時間代という名#3
午後一ベル、窓口に一人の神父が現れた。
名前はマティアス。『聖なる光の教会』の神父だ。
彼は、白い法衣を着ていて、胸に光の紋章をつけている。
「レギス・レジャーの者か?」
マティアスは、厳しい口調で言った。
「はい、そうですが」
「わたしは、聖なる光の教会の神父、マティアスだ」
「初めまして。レオン・ミナトです」
「レオン……お前が、時間代の仕組みを作ったのか?」
「はい」
「それは、利息のことだろう?」
「……ええ、そうです」
マティアスは、窓口に貼られた表を見た。
そして——顔をしかめた。
「利を取るのは、罪だ」
「罪……ですか」
「ああ。神は、『金を貸すときは、見返りを求めるな』と教えている」
「ですが、見返りがなければ、誰も金を貸しません」
「それは、お前の傲慢だ」
マティアスは、俺を睨んだ。
「金を貸すのは、善行だ。善行に見返りを求めるのは、罪だ」
「……」
俺は、何と答えるべきか迷った。
宗教の教えに、論理で対抗するのは難しい。
だが——このままでは、時間代の仕組みが潰される。
「マティアス神父、質問があります」
「何だ?」
「もし見返りを求めずに金を貸したら、貸した人はどうなりますか?」
「どうなる……?」
「ええ。たとえば、ある商人がシルバ100枚を持っていて、それを別の商人に貸したとします。見返りなしで」
「それが、善行だ」
「ですが、貸した商人は、その100枚を使えなくなります。自分の商売ができなくなります」
「……それは、犠牲だ。善行には犠牲が伴う」
「では、貸した商人が困窮して、家族を養えなくなったら?」
「……」
マティアスは、黙った。
「神は、家族を犠牲にすることを望んでいるんですか?」
「それは……詭弁だ」
「詭弁ではありません」
俺は、真っ直ぐマティアスを見た。
「時間代は、貸した人が失う時間に対する対価です。その時間があれば、貸した人は自分の商売ができた。だから、その対価を受け取る権利があります」
「……」
「それは、不当な利益ではありません。正当な対価です」
マティアスは、しばらく黙っていた。
そして——小さく息をついた。
「……お前の言い分は、わかった」
「では——」
「だが、認めるわけではない」
マティアスは、厳しい顔をした。
「教会は、利を取ることを認めていない。それは変わらない」
「ですが——」
「ただし」
マティアスは、手を上げて俺を制した。
「お前の時間代が、不当に高くないなら——教会は、今すぐには介入しない」
「不当に高くない……?」
「ああ。月に1パーセント——それは、セブン・ヴォルトの1/5だ。許容範囲だ」
「なるほど……」
「だが、もしお前がこれ以上時間代を上げたら——教会は動く」
「わかりました」
俺は頭を下げた。
「月に1パーセント以上は取りません」
「よろしい」
マティアスは、そう言って去っていった。
俺は、その背中を見送った。
そして——ため息をついた。
——危なかった。
宗教勢力の介入——それは、予想していたが、こんなに早く来るとは思わなかった。
だが——何とか、月利1パーセントは認めてもらった。
それなら——当分は大丈夫だろう。
「レオンさん、大丈夫ですか?」
ミラが、心配そうに声をかけてきた。
「ああ、大丈夫です」
「教会、怖かったですね……」
「ええ。でも、理解してもらえました」
「よかった……」
ミラは、ほっとしたように息をついた。
俺も、少し安心した。
だが——心の中では、別のことを考えていた。
教会の介入——これは、序章に過ぎない。
いずれ、もっと大きな圧力が来るだろう。
そのときに備えて——仕組みを、もっと強固にしなければならない。
時間代の透明化。
計算方法の公開。
不当な利益を取らないこと。
——これらを徹底すれば、教会も文句を言えなくなる。
俺は、胸の中で小さくうなずいた。
その日の夕方——午後三ベル——実務長が俺を呼んだ。
「レオン、教会が来たそうだな」
「はい」
「どうだった?」
「月利1パーセントなら、容認するそうです」
「そうか……よかった」
実務長は、ほっとしたように息をついた。
「だが、油断するな」
「はい」
「教会は、いつでも方針を変える。今は容認していても、明日には禁止するかもしれん」
「わかっています」
「だから、時間代の仕組みを、できるだけ透明にしろ」
「はい。既に、計算表を作りました」
「それだけじゃ足りん」
「足りない……?」
「ああ。時間代を取る理由も、ちゃんと説明しろ」
「理由……」
「ああ。『金を貸す時間に対する対価だ』——それを、文書にして公開しろ」
「わかりました」
俺は頭を下げた。
そして——事務室に戻り、文書を書き始めた。
----------------------------------------
【レギス・レジャー時間代に関する説明書】
銀章暦三二年コナト月二四日
発行者: ローデリク・グラント(実務長)
時間代とは:
時間代とは、金銭を貸し出す際に、貸し手が失う時間に対する対価です。
なぜ時間代が必要か:
金銭を貸し出すと、貸し手はその金銭を使えなくなります。
その時間があれば、貸し手は自分の商売や投資ができたはずです。
つまり、貸し手は機会を失っています。
時間代は、その失われた機会に対する正当な対価です。
時間代の計算方法:
レギス・レジャーの時間代は、以下の方式で計算されます。
短期(12ヶ月以内): 単利方式
時間代 = 借入額 × 月利1% × 借入月数
長期(12ヶ月超): 複利方式
時間代 = 借入額 × (1.01)^借入月数 - 借入額
なぜ月利1%か:
月利1%は、年利で約12%に相当します。
これは、一般的な商売の利益率(年15〜20%)よりも低く設定されています。
つまり、貸し手が失う機会に対して、控えめな対価を受け取る——という方針です。
他の金融機関との比較:
セブン・ヴォルト: 月利5% (年利約60%)
レギス・レジャー: 月利1% (年利約12%)
レギス・レジャーの時間代は、市場で最も低い水準です。
透明性の確保:
レギス・レジャーは、時間代の計算方法を完全に公開しています。
誰でも、計算を確認できます。
不当な利益を取ることは、一切ありません。
署名: ローデリク・グラント
----------------------------------------
「これで、どうでしょう」
俺は、ミラに見せた。
「わあ……すごく詳しいですね」
「ええ。これなら、教会も文句を言えないはずです」
「そうですね……」
ミラは、文書を読みながら頷いた。
俺は、文書を窓口に貼り出した。
そして——商人たちに説明した。
「皆さん、時間代について、説明書を作りました」
商人たちが、集まってきた。
「なぜ時間代が必要か、どう計算するか——全部書いてあります」
「おお……わかりやすいな」
「しかも、セブン・ヴォルトと比べても、ずっと安い」
「これなら、安心だ」
商人たちは、満足そうに頷いた。
俺も、少しほっとした。
時間代の仕組みが、受け入れられた。
だが——これで終わりじゃない。
教会の監視は、これからも続く。
そして——セブン・ヴォルトも、黙ってはいないだろう。
俺は、窓の外を見た。
夕日が、街を照らしている。
戦いは、まだ続く。
だが——一歩ずつ、前に進んでいる。
時間代、約束札、預かり札、輸送保険——
これらの仕組みが、少しずつ街を変えている。
そして——この街の金融を、完全に掌握する。




