街道の魔物#3
午後零ベル、俺は冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドは、街の西側にある大きな建物だ。
中に入ると、武装した冒険者たちが集まっていた。
受付には、若い女性が座っていた。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「ギルドマスターに会いたいんですが」
「ギルドマスター……用件を教えていただけますか?」
「輸送護衛の契約について、相談したいんです」
「輸送護衛……少々お待ちください」
そう言うと、受付の女性は奥に引っ込んだ。
しばらくして、大柄な男が出てきた。
髭を蓄え、傷だらけの顔をしている。
「おう、お前が相談したいって奴か?」
「はい。レギス・レジャーのレオン・ミナトです」
「俺は、ギルドマスターのブルーノだ。で、用件は?」
「輸送護衛の契約を見直したいんです」
「見直す?」
「はい。今の契約は、曖昧すぎます。護衛の人数、費用、責任範囲——それらを明確にしたいんです」
「ふむ……」
ブルーノは、腕を組んだ。
「じゃあ、こっちに来い」
彼は、奥の部屋に俺を案内した。
部屋には、大きな机と、壁一面に地図が貼られていた。
地図には、街道や村の位置が描かれている。
「これが、グラン・バルト周辺の地図だ」
ブルーノが、地図を指差した。
「街道は、全部で五本ある。東、西、南、北、それに北東だ」
「はい」
「で、それぞれの街道に、危険度がある」
ブルーノは、地図の脇に書かれた表を指差した。
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【街道危険度表】
東街道: 危険度中(魔物出現率: 月に三〜五回)
西街道: 危険度低(魔物出現率: 月に一〜二回)
南街道: 危険度高(魔物出現率: 月に七〜十回)
北街道: 危険度中(魔物出現率: 月に四〜六回)
北東街道: 危険度低(魔物出現率: 月に一〜三回)
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「これを見れば、どの街道が危ないか、わかるだろ?」
「はい。東街道は危険度中、ですね」
「ああ。今朝の襲撃も、東街道だ」
「グリュンハイムへは、東街道を通るんですか?」
「そうだ。東門から10リル先だからな」
「護衛は、何人必要ですか?」
「危険度中の街道なら、最低三人だ。できれば四人」
「二人では、足りないんですね」
「ああ。二人だと、魔物の群れに対応できない」
ブルーノは、地図の別の場所を指差した。
「魔物は、群れで動く。狼型なら、三匹から七匹の群れだ。二人の冒険者じゃ、五匹の群れには勝てない」
「なるほど……」
「で、護衛費用だが——」
ブルーノは、別の紙を取り出した。
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【護衛費用表】
危険度低: 1人あたりシルバ3枚(最低2人)
危険度中: 1人あたりシルバ5枚(最低3人)
危険度高: 1人あたりシルバ7枚(最低4人)
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「これが、基本料金だ」
「わかりました」
「ただし、輸送する金額が大きければ、追加料金がかかる」
「追加料金?」
「ああ。シルバ200枚以上なら、1割増し。500枚以上なら、2割増しだ」
「なぜですか?」
「金額が大きいと、盗賊に狙われやすい。魔物だけじゃなく、人間の敵も来る。だから、警戒が必要になる」
「なるほど……」
俺は、計算した。
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東街道、危険度中。
最低三人、1人あたり5枚。
基本料金:5枚×3人=15枚。
輸送額200枚なら、1割増し。
総額:15枚×1.1=16枚半。
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「では、今朝の輸送なら、護衛費用は16枚半必要だったんですね」
「そうだ。だが、お前たちは10枚しか払わなかった。だから、二人しか雇えなかった」
「……申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。契約が曖昧だったのは、俺たちの責任でもある」
ブルーノは、肩をすくめた。
「で、これからはどうする?」
「この費用表を使わせてください。そして、契約書を作ります」
「契約書?」
「はい。護衛の人数、費用、責任範囲——それらを明記した契約書です」
「なるほど……それなら、トラブルが減るな」
「ええ。そして、もう一つお願いがあります」
「何だ?」
「事故率を教えてください」
「事故率?」
「はい。過去一年間で、輸送中に魔物に襲われて銀貨を失った回数を」
「ああ……ちょっと待ってろ」
ブルーノは、棚から古い帳面を取り出した。
ページをめくりながら、数えていく。
「……去年一年間で、輸送護衛の依頼は120回あった」
「はい」
「そのうち、魔物に襲われたのは15回」
「15回……」
「で、銀貨を失ったのは……4回だ」
「4回ですか」
「ああ。残りの11回は、何とか撃退できた」
俺は、計算した。
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総依頼数:120回
事故発生(銀貨喪失):4回
事故率:4÷120=約3.3パーセント
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「わかりました。ありがとうございます」
「おう。他に何か?」
「いえ、これで十分です」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございました」
