少し重い響きで、銅は乾いた音がする。並べ方も、ただ置いただけではない。端がそろい、間隔が均一だ。こういう人は、乱れを許さない。


クラウン金貨が3枚、シルバ銀貨が15枚、カッパ銅貨が30枚。


「問一。この貨幣を、すべてシルバに換算せよ」


俺は暗算した。

クラウン1枚は、名目レートでは25シルバ。

だから3枚で75シルバ。

既にあるシルバが15枚。

カッパ30枚は、名目レートではシルバの1/10だから3シルバ。

合計で、75+15+3=93シルバ。


「93シルバです」


答えた瞬間、俺はベルナルドの目を見た。数字そのものより、迷いの有無を見られている気がした。

ベルナルドは一拍置いて頷いた。


「正解だ」


ベルナルドが次の問題を出す。

机の上の貨幣を軽く寄せ、今度は言葉で問いかける。


「問二。商人が『シルバ100枚分を両替したい。一割の手数料を払う』と言ってきた。手数料を差し引いた後、商人が受け取るべきシルバはいくらだ?」


「90シルバです」


ベルナルドが目を細める。よし、通った。


「正解。問三。ある商人が、三十日後に返すという約束でシルバ50枚を借りた。利息が一日あたり1パーセントだとすると、三十日後に返すべき総額は?」


——複利か単利か、が問題だな。

ここで勝手に前提を置くと落ちる。現場では確認が命綱になる。


だから先に確認する。それ自体が、評価になるだろう。


「ベルナルドさん。確認です。利息は単利ですか、複利ですか?」


一瞬、室内が静かになった。

ミラなら、この沈黙に飲まれて目を泳がせるかもしれない。だが俺は沈黙を待つ。沈黙は、相手が考えている証拠だ。

実務長が、目だけで頷いた。いい問いだ、という合図だ。目の動きが小さいのに、妙に心が軽くなる。


「複利だ。毎日、元本に利息を足していく」


「承知しました。では、日ごとに増えた分も元本に組み込みます」


「続けろ」


「初日は50に1パーセントで0.5。二日目は50.5に1パーセント。これを三十回繰り返します」


「答えは」


ここで細かい計算を紙に書かせないのは、俺の頭の中の筋道を見たいからだろう。

正確さと速度の両方が要る。


「計算は50×1.01の30乗。だいたい1.35倍。よって、67.5シルバ前後です」


「正解だ」


ベルナルドは満足そうに頷いた。

その頷きは、さっきよりわずかに大きい。ほんの少しの差だが、俺には十分だった。俺は息を吸って、肩の力だけ抜いた。


「計算は問題ないようだな。次は、見積もりだ」


彼は俺に小さな袋を渡した。

革は使い込まれ、手汗が染みている。口紐は固く結ばれていた。中身の重さが、指にずしりと来る。

中には、シルバ銀貨が入っている。


「この袋の中身を数えずに、重さだけで枚数を見積もれ」


俺は袋を手に取り、重さを感じ取った。

ここで役に立つのは、記憶だ。1枚が10グラという数字だけでなく、実際のばらつきも体が覚えている。

袋を軽く揺らすと、硬貨同士が擦れて鈍い音がする。音の密度でも、枚数の目安がわかる。


シルバ1枚の重さは、10グラ。

この袋は——だいたい200グラくらいか。


「20枚、だと思います」


「数えてみろ」


俺は袋を開け、中身を取り出して数えた。

机の上に並べる。端をそろえる。


1、2、3……20。


「20枚でした」


「正解だ。よろしい」


ベルナルドは俺を見て、小さく笑った。

たぶん本人は笑ったつもりがない。だが、目尻がわずかに緩んだ。


「お前、なかなかやるな。一つ目の試練は合格だ」


「ありがとうございます」


胸の奥が熱くなる。だが、まだ入口だ。


「だが、次はもっと難しいぞ。覚悟しておけ」


ベルナルドは、そう言って、部屋を出ていく。

扉が閉まる音が、乾いて響いた。事務室に残ったのは、インクの匂いと、秤が反射する鈍い光だけだ。

実務長が俺に近づいてきた。


「よくやった、レオン。ベルナルド殿は厳しい人だが、お前のことは認めたようだ」


「ありがとうございます」


俺は、そう言いながら、窓の外の列を思い出した。現場は待ってくれない。苛立ちの目、押し寄せる声。認められたなら、次はその前に立つ側だ。


「次は偽貨の鑑定だ。これは明日やる。今日は、実際の窓口業務を見て学んでおけ」


「わかりました」


俺は窓口に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