街道の魔物#6
翌日——レギス・レジャーに、評議会の調査官が現れた。
名前はオットー。中年の男で、眼鏡をかけている。
「レギス・レジャーの実務長殿ですね」
「ああ、そうだ」
「わたしは、評議会から派遣された調査官、オットーです」
オットーは、公式の書状を見せた。
「セブン・ヴォルト倉庫の調査を命じられました」
「よろしくお願いします」
実務長は、頭を下げた。
「こちらは、行員のレオン・ミナトと、帳方のミラ・フェルンです」
「よろしく」
オットーは、俺たちを見た。
「では、さっそく調査を始めましょう」
「はい」
俺たちは、金庫に向かった。
金庫の扉を開け、奥の壁——セブン・ヴォルト倉庫との境界——を指差した。
「ここに、小さな穴があります」
「穴……?」
オットーは、眼鏡を外して、壁を調べた。
「……確かに、穴がありますね」
「この穴を通して、銀貨が抜かれたと考えています」
「なるほど……」
オットーは、穴の周りを指でなぞった。
「銀の粉が付着していますね」
「はい」
「では、セブン・ヴォルトの倉庫を調べましょう」
「ですが、セブン・ヴォルトは倉庫の確認を拒否しています」
「大丈夫です。わたしには、侯爵様の命令書があります」
オットーは、別の書状を取り出した。
「これで、倉庫に入れます」
「わかりました」
俺たちは、セブン・ヴォルトの倉庫の扉の前に立った。
扉には、七つ星の印章が刻まれている。
オットーは、扉をノックした。
しばらくして、中から声がした。
「誰だ?」
「評議会の調査官、オットーです。開けてください」
「調査官……?」
扉が開き、セラドが現れた。
「何の用だ?」
「侯爵様の命令により、この倉庫を調査します」
オットーは、命令書を見せた。
セラドの顔が、一瞬険しくなった。
だが——すぐに、笑みを浮かべた。
「……そうですか。では、どうぞ」
セラドは、扉を開けた。
俺たちは、倉庫の中に入った。
倉庫は、薄暗く、棚にはいろいろな品物が置かれている。
宝石、織物、武器——商人たちから預かったものだろう。
「何を調べるんです?」
セラドが、警戒した目で俺たちを見た。
「壁を調べます」
オットーが言った。
「レギス・レジャーの金庫との境界の壁です」
「壁……?」
「ああ」
俺たちは、壁に近づいた。
壁の下の方——ちょうど金庫側の穴と対応する位置——を調べた。
だが——何もない。
穴もない。
銀の粉もない。
「……おかしいですね」
オットーが呟いた。
「金庫側には穴があったのに、こちら側には何もない」
「それは……」
セラドが、にやりと笑った。
「そちらの勘違いじゃないですか?」
「勘違い……?」
「ええ。穴があったとしても、うちの倉庫とは関係ないんじゃないですか?」
「……」
オットーは、黙った。
俺は、壁をもっとよく調べた。
そして——ある部分に、微かな違和感を感じた。
「オットーさん、ここを見てください」
「ここ?」
「ええ。この部分、漆喰が新しい気がします」
「新しい……」
オットーは、その部分を指で押した。
「……確かに、柔らかいですね」
「最近、塗り直したんじゃないですか?」
俺は、セラドを見た。
セラドの顔が、微かに引きつった。
「……それは、壁の補修をしただけだ」
「補修? いつですか?」
「……三日前だ」
「三日前……」
俺は、心の中で計算した。
罠の銀貨が消えたのは、一二日深夜。
今日は、一九日。
七日後だ。
つまり、セラドは罠の銀貨を抜いた後、証拠を隠すために穴を塞いだのだ。
「オットーさん、この漆喰を剥がしてください」
「剥がす……?」
「ええ。穴が塞がれている可能性があります」
「だが……」
オットーは、セラドを見た。
「よろしいですか?」
「……構いませんが、何も出てきませんよ」
セラドは、腕を組んだ。
オットーは、小さなナイフを取り出し、漆喰を削り始めた。
しばらくして——穴が現れた。
小さな穴。
金庫側の穴と、ちょうど対応する位置。
「……穴が、ありましたね」
オットーが言った。
「これは、どう説明しますか?」
「……それは、古い穴です。ネズミが開けたんでしょう。だから、補修したんです」
セラドは、必死に言い訳をした。
「ネズミ……ですか」
俺は、穴を調べた。
「ネズミにしては、形が綺麗すぎますね。しかも、縁に銀の粉が付着しています」
「銀の粉……」
オットーは、指で粉を取り、光に透かして見た。
「確かに、銀の粉ですね」
「それは……たまたまでしょう」
「たまたま?」
俺は、セラドを真っ直ぐ見た。
「では、もう一つ質問です。この倉庫に、特別な印が付いた銀貨はありませんか?」
「特別な印……?」
「ええ。『R』という刻印が付いた銀貨です」
セラドの顔が、さっと青ざめた。
「……知りません」
「では、調べさせてください」
「それは……」
「拒否できませんよ。侯爵様の命令です」
オットーが言った。
セラドは、歯を食いしばった。
だが——最終的には、頷いた。
「……どうぞ」
俺たちは、倉庫の中を調べ始めた。
棚の上、箱の中、床の隅——あらゆる場所を探した。
そして——ある箱の中から、10枚の銀貨が見つかった。
俺は、その銀貨を1枚ずつ確認した。
裏面の縁——午後三ベルの方向——
——あった。
『R』の刻印。
「オットーさん、これです」
俺は、銀貨を見せた。
オットーは、眼鏡をかけ直して、銀貨をよく見た。
「……確かに、『R』の刻印がありますね」
「これは、レギス・レジャーが金庫に仕掛けた罠の銀貨です」
「罠の銀貨……」
オットーは、セラドを見た。
「これは、どう説明しますか?」
「……それは……」
セラドは、もう言い訳できなかった。
「……わかりました」
彼は、肩を落とした。
「認めます。わたしたちが、金庫から銀貨を抜きました」
「なぜですか?」
「……利益のためです」
セラドは、小さな声で言った。
「レギス・レジャーが、約束札や預かり札で市場を奪い始めた。わたしたちは、それを止めたかった」
「だから、金庫から銀貨を盗んだ?」
「盗んだわけじゃありません。借りただけです」
「借りた……?」
「ええ。いずれ返すつもりでした」
「それは、盗みと同じです」
オットーは、厳しい口調で言った。
「セラド、あなたを侯爵様に報告します。評議会で正式に裁かれるでしょう」
「……わかりました」
セラドは、俯いた。
俺は、その様子を見ながら、思った。
——ついに、証拠を掴んだ。
セブン・ヴォルトの不正が、白日の下に晒された。
だが——これで終わりじゃない。
セブン・ヴォルトは、まだ他にも手を打ってくるだろう。
戦いは、まだ終わらない。