「おう。また何かあったら、来てくれ」
ブルーノは、豪快に笑った。
俺は、冒険者ギルドを出た。
そして——レギス・レジャーに戻る途中、考えた。
事故率が3.3パーセント。
つまり、100回輸送すれば、3回は事故が起きる。
平均輸送額を200枚とすると——
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総輸送額:200枚×100回=20,000枚
総損失:200枚×3回=600枚
損失率:600÷20,000=3パーセント
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だから、保険料を輸送額の5パーセント取れば——
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保険料収入:20,000枚×5パーセント=10,000枚
補償支出:600枚
利益:400枚
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——これなら、運用できる。
俺は、拳を握りしめた。
輸送保険の仕組みができた。
あとは、実務長に提案して、導入するだけだ。
その日の午後——俺は実務長に報告した。
「実務長、冒険者ギルドと話してきました」
「どうだった?」
「護衛費用と事故率がわかりました」
俺は、紙に書いた計算を見せた。
実務長は、それを読んで頷いた。
「なるほど……保険料を5パーセント取れば、利益が出るのか」
「はい。ただし、事故率が想定より高くなれば、赤字になります」
「では、どうする?」
「最初は、慎重に運用します。保険料を6パーセントに設定して、余裕を持たせます」
「6パーセント……」
「それでも、セブン・ヴォルトよりは安いです」
「セブン・ヴォルト?」
「ええ。彼らも、輸送保険を提供していると聞きました」
「……そうなのか?」
「はい。ヨアヒムさんから聞きました」
俺は、午前中にヨアヒムと話したことを思い出した。
「セブン・ヴォルトの輸送保険は、保険料が1割だそうです」
「1割……高いな」
「ええ。だから、俺たちが6パーセントで提供すれば、商人たちは俺たちを選びます」
「なるほど……」
実務長は、満足そうに頷いた。
「よし。輸送保険を導入しよう」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「保険を使うには、俺たちが指定する護衛を雇うこと。冒険者ギルドの基準を満たす人数と装備をでな」
「それは当然です」
「それから、引き継ぎ記録を必ず残すこと」
「はい」
「よし。じゃあ、契約書の書式を作ってくれ」
「わかりました」
俺は、事務室に戻り、新しい契約書を作り始めた。
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【輸送護衛契約書】
契約日: 銀章暦___年___月___日
依頼者: _____________
輸送先: _____________
輸送額: シルバ___枚
護衛条件:
街道: ___街道(危険度: ___)
護衛人数: 最低___人
護衛費用: 一人あたりシルバ___枚
総費用: シルバ___枚
輸送保険:
保険加入: □ あり □ なし
保険料: 輸送額の六パーセント(シルバ___枚)
補償額: 輸送額の全額
責任範囲:
第一区間(レギス・レジャー→___): 責任者___
第二区間(→): 責任者___
第三区間(→輸送先): 責任者
引き継ぎ記録:
各区間の引き継ぎ時に、必ず記録を残すこと。
署名:
依頼者: _____________
レギス・レジャー: _____________
冒険者ギルド: _____________
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「これでどうでしょう」
俺は、ミラに見せた。
「わあ……すごく詳しいですね」
「ええ。これなら、トラブルが起きても、誰の責任か明確にできます」
「なるほど……」
ミラは、契約書を読みながら頷いた。
「そういえば、レオンさん」
「はい?」
「ある商人が、『遠隔地への送金方法がない』って困ってたんです」
「遠隔地?」
「はい。たとえば、グラン・バルトから別の街——ノルトハイムとか——に送金したい場合、どうすればいいんでしょう」
「ノルトハイム……それは、どれくらい離れてるんですか?」
「リルで言うと、50リルくらいです」
「50リル……」
俺は、少し考えた。
50リル——それは、徒歩で三日か四日かかる距離だ。
そんな遠距離を、銀貨を持って移動するのは危険だ。
魔物だけでなく、盗賊にも狙われる。
「それは……難しいですね」
「ですよね……」
ミラは、困った顔をした。
「その商人、どうしても送金しないといけないらしくて……」
「どうしても?」
「はい。ノルトハイムに住む息子に、仕送りをしたいんだそうです」
「なるほど……」
俺は、考えた。
遠隔地への送金——これには、現代で言う為替のような仕組みが必要だ。
たとえば、グラン・バルトで金を預けて、ノルトハイムで引き出す。
そのためには——
「ミラさん、ノルトハイムにレギス・レジャーの支店はありますか?」
「いえ、ないです」
「じゃあ、提携してる金融機関は?」
「……わかりません」
「なるほど……」
——これは、すぐには解決できない問題だな。
だが——将来的には、考える必要がある。
「ミラさん、その商人の名前を教えてください。後で、詳しく話を聞きます」
「わかりました」
ミラは、メモを取った。
俺は、窓の外を見た。
午後の日差しが、街を照らしている。
セブン・ヴォルトとの戦いは、まだ続く。
だが——一つ一つ、仕組みを作っていけば、必ず勝てる。
輸送保険、遠隔地送金——
これが、次の戦場だ。




