街道の魔物#5
その日の午後——俺は実務長と、罠の銀貨について話していた。
「実務長、侯爵様からの返事は来ましたか?」
「ああ、ちょうど今来たところだ」
実務長は、手紙を取り出した。
----------------------------------------
レギス・レジャー実務長殿
罠の銀貨が消失した件、確認いたしました。
セブン・ヴォルト倉庫の調査を命じます。
明日、評議会の調査官を派遣いたします。
立ち会いをお願いします。
グラン・バルト侯爵 アルフレート
----------------------------------------
「明日、調査官が来る!」
俺は、目を輝かせた。
「ついに、証拠を押さえられます」
「ああ。だが、油断するな」
実務長は、険しい顔をした。
「セブン・ヴォルトも、黙ってはいないだろう」
「どういう意味ですか?」
「証拠を隠すかもしれん。あるいは——」
実務長は、声を低めた。
「調査官を買収するかもしれん」
「買収……」
「ああ。評議会の中にも、セブン・ヴォルトと繋がってる者がいる。調査官がその一人なら、証拠を見逃すかもしれん」
「なるほど……」
俺は、少し考えた。
「では、俺たちも準備が必要ですね」
「準備?」
「ええ。調査の記録を、俺たちも残します」
「記録?」
「はい。調査官が何を調べて、何を見つけて、何を見逃したか——全部記録します」
「なるほど……それなら、後で証拠になる」
「そうです」
俺は、紙とペンを取り出した。
「それから、もう一つ」
「何だ?」
「罠の銀貨の特徴を、もう一度確認しておきましょう。『R』の刻印の位置、大きさ、形——それらを詳しく記録します」
「ああ、それは重要だな」
実務長は、頷いた。
「よし。じゃあ、準備してくれ」
「はい」
俺は、事務室に戻り、罠の銀貨の記録を作り始めた。
----------------------------------------
【罠の銀貨 詳細記録】
作成日: 銀章暦三二年コナト月一二日
作成者: レオン・ミナト
枚数: 10枚
刻印の特徴:
位置: 銀貨裏面、縁から2ミル内側、午後3ベルの方向
文字: 『R』(レギスの頭文字)
大きさ: 縦1ミル、横0.5ミル
深さ: 約0.2ミル
形状: ローマ字の『R』、セリフあり
配置場所:
金庫内、壁の穴から1ルン以内の範囲
他の銀貨に混ぜて配置
消失確認日: 銀章暦三二年コナト月一二日深夜
----------------------------------------
「これで、完璧です」
俺は、記録を読み返した。
そして——ミラに声をかけた。
「ミラさん、明日の調査、一緒に立ち会ってください」
「わたしも、ですか?」
「ええ。複数の目で確認した方が、記録の信用性が高まります」
「わかりました」
ミラは、頷いた。
その日の夕方、窓口に一人の老商人が現れた。
名前はエーヴァルト。
「レオン殿、相談がある」
「はい、何でしょう」
「遠隔地への送金について、何かいい方法はないか?」
「遠隔地……どちらへですか?」
「ノルトハイムだ。息子に、仕送りをしたい」
——ああ、ミラが言っていた商人だ。
「ノルトハイム……50リル先ですね」
「ああ。だが、そんな遠くまで銀貨を運ぶのは危険だ」
「確かに……」
俺は、少し考えた。
「金額は、どれくらいですか?」
「シルバ50枚だ」
「50枚……」
「輸送保険を使えば、安全に運べるだろうが……護衛費用と保険料を合わせると、10枚以上かかる」
「そうですね……」
「それは、もったいない。何か、もっと安い方法はないか?」
俺は、考えた。
遠隔地への送金——現代なら、銀行振込でできる。
だが、この世界にはそんな仕組みがない。
ただ——約束札と預かり札を組み合わせれば、似たようなことができるかもしれない。
「エーヴァルトさん、一つ提案があります」
「提案?」
「ええ。ノルトハイムに、信用できる商人はいますか?」
「信用できる商人……ああ、いる。息子の取引先だ」
「その商人に、約束札を送ります」
「約束札?」
「はい。レギス・レジャーが発行する約束札です。この札を持ってグラン・バルトのレギス・レジャーに来れば、シルバ50枚を支払う』——そう書かれた札です」
「なるほど……」
「その約束札を、手紙に入れて息子さんに送ります。息子さんは、取引先の商人にその約束札を渡す。商人は、いずれグラン・バルトに来たときに、レギス・レジャーで50枚を受け取る」
「それなら……銀貨を運ばなくて済むな」
「そうです。紙一枚なら、盗賊に狙われません」
「だが……その約束札、本当に支払われるのか?」
「支払います。レギス・レジャーが保証します」
「なるほど……」
エーヴァルトは、少し考えた。
「だが、手数料は?」
「約束札の発行手数料として、シルバ1枚いただきます」
「1枚……それなら安い!」
「ただし、条件があります」
「条件?」
「約束札を受け取る商人が、信用できる人であることを確認させてください。名前と、グラン・バルトでの取引実績を」
「わかった。その商人は、わたしもよく知っている。名前はハインリヒ。織物商だ」
「ハインリヒさん……」
俺は、メモを取った。
「わかりました。では、約束札を発行します」
「ありがとう!」
エーヴァルトは、嬉しそうに頭を下げた。
俺は、新しい約束札を書いた。
----------------------------------------
【レギス・レジャー遠隔送金約束札】
約束札番号: RL-遠-三二-コ-〇〇〇一-B
発行日: 銀章暦三二年コナト月一八日
この札の持参人に対し、レギス・レジャーはシルバ50枚を支払うことを約束します。
支払条件:
持参人がグラン・バルトのレギス・レジャー窓口に来ること
本人確認(名前: ハインリヒ、職業: 織物商)
支払期限: 銀章暦三三年コナト月一八日まで
発行者: エーヴァルト
受取人: エーヴァルトの息子(ノルトハイム在住)→ハインリヒ
レギス・レジャー公式印: (印)
発行者印: レオン・ミナト (個人印)
注意事項:
この札は譲渡禁止です。
紛失・盗難の場合、速やかにレギス・レジャーに届け出てください。
----------------------------------------
「これを、息子さんに送ってください」
「わかった」
エーヴァルトは、約束札を大切そうに受け取った。
「本当にありがとう、レオン殿。これで、安心して仕送りができる」
「喜んでいただけて、嬉しいです」
エーヴァルトは、シルバ51枚——送金額50枚と手数料1枚——を渡して去っていった。
俺は、ミラに言った。
「ミラさん、これで遠隔送金の仕組みができました」
「すごいですね、レオンさん」
「ただ、まだ試験段階です。うまくいくかどうか、確認が必要です」
「はい」
「そして、もしうまくいったら——」
俺は、窓の外を見た。
「全国に、この仕組みを広げられます」
「全国……」
「ええ。そうすれば、どこにいても送金ができるようになります」
「それは……すごいことですね」
ミラは、目を輝かせた。
俺も、胸が高鳴った。
約束札、預かり札、輸送保険、遠隔送金——
これらの仕組みが、少しずつ形になってきた。
そして——セブン・ヴォルトの独占を、確実に崩していっている。
だが——敵も黙ってはいないだろう。
明日の調査が、勝負だ。




