時間代という名#5
『ルナの織物』に着くと、ちょうどアデル様が店から出てくるところだった。
「アデル様」
俺は、声をかけた。
アデル様は、振り向いて俺を見た。
「あら……レオンさん?」
「はい。お久しぶりです」
「どうしたんですか? 何か用事ですか?」
「はい。侯爵様に、お会いしたいんです」
「父に……?」
アデル様は、少し驚いたように俺を見た。
「何かあったんですか?」
「セブン・ヴォルトの裁きが、延期され続けています」
「延期……」
「はい。評議会が、圧力に屈しているようです」
「……そうなんですか」
アデル様は、困った顔をした。
「父も、それは知っていると思います」
「では、なぜ動かないんですか?」
「それは……評議会の自治を尊重しているからです」
「自治……」
「はい。評議会は、商人と貴族の自治組織です。侯爵が直接介入すると、自治が崩れます」
「ですが、評議会が機能していないなら——」
「それでも、父は慎重です」
アデル様は、小さくため息をついた。
「父は、街の秩序を大切にしています。だから、簡単には動きません」
「なるほど……」
俺は、少し考えた。
侯爵が動かないなら——別の方法が必要だ。
「アデル様、提案があります」
「提案?」
「公開裁判を開いてもらえませんか?」
「公開裁判……?」
「はい。評議会の密室ではなく、街の広場で公開裁判を開く。民衆の前で、セブン・ヴォルトの不正を明らかにする」
「それは……」
アデル様は、少し迷ったように俺を見た。
「父が、認めるでしょうか……」
「認めてもらえるように、説得します」
「どうやって?」
「証拠があります」
俺は、懐から罠の銀貨の記録を取り出した。
「これが、セブン・ヴォルトの不正の証拠です。そして——」
俺は、もう一枚の紙を取り出した。
「これが、評議会の延期通知です。三回も延期されています」
「三回……」
「はい。これは、明らかに不当です。民衆も、それを知れば怒るでしょう」
「……」
アデル様は、しばらく黙っていた。
そして——頷いた。
「わかりました。父に伝えます」
「ありがとうございます」
「ただし……約束はできません」
「それでも構いません」
俺は頭を下げた。
アデル様は、護衛を連れて馬車に乗り込んだ。
馬車は、城に向かって走っていった。
俺と実務長は、その様子を見送った。
「これで、動いてくれるといいんだが……」
実務長が呟いた。
「動いてくれます」
俺は、確信を持って言った。
「アデル様は、正義感が強い方です。必ず、侯爵様を説得してくれます」
「そうか……」
実務長は、少し安心したように頷いた。
その日の午後——午後二ベル——城から使者が来た。
「レギス・レジャーの実務長殿とレオン・ミナト殿、侯爵様がお呼びです」
「本当ですか!」
俺は、目を輝かせた。
「すぐに参ります」
俺と実務長は、城に向かった。
城は、街の中央にある大きな石造りの建物だ。
門をくぐり、謁見の間に通された。
謁見の間は、広く、天井が高い。
奥には、侯爵——アルフレート——が座っていた。
白髪を整え、威厳のある顔をしている。
その隣には、アデル様が立っていた。
「レギス・レジャーの実務長、ローデリク・グラントと、行員レオン・ミナト——参りました」
実務長が、膝をついて頭を下げた。
俺も、同じように頭を下げた。
「顔を上げよ」
侯爵の声が、響いた。
俺たちは、顔を上げた。
「娘から聞いた。セブン・ヴォルトの裁きが、延期され続けていると」
「はい、侯爵様」
実務長が答えた。
「三回も延期されております」
「ふむ……」
侯爵は、腕を組んだ。
「評議会の自治を尊重したいが……これは、明らかに不当だな」
「はい」
「公開裁判を開け、と?」
「はい、侯爵様」
俺が、前に出た。
「評議会の密室では、圧力に屈します。ですが、民衆の前で裁けば、圧力は無力になります」
「民衆の前で……」
侯爵は、少し考えた。
「それは、前例がないぞ」
「ですが、必要です」
「なぜだ?」
「セブン・ヴォルトの不正は、街全体に影響を与えています。金庫から銀貨を盗む——それは、街の商人全員への裏切りです」
「……」
「だから、裁きも公開すべきです。民衆が見ている前で、不正を明らかにし、裁く。それが、街の秩序を守る道です」
侯爵は、しばらく黙っていた。
そして——頷いた。
「わかった。公開裁判を開こう」
「本当ですか!」
「ああ。三日後——コナト月三〇日、午前三ベルに、街の中央広場で開く」
「ありがとうございます!」
俺と実務長は、深く頭を下げた。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「ああ。公開裁判では、双方が証拠を提示する。セブン・ヴォルト側も、弁明の機会を与える」
「それは当然です」
「そして、判決は民衆の声も参考にする」
「民衆の声……?」
「ああ。公開裁判だからな。民衆が、どちらが正しいと思うか——それも、判断材料にする」
「わかりました」
侯爵は、立ち上がった。
「では、準備せよ。三日後だ」
「はい」
俺たちは、城を出た。
外に出ると、実務長が言った。
「レオン、やったな」
「はい」
「だが、これからが本番だ」
「はい」
「セブン・ヴォルトも、黙ってはいないだろう。民衆を味方につける作戦を立ててくるはずだ」
「民衆を味方に……」
「ああ。たとえば——『レギス・レジャーは、不当に高い時間代を取っている』とか、『セブン・ヴォルトは、街の商人を支えてきた』とか——そういう宣伝をするだろう」
「なるほど……」
「だから、お前も準備しろ」
「はい」
俺は、拳を握りしめた。
三日後の公開裁判——それが、勝負だ。




