約束札の番号#4
正午——窓口に、一人の老商人が現れた。
名前はアルノルト。長年、穀物取引をしている。
「レオン殿、相談がある」
「はい、何でしょう」
「約束札の仕組み、素晴らしいと思う。だが、もう一つ提案がある」
「提案、ですか?」
「ああ。約束札は、商人同士で発行するものだ。だが、時にはレギス・レジャーが発行する預かり札があってもいいんじゃないか?」
「レギスが発行する預かり札……?」
俺は、少し驚いた。
「どういう意味ですか?」
「たとえば、わしがシルバ100枚をレギスに預けるとする。その代わりに、レギスが『預かり札』を発行する」
「預かり札……」
「ああ。その札を持っていけば、いつでもレギスで100枚を引き出せる。そういう仕組みだ」
「なるほど……」
俺は、その提案の意味を理解し始めた。
預かり札——それは、現代で言う預金証書のようなものだ。
銀行に金を預けた証明であり、それ自体が価値を持つ。
「それは……面白いですね」
「だろう?」
アルノルトは、満足そうに頷いた。
「わしのような年寄りは、大量の銀貨を持ち歩くのが大変なんだ。だが、札一枚なら軽い」
「確かに……」
「しかも、約束札と違って、レギスが発行するなら信用できる」
「なるほど……」
俺は、アルノルトの提案をもっと深く考えた。
預かり札を発行すれば、いくつかのメリットがある。
まず、商人たちが大量の銀貨を持ち歩かなくて済む。
次に、盗難や紛失のリスクが減る。
そして——預かり札が流通すれば、レギス・レジャーの信用が街中に広がる。
だが、同時にリスクもある。
偽造だ。
もし預かり札が偽造されれば、レギス・レジャーは偽物に対して金を払わなければならない。
それは、大損害になる。
——だから、偽造対策を徹底しなければならない。
「アルノルトさん、その提案、採用しましょう」
「本当か!」
「ええ。ただし、偽造されないように、しっかりとした仕組みを作ります」
「偽造対策、か……」
「はい。約束札以上に、厳格にします」
「それは、どんな対策だ?」
「まず、特別な紙を使います」
「特別な紙?」
「ええ。普通の羊皮紙ではなく、特殊な透かしが入った紙を使います」
「透かし……?」
「光に透かすと、レギス・レジャーの印が浮かび上がる——そういう紙です」
「そんな紙があるのか?」
「作ります。街の製紙職人に特注します」
「なるほど……」
「次に、印章を二つ押します」
「二つ?」
「ええ。一つは『レギス・レジャー』の公式印章。もう一つは、発行者——俺か実務長——の個人印章です」
「二つも押すのか……」
「はい。二つあれば、偽造が難しくなります。片方だけ偽造しても、もう片方が合わなければバレます」
「なるほど……」
アルノルトは、感心したように頷いた。
「それから、番号も振ります」
「番号は、約束札と同じか?」
「いえ、違います。預かり札の番号は、もっと複雑にします」
「複雑?」
「ええ。たとえば、『RL-預-三二-コ-〇〇〇一-A』という形式です」
「最後の『A』は何だ?」
「検証符号です。番号の他の部分から計算で導かれる文字です」
「計算……?」
「はい。たとえば、年号『三二』と月『コ』と通し番号『〇〇〇一』を足し合わせて、特定の規則で文字に変換します。その文字が『A』になる、という仕組みです」
「……難しいな」
「難しいからこそ、偽造できないんです。偽造者は、この計算規則を知りません。だから、適当に番号を書いても、検証符号が合わない」
「なるほど!」
アルノルトは、目を輝かせた。
「それは、賢いな」
「そして、最後に——裏書の仕組みを作ります」
「裏書?」
「ええ。預かり札を、他の人に譲渡できるようにします」
「譲渡……?」
「はい。たとえば、アルノルトさんが預かり札を商人Bに譲りたいとき、札の裏に『商人Bに譲渡する』と書いて署名します。これが裏書です」
「ほう……」
「裏書があれば、商人Bはレギス・レジャーで金を引き出せます。あるいは、さらに別の人に譲渡することもできます」
「それは……便利だな」
「ええ。ただし、裏書の連鎖が記録されるので、誰から誰に渡ったかが全部わかります」
「なるほど……つまり、盗んでも使えないということか」
「そうです。盗まれた預かり札には、盗人の裏書がありません。だから、引き出しを拒否できます」
「素晴らしい!」
アルノルトは、何度も頷いた。
「じゃあ、わしが最初の利用者になろう」
「ありがとうございます。では、準備しますので、2ベル後にまたお越しください」
俺は、実務長のところに駆け込んだ。
「実務長、預かり札を発行したいんですが、特殊な紙が必要です」
「特殊な紙?」
「透かしが入った紙です。偽造対策として」
「透かし、か……」
実務長は、少し考えた。
「それは、製紙職人に頼めばできるか?」
「できると思います。ただ、特注なので時間がかかります」
「どれくらいだ?」
「たぶん、三日から五日」
「そうか……」
実務長は、腕を組んだ。
「じゃあ、その間は預かり札を発行できないな」
