相場の掲示板#4
銀章暦三二年、コナト月三〇日、午前三ベル
——街の中央広場は、人で埋め尽くされていた。
商人、職人、行商人、冒険者——あらゆる人々が集まっている。
広場の中央には、高い台が設置されていた。
裁判台だ。
台の前には、侯爵アルフレートが座っている。
その両脇には、評議会の代表者たち——五人の商人と三人の貴族——が並んでいる。
台の下には、二つの席がある。
一つは、レギス・レジャーの席。
もう一つは、セブン・ヴォルトの席。
俺と実務長は、レギス・レジャーの席に座った。
向かいには、セラドと、もう一人——セブン・ヴォルトの代表、ハインリヒ——が座っていた。
ハインリヒは、五十代の男で、白髪を整え、立派な服を着ている。
彼は、セブン・ヴォルトの創設者の一人だ。
侯爵が、立ち上がった。
「これより、セブン・ヴォルト不正事件の公開裁判を開廷する」
侯爵の声が、広場に響いた。
民衆は、静まり返った。
「訴える側——レギス・レジャー、証拠を提示せよ」
「はい」
俺は、立ち上がった。
そして——台本通りに話し始めた。
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます。わたしは、レギス・レジャーの行員、レオン・ミナトです」
民衆は、俺を見ている。
「今日は、セブン・ヴォルトの不正について、証拠をお見せします」
俺は、懐から罠の銀貨を取り出した。
「まず、この銀貨を見てください」
俺は、銀貨を高く掲げた。
「これは、『R』という刻印が付いた銀貨です。わたしたちが、金庫に仕掛けた罠です」
民衆が、ざわついた。
「この銀貨が、セブン・ヴォルトの倉庫から見つかりました」
俺は、銀貨を台の上に置いた。
「つまり——セブン・ヴォルトが、金庫から銀貨を盗んだ証拠です」
民衆が、さらにざわついた。
「嘘だ!」
誰かが叫んだ。
俺は、その方向を見た。
セブン・ヴォルト側の席から、ハインリヒが立ち上がっていた。
「その銀貨は、レギス・レジャーが勝手に作ったものだ!証拠にならない!」
「証拠になります」
俺は、冷静に答えた。
「この銀貨の特徴は、事前に記録されています」
俺は、もう一枚の紙を取り出した。
「これが、罠の銀貨の詳細記録です。刻印の位置、大きさ、深さ——全部書かれています」
「それは……お前たちが後から書いたものだろう!」
「いいえ」
俺は、紙を侯爵に渡した。
「この記録には、侯爵様の調査官——オットー殿——の署名があります。調査の前に作成された記録です」
侯爵は、紙を確認した。
「確かに、オットーの署名がある」
「それに——」
俺は、民衆を見た。
「セブン・ヴォルトの倉庫と、レギス・レジャーの金庫の境界には、壁に穴がありました」
「穴……?」
民衆が、ざわついた。
「はい。小さな穴です。この穴を通して、銀貨が抜かれました」
「それは、ネズミが開けた穴だ!」
ハインリヒが叫んだ。
「ネズミにしては、形が綺麗すぎます」
俺は、反論した。
「しかも、穴の縁には銀の粉が付着していました。ネズミが銀貨を運ぶことはできません」
「それは……」
ハインリヒは、言葉に詰まった。
「さらに——」
俺は、もう一つの証拠を出した。
「セブン・ヴォルトの代表者、セラド殿は、調査官の立ち会いのもとで自白しています」
「自白……?」
「はい。『金庫から銀貨を抜いた』と」
民衆が、ざわついた。
セラドは、俯いていた。
「セラド殿、本当ですか?」
侯爵が、セラドに聞いた。
セラドは、しばらく黙っていた。
そして——小さく頷いた。
「……はい」
「なぜ、そんなことをした?」
「……利益のためです」
セラドは、小さな声で言った。
「レギス・レジャーが、市場を奪い始めた。わたしたちは、それを止めたかった」
「だから、金庫から銀貨を盗んだ?」
「盗んだわけじゃありません……借りただけです……」
「借りた?」
侯爵は、厳しい口調で言った。
「許可なく持ち出せば、それは盗みだ」
「……」
セラドは、何も言えなかった。
民衆の中から、声が上がった。
「セブン・ヴォルトは、泥棒だ!」
「許せない!」
「金庫から盗むなんて、ありえない!」
民衆の怒りが、広がっていった。
ハインリヒは、焦った顔をした。
「待ってくれ!これは、セラド個人の行為だ!セブン・ヴォルト全体の責任ではない!」
「個人の行為……?」
俺は、ハインリヒを見た。
「では、セラド殿は、あなたの指示なしに行動したんですか?」
「そうだ! わたしは、何も知らなかった!」
「本当ですか?」
俺は、民衆を見た。
「皆さん、考えてください。セラド殿は、セブン・ヴォルトの算盤師——つまり、財務責任者です。そんな重要な人物が、勝手に不正をするでしょうか?」
「……」
「いいえ。組織ぐるみの不正です」
「それは、憶測だ!」
ハインリヒが叫んだ。
「証拠を出せ!」
「証拠なら、あります」
俺は、もう一枚の紙を取り出した。
「これは、昨日作成した両替相場一覧表です」
俺は、紙を高く掲げた。
「この表を見てください。セブン・ヴォルトの相場は、1クラウンが22シルバ。名目レートより3枚も安い」
「それは、市場が荒れているからだ!」
「市場は、荒れていません」
俺は、冷静に反論した。
「他の店の相場を見てください。レギス・レジャーは1クラウンが25シルバ。北通りの両替屋も1クラウンが25シルバ。市場が荒れているなら、全部の店の相場が下がるはずです」
「……」
「ですが、セブン・ヴォルトだけが異常に安い。これは、意図的な相場操作です」
「相場操作……?」
民衆が、ざわついた。
「はい。セブン・ヴォルトは、他の両替屋に圧力をかけて、相場を下げさせました。そして、商人たちを混乱させました」
「なぜ、そんなことを?」
「レギス・レジャーの信用を落とすためです」
俺は、ハインリヒを見た。
「公開裁判の前日に、相場を操作する。そして、『市場が荒れている』と言って、レギス・レジャーのせいにする」
「……」
ハインリヒは、何も言えなかった。
「これが、セブン・ヴォルトの手口です」
俺は、民衆を見た。
「金庫から銀貨を盗み、相場を操作し、商人を騙す——これが、セブン・ヴォルトのやり方です」
民衆の怒りが、さらに高まった。
「許せない!」
「セブン・ヴォルトを裁け!」
「金を返せ!」
侯爵は、立ち上がった。
「静粛に」
侯爵の声が、広場に響いた。
民衆は、静まった。
「セブン・ヴォルト側、何か弁明はあるか?」
ハインリヒは、立ち上がった。
だが——もう、言葉が出なかった。
「……申し訳ございません」
ハインリヒは、深く頭を下げた。
「わたしたちの不正を、認めます」
民衆が、どよめいた。
それに合わせて、侯爵も頷く。
「では、判決を下す」




