金庫の穴#6
正午——俺は事務室で報告書を書いていた。
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【金庫不一致に関する調査報告書】
銀章暦三二年コナト月四日
概要:
銀章暦三二年コナト月三日、金庫の実数が帳面より23枚少ないことが判明。
調査の結果、以下の事実が確認された。
1. 金庫とセブン・ヴォルト倉庫の境界壁に、小さな穴が存在
2. 穴の縁に銀の粉が付着(銀貨が擦れた痕跡)
3. セブン・ヴォルトは倉庫の確認を拒否
推測:
セブン・ヴォルトが、壁の穴を利用して金庫から銀貨を抜いている可能性が高い。
要請:
評議会による正式な調査を要請する。
署名: レオン・ミナト(レギス・レジャー行員)
署名: ローデリク・グラント(レギス・レジャー実務長)
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俺は、報告書を書き終えて、実務長に見せた。
実務長は、報告書を読んで、頷いた。
「よくまとまってる。だが、これを誰に渡す?」
「評議会の中で、セブン・ヴォルトと関係の薄い人を探します」
「それは……難しいぞ。評議会の主要メンバーは、みんな商人だ。多かれ少なかれ、セブン・ヴォルトと取引がある」
「では、領主は?」
「領主……侯爵様か」
実務長は、少し考えた。
「侯爵様は、商人との癒着を嫌っている。もしかしたら、話を聞いてくれるかもしれん」
「では、侯爵様に報告書を渡しましょう」
「だが、侯爵様に会うのは簡単じゃないぞ」
「どうすれば会えますか?」
「城の謁見の間に、陳情書を出すんだ。それが受理されれば、謁見できる」
「陳情書、ですか」
「ああ。だが、受理されるまで時間がかかる。早くて三日、遅ければ一週間以上だ」
「それでは遅すぎます。その間に、証拠を隠されてしまいます」
「では、どうする?」
俺は、少し考えた。
そして——ある人物を思い出した。
「ミラさんに聞いてみます」
「ミラに?」
「ええ。彼女は、街のことをよく知ってます。侯爵様に繋がる人を知ってるかもしれません」
「なるほど……」
実務長は頷いた。
「じゃあ、頼む」
俺は、ミラのところに行った。
「ミラさん、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょう?」
「侯爵様に会いたいんですけど、何かいい方法はありませんか?」
「侯爵様に……ですか」
ミラは、少し考えた。
「うーん……直接会うのは難しいですけど……」
「何か、知ってることはありませんか?」
「あ、そうだ」
ミラは、何かを思い出したように言った。
「侯爵様の娘さん——アデル様が、よく街に買い物に来るんです」
「アデル様?」
「はい。侯爵様の一人娘で、とても優しい方です」
「その方に会えますか?」
「たぶん……今日の午後、いつもの織物屋さんに来ると思います」
「織物屋?」
「はい。『ルナの織物』っていうお店です。アデル様は、あそこの常連なんです」
「わかりました。じゃあ、そこで待ってみます」
「でも……アデル様に、いきなり報告書を渡すんですか?」
「いえ、まずは話を聞いてもらいます。そして、侯爵様への取り次ぎをお願いします」
「なるほど……」
ミラは頷いた。
「じゃあ、私も一緒に行きます」
「いいんですか?」
「はい。アデル様は、私のことを知ってるんです。昔、お店で会ったことがあって」
「それは助かります。お願いします」
俺とミラは、午後一ベルに『ルナの織物』に向かった。
店は、街の東側にある小さな織物屋だった。
中には、色とりどりの布が並んでいる。
店主は、中年の女性だった。
「いらっしゃいませ」
「あの、アデル様は今日来られますか?」
ミラが聞いた。
「ああ、アデル様ですか。そろそろ来る頃ですよ」
「ありがとうございます」
俺たちは、店の隅で待った。
しばらくすると、扉が開いて、一人の若い女性が入ってきた。
金色の髪を編み込んでいて、上品な服を着ている。
後ろには、護衛らしき男が二人ついている。
「あ、アデル様」
店主が嬉しそうに声をかけた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。今日は、青い絹の布を見に来たの」
「ちょうどいいのが入荷しましたよ」
店主は、奥から布を取り出した。
