約束札の番号#5
翌日には、預かり札の噂が街に広まった。
窓口に、次々と商人が現れた。
「わしも、預かり札が欲しい」
「大金を持ち歩くのは危ないからな」
「レギスが発行するなら、信用できる」
だが——俺は、慎重に対応した。
「申し訳ありませんが、今は暫定版しか発行できません。正式版は五日後です」
「暫定版でもいい」
「ただし、暫定版は譲渡できません。ご本人のみが引き出せます」
「それでも構わん」
俺は、一人一人に説明しながら、暫定版の預かり札を発行していった。
だが——全員には発行しなかった。
「申し訳ありませんが、預かり札は信用できる方にのみ発行しています」
「なんだと!わしは信用できないってのか!」
ある商人が怒鳴った。
「そういうわけではありません。ただ、預かり札はレギス・レジャーの信用そのものです。慎重に進めているんです」
「ちっ……」
商人は、不満そうに去っていった。
ミラが、心配そうに言った。
「レオンさん、あんなに断って大丈夫ですか?」
「大丈夫です。信用できるかどうか、まだわからない人には発行できません」
「どうやって、信用できるか判断するんですか?」
「まず、レギス・レジャーとの取引実績です。以前に借入をして、ちゃんと返済した人なら信用できます」
「なるほど……」
「次に、街での評判です。他の商人から信用されている人なら、大丈夫でしょう」
「わかりました」
「そして、最初は少額から始めます。いきなり大金を預けてもらうのではなく、まずはシルバ50枚くらいから」
「少しずつ、ですね」
「ええ。信用は、少しずつ積み上げるものです」
俺は、窓口での対応を続けた。
その日は、暫定版の預かり札を十枚発行した。
総額は、シルバ600枚。
小さな金額ではないが、管理可能な範囲だ。
午後三ベル——窓口の締め時間——実務長が俺を呼んだ。
「レオン、預かり札の件、順調か?」
「はい。今日は十枚発行しました」
「十枚か……思ったより多いな」
「需要はあります。ただ、慎重に進めています」
「それでいい」
実務長は、頷いた。
「偽造対策は万全か?」
「はい。特殊な紙、二つの印章、検証符号——これらで偽造を防ぎます」
「検証符号、というのは?」
「番号の最後に付ける文字です。計算で導かれるので、偽造者には作れません」
「計算……どういう計算だ?」
「たとえば、『RL-預-三二-コ-〇〇〇一-A』という番号なら——」
俺は、紙に書いて説明した。
「年号『三二』を数字にすると32。月『コ』は七番目の月なので7。通し番号『〇〇〇一』は1。これらを足すと、32+7+1=40」
「ふむ」
「次に、40を特定の規則で文字に変換します。たとえば、40を26で割った余りを取る。40÷26=1余り14。十四番目のアルファベットは『N』……ですが、ここでは別の規則を使います」
「別の規則?」
「はい。実際の規則は、もっと複雑です。そして、その規則は秘密にしています」
「なるほど……それなら、偽造者には作れないな」
「そうです。偽造者が適当に番号を書いても、検証符号が合わなければ、すぐにバレます」
「よくできてる」
実務長は、満足そうに頷いた。
「それから、もう一つ」
「はい?」
「罠の銀貨、確認したか?」
「いえ、まだです。今夜確認します」
「頼む」
「はい」
俺は頭を下げた。
その夜——午後六ベル——俺と実務長は、金庫の前にいた。
実務長が鍵を開け、金庫の扉を開けた。
俺は、壁の穴の近くを確認した。
昨夜置いた、特別な印を付けた銀貨10枚——
——ない。
「……実務長、銀貨が減ってます」
「何枚だ?」
「10枚全部です」
「全部……」
実務長の顔が、険しくなった。
「やはり、セブン・ヴォルトが抜いたか」
「ええ。これで、証拠が揃いました」
「だが、まだ倉庫から見つかったわけじゃない」
「はい。倉庫を調べる必要があります」
「どうやって?」
「侯爵様に、正式な調査を依頼します。罠の銀貨が消えた——この事実を報告します」
「わかった。明日、アデル様に連絡を取ろう」
「お願いします」
俺は、金庫の扉を閉めた。
そして——心の中で、呟いた。
——セブン・ヴォルト、お前たちの手口は全部見えてる。
壁の穴から銀貨を抜く。
偽造約束札を流通させる。
