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異世界金融帳実務録 ~転生銀行員が金融知識で成り上がる~  作者: しじむ


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消えた担保品#4

封印制度を導入してから三日後——レギス・レジャーの窓口には、担保品を預ける商人たちが並んでいた。


朝の空気の冷たさからか、石造りの建物の中はひんやりしている。窓口の前には人々の熱気が集まり、湿った革袋の匂いと、金属がこすれる音が混ざり合う。列は以前よりも落ち着き、怒鳴り声もない。


「封印制度、いいですね」


担保を差し入れに来たワイン商——エルヴィンが言った。前なら、ここで不満が出ていた。


「これなら、安心して預けられます」


「ええ、ありがとうございます」


俺は、エルヴィンから担保品——銀の杯——を受け取った。


銀の杯は冷たく、しっかりとした重さだ。縁に小さな傷があり、内側に薄い変色がある。使い込まれた品だ。生活が、そのまま形になっているようだ。


エルヴィンは俺の手元を見ていた。杯ではなく、俺の手順を見ている。手順が信用を生む。


「評価額は、シルバ120枚です」


数字を口に出すと、列の後ろが少し静かになる。耳が集まる。こういう場での評価額は、ただの値段ではない。誰かの不満の種にもなるし、安心の根拠にもなる。


「わかりました」


「では、封印します」


俺は、銀の杯を紐で縛り、蝋で封をした。

そして、印章を押した。


『R・M』——レオン・ミナトの印だ。


蝋が固まるまでの短い時間、エルヴィンは息を止めているように見えた。


「これで、封印完了です。この封印が破られていれば、不正があった証拠になります」


「なるほど……」


エルヴィンは、満足そうに頷いた。手順を見ていて不安が減ったという顔だ。


「それなら、盗まれる心配はないですね」


「はい。そして、出し入れの記録も残します」


俺は、担保品出入記録帳を開いた。


紙の手触り、インクの匂い。目の前で開いて、目の前で書く。俺はペン先を止めず、必要な項目を淡々と埋めていった。書く手が迷わないことも、信用になる。


--------------------------------------------------

【担保品出入記録帳】

日時: 銀章暦三二年カマド月八日 午前二ベル

操作: 受入

品名: 銀の杯

預け主: ワイン商エルヴィン

評価額: シルバ120枚

封印番号: RM-カマド-047

担当者: レオン・ミナト

立会人: ミラ・フェルン

備考: なし


担当者署名: レオン・ミナト

立会人署名: ミラ・フェルン

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「記録も完璧です」


ミラが言った。声が少し誇らしげだ。


「ええ。これなら、誰が、いつ, 何をしたか——全部わかります」


言い切ると、エルヴィンが小さく息を吐いた。人は、仕組みが見えると落ち着く。


エルヴィンは、安心した顔で去っていった。

俺は、銀の杯を担保保管室に納めた。


担保保管室に入ると、外のざわめきが遠くなる。厚い扉が音を吸う。物が整うと、思考も整う。


担保保管室は、今や完全に整理されている。

棚ごとに番号が振られ、担保品は番号順に並んでいる。

封印された品物は、赤い札が付いている。

一目で、どこに何があるか——わかるようになった。


赤札は目に刺さり、見落としにくい


「レオンさん、すごいですね」


ミラが言った。保管室の中では声が少し小さくなる。


「以前は、こんなに整理されてなかったのに……」


ミラの言い方に、昔の混沌が透ける。どこに何があるかわからない。誰が触ったかわからない。そして、最後は誰も責任を取れなくなる。現世でも、同じ現場を何度も見てきた。


「ええ。でも、これが当たり前の状態です」


「そうですね……」