「いえ、暫定的に発行します」
「暫定的?」
「はい。特殊な紙ができるまでは、普通の羊皮紙に『暫定版』と明記して発行します。そして、特殊な紙ができたら、交換してもらいます」
「なるほど……」
「ただし、暫定版は流通させません。本人のみが引き出せる形にします」
「それなら、安全だな」
「はい」
「わかった。じゃあ、製紙職人に連絡を取ってくれ」
「ありがとうございます」
俺は、街の製紙職人——名前はエーリヒ——のところに向かった。
エーリヒの工房は、街の北側にある。
中に入ると、紙の匂いと、水の音がした。
「いらっしゃい。何か用かね?」
エーリヒは、老人だが、手はしっかりしている。
「特殊な紙を作ってほしいんです」
「特殊な紙?」
「透かしが入った紙です」
「透かし……どんな模様だ?」
「レギス・レジャーの印章です」
俺は、印章の形を紙に描いて見せた。
エーリヒは、それを見て頷いた。
「できるよ。ただ、時間がかかる」
「どれくらいですか?」
「五日だな。透かしを入れるには、特殊な型が必要だ。それを作るのに二日、紙を漉くのに三日」
「五日……わかりました。お願いします」
「枚数は?」
「最初は100枚でお願いします」
「100枚か。じゃあ、前金としてシルバ10枚もらおうか」
「わかりました」
俺は、シルバ10枚を払った。
エーリヒは、受け取って頷いた。
「五日後に取りに来てくれ」
「ありがとうございます」
俺は、工房を出た。
そして——レギス・レジャーに戻った。
「アルノルトさん、お待たせしました」
「おお」
「特殊な紙は五日後にできます。それまでは、暫定版の預かり札を発行します」
「暫定版?」
「はい。普通の紙に書きますが、『暫定版・譲渡不可』と明記します。本人のみが引き出せる形です」
「なるほど……」
「五日後、特殊な紙ができたら、正式版と交換します。正式版なら、裏書譲渡が可能になります」
「わかった」
「では、シルバ100枚をお預かりします」
アルノルトは、懐から大きな袋を取り出した。
中には、銀貨がぎっしり詰まっている。
俺とミラは、一枚ずつ数えた。
「……100枚、確認しました」
「よし」
俺は、暫定版の預かり札を書いた。
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【レギス・レジャー預かり札(暫定版)】
[暫定版・譲渡不可]
預かり札番号: RL-預-三二-コ-〇〇〇一-A
発行日: 銀章暦三二年コナト月一二日
この札は、アルノルトがレギス・レジャーに預けた金銭の証明です。
預け主: アルノルト
金額: シルバ100枚
この札を持参すれば、レギス・レジャーにて上記金額を引き出せます。
ただし、引き出しは預け主本人に限ります。
レギス・レジャー公式印: (印)
発行者印: レオン・ミナト (個人印)
注意事項:
この札は暫定版です。正式版が完成次第、交換いたします。
暫定版は譲渡・転売禁止です。
紛失・盗難の場合、速やかにレギス・レジャーに届け出てください。
本人確認のため、引き出し時には身分を証明するものをお持ちください。
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「これでどうですか?」
俺は、アルノルトに見せた。
「うむ……よくできてる」
「番号の最後の『A』が、検証符号です。この計算方法は秘密にしています」
「なるほど……」
「そして、五日後に正式版ができたら、こちらと交換します」
「わかった」
アルノルトは、預かり札を大切そうに懐にしまった。
「これで、安心して旅ができる」
「ただし、暫定版は譲渡できませんので、ご注意ください」
「ああ、わかってる」
アルノルトは、満足そうに去っていった。
俺は、ミラに言った。
「ミラさん、預かり札の台帳も作りましょう」
「はい」
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【預かり札管理台帳】
番号 | 発行日 | 預け主 | 金額 | 版 | 状態 | 裏書記録 | 備考
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「『版』の欄には、『暫定』か『正式』を記入します」
「わかりました」
「『裏書記録』の欄には、譲渡があった場合、誰から誰に渡ったかを記録します」
「はい」
ミラは、台帳に記録を始めた。
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番号: RL-預-三二-コ-〇〇〇一-A
発行日: 銀章暦三二年コナト月一二日
預け主: アルノルト
金額: シルバ100枚
版: 暫定
状態: 発行中
裏書記録: なし
備考: 正式版交換予定・銀章暦三二年コナト月一七日
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「完璧です」
俺は、台帳を見て頷いた。