だが——それも、もう終わりだ。
証拠が揃った。
侯爵様が動く。
そして——お前たちの不正が、白日の下に晒される。
俺は、拳を握りしめた。
翌朝——レギス・レジャーの前に、人だかりができていた。
商人たちが、騒いでいる。
「どうしたんだ!」
「約束札が信用できないって!」
「偽物が出回ってるらしいぞ!」
——まずい。
俺は、急いで窓口に駆け込んだ。
ミラが、青ざめた顔で立っていた。
「レオンさん……大変です」
「どうしたんですか?」
「偽造約束札が、大量に出回ってるんです」
「大量に?」
「はい。今朝、十人以上の商人が『約束札が支払われなかった』って訴えに来ました」
「十人……」
俺は、約束札を確認した。
どれも、レギス・レジャーの番号が振られていない。
だが——書式は、それなりにちゃんとしている。
「これ、全部偽物ですか?」
「たぶん……発行者に確認したところ、『そんな約束札は発行していない』って言われました」
「なるほど……」
俺は、約束札をよく見た。
書式、筆跡、印章——どれも、本物に似せて作られている。
だが——決定的な違いがある。
レギス・レジャーの番号がない。
「ミラさん、この約束札を持ってきた商人たちに、どこで手に入れたか聞いてください」
「はい」
ミラは、商人たちに確認に行った。
しばらくして、戻ってきた。
「みんな、『セブン・ヴォルトで買った』って言ってます」
「セブン・ヴォルト……」
俺は、拳を握りしめた。
やっぱり、セラドの仕業だ。
偽造約束札を大量に流通させて、約束札の信用を崩そうとしている。
「ミラさん、すぐに街中に告知してください」
「告知?」
「ええ。レギス・レジャーの番号がない約束札は、偽物の可能性が高い。必ず番号を確認してから受け取るように——そう伝えてください」
「わかりました」
ミラは、告知文を書き始めた。
俺は、実務長のところに駆け込んだ。
「実務長!セブン・ヴォルトが偽造約束札を流してます!」
「何だと!?」
実務長の顔が、険しくなった。
「詳しく話せ」
俺は、状況を説明した。
実務長は、深刻な顔で聞いていた。
「……まずいな」
「はい。このままでは、約束札の信用が崩れます」
「だが、どうする? セブン・ヴォルトを止める方法はあるのか?」
「あります」
俺は、拳を握りしめた。
「番号管理をより徹底します。そして、番号のない約束札は一切受け付けない——そう宣言します」
「それで、止められるのか?」
「止められます。番号があれば、偽造は簡単にバレます。だから、セブン・ヴォルトも続けられなくなります」
「なるほど……」
実務長は、頷いた。
「わかった。やってみろ」
「はい」
俺は、窓口に戻った。
そして——集まった商人たちに向かって、大きな声で宣言した。
「皆さん、聞いてください!偽造約束札が出回っています!これから、レギス・レジャーは番号のない約束札を一切受け付けません!必ず番号を確認してから受け取ってください!」
商人たちが、ざわついた。
「番号がないと、駄目なのか?」
「そうです。番号があれば、台帳で確認できます。偽造かどうか、すぐにわかります」
「なるほど……」
「そして、もし偽造約束札を掴まされたら、すぐにレギス・レジャーに届け出てください。俺たちが対応します」
「わかった」
商人たちは、納得したように頷いた。
俺は、ミラに言った。
「ミラさん、告知文を街中に貼ってください。それから——」
俺は、もう一枚の紙を取り出した。
「預かり札についても、告知を出します」
「預かり札?」
「ええ。レギス・レジャーが発行する預かり札には、特殊な透かし、二つの印章、検証符号が付いています——そう告知します」
「偽造対策を公表するんですか?」
「ええ。対策を公表することで、商人たちが安心します。そして、偽造者には『偽造しても無駄だ』と知らせることができます」
「なるほど……」
ミラは、告知文を二枚持って外に出た。
俺は、窓口で商人たちの対応を続けた。
そして——心の中で、呟いた。
——セブン・ヴォルト、お前たちの手口は読めてる。
偽造で混乱させようとしても、無駄だ。
俺には、仕組みがある。
番号管理、台帳、検証符号、特殊な紙、二つの印章——これが、お前たちを止めるんだ。