その日の午後、実務長が俺を呼んだ。


呼ばれた瞬間、背筋が固くなる。実務長の呼び出しは、ほとんどが追加の火種だ。


「レオン、ちょっといいか」


「はい」


俺は、実務長の部屋について行った。


廊下の空気は窓口より冷たい。壁には古い掲示が貼られ、剥がれた角がそのままになっている。建物の年季が感じられる。


「どうしました?」


部屋に入り、実務長にたずねた。


「教会から、文書が届いた」


実務長は、一通の手紙を取り出した。


封蝋はきれいに割られ、紙は厚い。持っただけで、送り手の自信が伝わる。こういう紙は、相手を黙らせるために作られる。


「読んでみてくれ」


俺は、手紙を受け取った。


--------------------------------------------------

【聖なる光の教会 通告】

銀章暦三二年カマド月八日


レギス・レジャー殿


『時間代』と称する利息の徴収について、教会は重大な懸念を抱いております。

神の教えによれば、金銭を貸すときは見返りを求めてはなりません。

時間代は、この教えに反する行為です。

よって、教会は以下を要求します:


1. 時間代の徴収を、即刻停止すること

2. 既に徴収した時間代を、借り手に返還すること

3. 今後、いかなる形の利息も徴収しないこと


この要求に応じない場合、教会は『時間代禁止令』を発布し、

街の全ての金融機関に時間代の禁止を義務付けます。


期限: 銀章暦三二年カマド月一五日


大司教 ベルンハルト

--------------------------------------------------


読み終えた瞬間、喉の奥が乾いた。紙は冷たいに反し、胸の内側が熱くなる。三つの要求と。一つの脅し。


「……これは」


俺は、手紙を握りしめた。政治と信仰の問題は、結局のところ現場に降りてくる。


「教会の宣戦布告ですね」


「ああ」


実務長は、険しい顔をした。目の動きが早い。実務長は現場の責任者だ。頭の中で、影響が及ぶ範囲を確認している。


「どうする?」


「応じません」


言った瞬間、自分の声が思ったより落ち着いていることに気づく。


「応じない……?」


「はい。時間代は、正当な対価です。これを禁止されたら、貸し出しができなくなります」


実務長の眉がわずかに動く。


「だが、教会と戦えば——」


実務長の言葉が途切れる。続きはわかっている。未来が、簡単に想像できる。


「戦います」


戦うと言っても、剣ではない。言葉だ。負ければ、街の金の流れが止まる。そうなると、弱い人から倒れる。


「仕組みを守るためなら、戦います」


「……そうか」


実務長は、少し考えた。机の上の帳面に視線を落とし、すぐ戻す。その一瞬に迷いが見えた。守るべきは組織か、街か、民衆か。いや、全部だ。


「わかった。お前に任せる」


「ありがとうございます」


任されるのは、信頼でもあるが、責任でもある。


「ただし、民衆の支持を集めろ」


「民衆の支持……?」


「ああ。教会と戦うには、民衆が味方でなければならない。民衆が『時間代は必要だ』と思えば、教会も禁止できない」


実務長の言い方は淡々としている。そうだ。正しさだけでは勝てない。


「なるほど……」


「だから、時間代の正当性を、民衆に説明しろ」


「わかりました」


そう言うと、俺は、執務室に戻った。


廊下を歩きながら、教会の通告の文面と、窓口に並ぶ商人の顔が、頭の中に浮かぶ。守るべきは後者だ。


そして——俺は、時間代の正当性を示す文書を作り始めた。


机に紙を置き、ペンを取る。今回は、相手が違う。教会を説得する文章ではなく、街の人の腹に落ちる文章だ。難しい言葉は逆効果になる。読んだ瞬間に自分の話だと思わせないといけない。


--------------------------------------------------

【時間代の正当性について】

銀章暦三二年カマド月八日


はじめに:

最近、教会が『時間代は神の教えに反する』と主張しています。

この文書では、時間代の正当性を説明します。


1. 時間代とは何か


時間代とは、金銭を貸し出す際に、貸し手が失う時間に対する対価です。

金銭を貸せば、貸し手はその金銭を使えなくなります。

その時間があれば、貸し手は自分の商売や投資ができたはずです。

時間代は、その失われた機会に対する正当な対価です。


2. なぜ時間代が必要か


もし時間代がなければ、誰も金銭を貸しません。

なぜなら、貸すことで損をするからです。

結果として、金銭が必要な人は借りられなくなります。

これは、商売を始めたい人、家族を養いたい人——誰にとっても不利益です。


3. 時間代は不当に高いか


レギス・レジャーの時間代は、月に1パーセント(年に約12パーセント)です。

これは、一般的な商売の利益率(年15〜20パーセント)よりも低いです。

つまり、貸し手が失う機会に対して、控えめな対価を受け取っている——ということです。


4. 他の選択肢はあるか


もしレギス・レジャーが時間代を取らなければ、商人はどこで金を借りますか?

答えは——セブン・ヴォルトのような高利貸しです。

セブン・ヴォルトは、月に5パーセント(年に約60パーセント)を取ります。

レギス・レジャーの5倍です。

どちらが、商人にとって良いでしょうか?


5. 神の教えとの整合性


教会は、『見返りを求めるな』と言います。

ですが、神は『働かざる者食うべからず』とも教えています。

時間代は、貸し手の労働(金銭を運用する労働)に対する対価です。

これは、神の教えに反しません。


結論:

時間代は、正当な対価です。

これを禁止すれば、商人は困窮します。

街の経済は、停滞します。

民衆の皆さん、時間代を守ってください。


署名: レオン・ミナト(レギス・レジャー帳方主任)

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書き上げたあと、俺は一度読み返した。余計な反感を買わないか。教会の言葉をそのまま使っていないか。まずは、紙の上で負けない形にする。


「これで、どうでしょう」


俺は、ミラに見せた。


ミラは受け取る前に、少しだけ周りを見た。執務室の空気まで気にしている。教会の名前が出た瞬間、周りが敏感になるのを彼女もわかっている。


「わかりやすいですね」


小声で言う。


「ええ。民衆にも理解できるように書きました」


ミラの目が文面を追う。指が行をなぞる。読む速度が落ちない。つまり、引っかかりが少ないということだ。


「でも……教会は、怒るんじゃないですか?」


「怒るでしょうね」


俺は、苦笑した。


問題は、怒ったときに、どの手を使うかだ。禁止令。説教。信者の圧。商会への圧。窓口への圧。


「ですが、戦うしかありません」


「……頑張ってください」


ミラは、心配そうに言った。心配は正しい。楽観していると、足元をすくわれる。


俺は、文書を街中に貼り出した。

中央広場の掲示板、東西南北の門、商店街——あらゆる場所に貼った。


掲示板の前にはすぐに人が寄る。門の前は移動する人が見る。商店街は買い物する人が読む。場所ごとに、読む層が違う。


掲示板には、すぐに、商人たちが集まってきた。


紙の前で、最初は眉間に皺が寄る。次に、頷きが出る。最後に、隣の相手に指で行を示して、何かを言う。


「これは……時間代の正当性?」


「レオン・ミナトが書いたのか」


頷き方がそれぞれ違うのが面白い。若い商人は早い段で頷く。経験の長い商人は、数字のところで止まり、そこで頷く。家族持ちの男は「借りられなくなる」の一文で顔が固くなり、そのあと静かに頷く。一枚の紙でも、刺さる場所が違う。


「確かに、時間代がなければ、誰も貸さないな」


「セブン・ヴォルトは、月に5パーセントも取るのか……ひどいな」


「レギスの月1パーセントは、良心的だ」


「教会は、現実を知らないんだ」


商人たちは、口々に言った。


言い方が強くなっていく。味方が増えると、勢いが出る。俺は表情を動かさず、ただ聞いた。


——民衆の支持は、得られた。


あとは、教会がどう出るか。

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