アデルは、布を手に取って、光に透かして見ている。
ミラが、俺に小声で言った。
「あの方が、アデル様です」
「わかりました」
俺は、タイミングを見計らって、アデルに近づいた。
「あの、すみません」
アデルが、振り向いた。
「はい?」
「レギス・レジャーの者です。少しお時間をいただけませんか?」
「レギス・レジャー……?」
アデルは、少し驚いたように俺を見た。
「何か、ご用でしょうか?」
「はい。実は、街の金融に関する不正について、侯爵様にお伝えしたいことがありまして……」
「不正……?」
アデルの表情が、真剣になった。
「詳しく教えていただけますか?」
「はい」
俺は、簡潔に状況を説明した。
金庫の不一致。
壁の穴。
セブン・ヴォルトの関与。
アデルは、真剣に聞いていた。
そして——報告書を受け取った。
「わかりました。父に伝えます」
「ありがとうございます」
「ただし……」
アデルは、少し困った顔をした。
「父は、今とても忙しいんです。すぐには会えないかもしれません」
「それでも構いません。お伝えいただけるだけで十分です」
「わかりました。では、これを預かります」
アデルは、報告書を大切そうに持った。
「あなたのお名前は?」
「レオン・ミナトです」
「レオン……覚えました」
アデルは、微笑んだ。
「街のために、頑張ってくださいね」
「はい」
俺は頭を下げた。
アデルは、布を買って店を出ていった。
俺とミラは、ほっと息をついた。
「よかったですね、レオンさん」
「ええ。あとは、侯爵様が動いてくれることを願うだけです」
「きっと、大丈夫ですよ」
ミラは、明るく言った。
俺も、そう信じたかった。
だが——心の中では、不安もあった。
侯爵様が動く前に、セブン・ヴォルトが証拠を隠してしまうかもしれない。
あるいは——評議会が動かないかもしれない。
だが——それでも、やるしかない。
俺は、拳を握りしめた。
一つ一つ、積み上げていく。
それが、俺のやり方だ。
その日の夕方、窓口に一人の商人が現れた。
中年の男で、名前はフェリクス。
彼は、小さな革細工の店を営んでいる。
「あの……相談があるんですが」
「はい、何でしょう?」
「約束札を、担保にできませんか?」
「約束札?」
俺は、少し驚いた。
約束札——それは、後で金を払うという約束を紙に書いたものだ。
現実世界で言う約束手形と同じ仕組みだ。
「約束札を、誰かからもらったんですか?」
「はい。取引先の商人が、『来月の満月の日に、シルバ50枚払う』っていう約束札をくれたんです」
「なるほど……」
「でも、今すぐ金が必要で……この約束札を担保に、借りられませんか?」
俺は、少し考えた。
約束札を担保にする——それは、面白いアイデアだ。
だが、問題もある。
約束札の価値をどう評価するか。
発行者が本当に支払えるのか。
それを確認する必要がある。
「わかりました。約束札を見せてください」
フェリクスは、懐から紙を取り出した。
紙には、こう書かれていた。
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【約束札】
私、商人オットーは、フェリクスにシルバ50枚を支払うことを約束します。
支払期日: 銀章暦三二年カマド月満月の日
署名: オットー
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「オットーさんは、信用できる方ですか?」
「ええ。長い付き合いです。約束を破ったことはありません」
「わかりました。では、この約束札を担保に、シルバ30枚まで貸せます」
「30枚……ですか」
「はい。約束札の額面は50枚ですが、リスクを考慮して、6割までしか貸せません」
「なるほど……それでも助かります」
「ただし、もしオットーさんが支払わなかった場合、あなたが返済する責任があります」
「わかりました」
フェリクスは頷いた。
「では、契約書を作りましょう」
俺は、新しい契約書を作った。
約束札を担保にした貸し出し——これは、新しい仕組みだ。
そして——これが、次のステップになるかもしれない。
俺は、契約書を書きながら、思った。
約束札を流通させる仕組みができれば、もっと多くの商人を助けられる。
そして——セブン・ヴォルトの独占を、さらに崩せる。
——次は、これだな。
俺は、心の中でそうつぶやいた。




